いまいち自分の能力が信用できない私の手の平は、ぐっしょりと汗ばんでいる。
能力が発動できないなんてことは今までも無かったのでその心配は無いが、私の場合いつも加減が分からずにやりすぎてしまうのだ。
この場にいる全員酔わせてしまうかもしれない。そうなると放送事故どころか、事件扱いになってこれから先そんな間抜けなヒーロー が居たらしいとか語り継がれてしまうかもしれない。それだけは勘弁したい...。
ヒーローデビューした日は、とにかく目立て! 失敗しても他のヒーローがどうにかしてくれる! というマネージャー の後押しが幸いしたのか上手くいった。
だが今日はそうもいかない。私が失敗したら終わりだ...。
そわそわした気持ちを落ち着かせるために他の場所に移動しようか、と考えたがアニエスさんがここで待機と言ったのだからここで待機しているメリットがあるということだろう。 精神を統一させれば少しはマシだろうと、深呼吸を繰り返していると耳元で二度目の機械音がした。緊張で体が強張る。

『もうすぐよ。準備はいいわね、ヒーロー』
「...はい!」

全然準備万端なんてことはないけど、こう答えるしかない。
私はやれる...私はやれる!! こうなったら自分で自分に 暗示を掛けるしかない。そうだ、絶対成功する! 火事場の馬鹿力ってやつが人には備わってる。現にヒーロー初日は それが出せたのだ。じゃあ今日だって出来るはずだ! そう! 私は出来る!

「私は出来る...出来る...出来る! 絶対! ...多分!」
『多分はいらないわよ』

どうやらいつの間にか私は口に出して自らに暗示を掛けていたらしい。それもそれがアニエスさんたちには筒抜けだったらしく、 すぐさまツッコミを入れられ私は恥ずかしさで何も答えられなかった。

『来た!』

突然の大声に吃驚しながら身構えるがどこにもそれらしき姿を見つけられなくて戸惑っていると、またしても鼓膜を 大声が通り抜けた。

『上よ!!』
「...え、」

間抜けな声を上げたと同時に上を見上げればハンググライダー的なものが目に映った。

「...えぇ! どうやって落とすんですか?!」
『そんなもの必要ない! 高度が随分落ちてるでしょ、後は落ちるだけよ!』

その後は分かるわね。アニエスさんの声に、見えないだろうが私は頷いて答えた。
アニエスさんが指摘した通り、ハンググライダーはもうずいぶんと近いところにある。この場所に落ちるであろうことは 予想できる。ハンググライダーが落ちたところを狙って犯人に向かって能力を発動させる。これしか道は無い。 犯人が降りてくるであろう場所まで走り、私は大きく息を吸い込んだ。神経を研ぎ澄まし、深く息を吸い込んで吐いた。 ハンググライダーが一直線にこちらに向かって来る。
もう犯人の足は地面に付いている、ハンググライダーの勢いを削ぐために足でブレーキをかけているのだ。

「退けー!!」
「退くかー!!」

私は前方をしっかり見つめ、叫ぶのと共に一気に能力を発動させた。次に鼻から空気を吸い込めば甘い匂いが空気中に 漂っているのがわかった。能力は発動させた。だけど問題は犯人が吸い込んだかどうか。
上手くいったのか息を詰めながら犯人を見つめる。
ハンググライダーと共に犯人はまだこちらに向かって突進してくる。
失敗したのだろうか、そう内心焦っていると犯人の足が突然よろけ、ハンググライダーと共に犯人の体が転がった。 慌てて走り寄って見てみれば、酒に酔っているような表情をしていた。
どっと疲れが押し寄せてくるような気分で、私はふぅと息を吐きながら肩を下ろした。

『よくやったわ』
「...ありがとうございます!」

アニエスさんの声が聞こえ、私は大きな声で返事をした。やりきった! という実感がじわじわと湧いてきて、 私は少しばかり気分が高揚していた。

『ホントによくやったわ。風もちょうど吹いて...よかったわよ!』
「...風?」

風が吹いて何がよかったのだろう? 当然の疑問が浮かんだが、アニエスさんが答えてくれる様子は無く、通信先では 視聴率について盛り上がっていた。ちょっとだけおいてけぼりな気分で、これからどうすればいいのだろうと考える余裕がようやく 出てきたところで外界の音が耳へと入り込んできた。応援してくれていた人たちが歓声を上げていたことに今更になって気付く。
さっきまでは必死すぎて無意識のうちに外界の音をシャットダウンしていたらしい。少しずつ現実味を帯びてきて、 口端がつり上がった。
「パンツすっげーじゃん!」とか言う声変わり前の少年の声が聞こえたが、もうそれってただの パンツで人間でもないじゃん。とは叫び返さなかった。それどころか大きな心で受け止めた。
そ、パンツって実はすごかったの!!
だが、やりきった充足感に包まれて余韻に浸っていると、それをぶち壊すような叫び声が聞こえた。

