「ヒールが高すぎます!」

初任務を終えて疲れきった体のままマネージャーに会社に連れて来られ、今はさっきまでの事を報告しているところだった。
スイートトラップの手ごたえは?
能力はうまく使いこなせたか?
ヒーロースーツはどうだったか?
そんな質問が今にも聞こえてきそうなところを遮って私は一番の問題点である、ヒールの問題について叫んだ。 今夜経験した色々な初めてに私は興奮して感情が高ぶっていた。いつもであればこんな態度社長に取らないが、なんせ私は 今さっきまでヒーローをしていたんだしアドレナリンが半端なく出てるんだ、多めに見て欲しい。
今まで履いていたブーツを脱いで社長にヒール部分を見せる。社長は嫌そうな顔をしてちょっとだけ顔を背けた。 失礼な! まだ一回しか履いてないんだから匂いもしないし、