「危ない!!」

声がどこで聞こえたのか、何が危ないのかもわからないままに気付けば私は、地面に背後から押し倒されていた。 上に何かが乗っている、かろうじてそれぐらいしか状況を理解できない。わけがわからないまま顔を上げて 現在の状況を確認しようとすると、上に乗っている何かが叫んだ。

「前でござる!」
「え、え、え」

言われるがままに前方を見てみれば、確かにさっき匂いを嗅がせて倒れていたはずの犯人がこちらに向かって走って 来ていた。その手には見間違いでなければナイフが握られているように見える。
タイミングよくきらりと光りを反射したナイフに 私の頭はますます混乱した。
何で?! さっき確かに倒れてたはずなのに?!
予想外すぎる展開におろおろしていると、突然腕をぐいっと掴まれた。

「早く! もう一度能力を奴に向けてぶつけるでござる!」

ぼけっとしている私の目を覚まそうとするように目の前の人、折紙サイクロンが大声で怒鳴った。そこでようやく私は 何をするべきなのか思い出し、立ち上がると犯人を見据えた。だけど犯人が持っているナイフが目に映った瞬間、 やる気はたちどころに消え、変わりに現れた恐怖心で足がすくんだ。

「大丈夫、拙者がフォローを」

私の気持ちを察してくれた折紙サイクロンが頼もしい一言をくれる。すると、恐怖心が消えたわけではないけれど、 それよりも何よりもやらなくちゃいけない、という気持ちが私の中に芽生えた。励ましてくれた折紙サイクロンに頷いて返し ながら、私はもう一度意識を集中させて能力を目の前の犯人向けて発動させた。
さっきのこともある。今度は念入りに長い時間犯人に向かって能力を放った。
パトカーのサイレンの音が聞こえ、そこでようやく私は肩の力を抜いて能力を発動するのを止めた。犯人は手錠をはめられ、おまわりさんに 左右を固められながらふらふらした足取りでパトカーに連行された。これでようやく終わったのだとホッと息をつくと、 狙ったかのようなタイミングでアニエスさんの声が聞こえた。

『折紙サイクロンが上手くカバーしてくれたわね』
「あっ!」

そうだった、こんなところでへたりこんでいる場合じゃない! 私はアニエスさんが何か言っているのを軽く聞き流しながら 急いで先ほど助けてくれた人の姿を探した。事件が解決したことでより一層人が増えたこともあって、見つけ出しにくい が目立っている格好をしているので意外にも早く私は探し人の姿を見つけることが出来た。

「あの!」

腹の底から出した声に何人もの人が私を振り返った。その中には当然、探し人も含まれていたのでその人が足を止めた隙に私は急いで駆け寄った。

「先ほどはありがとうございました!」

がばっと勢いよく頭を下げる。助けてもらったのにまだお礼を言っていなかった。
きっと折紙サイクロンが居なかったら私は間抜けにおろおろしている間にやられてしまっていたと思う。だから精一杯の感謝を込めて、頭を下げた。

「...拙者は当然のことをしたまででござる」

パトカーや人々の話し声で騒がしい周囲の音に紛れて、控えめな声が前方から聞こえた。下げていた頭を上げるとどことなく困った様子な折紙サイクロンが居た。
当然のこと。そう言った折紙サイクロンの表情はわからないけれど、声はしっかりと響いたのでそれが彼の中で揺るぎ のない考えなのだと察することが出来る。

「仲間を助けるのは当然でござる」

何も言わない私に説明するように付け足された言葉の中にあった“仲間”という言葉が輝いて聞こえる。
私達はライバルかもしれないけど、その前に仲間なんだ。
ストン、と胸の中に落ちて染み込んでいった言葉に目が覚めた。
会社の人と思われる人に呼ばれて、彼は「拙者はこれで」と言いながら頭を下げて、その人の元に 歩いて行った。その後姿をぼやっと見つめてから、私はハッとして慌ててもう一度声を張り上げた。

「はい! 本当にありがとうございました!」

ちらっとこちらを振り返って軽く会釈してくれた折紙サイクロンの姿はとても輝いて見えた。
多くを語らずに、驕ることもなく、終始控えめだった上に、私の中で引っかかっていた問題まであっさりと片付けて いってくれた。なんて、なんて...

「かっこいい...!!」

爽やかに去っていった折紙サイクロンは、私の心に一陣の風を起こしていった。







(20130302)...お?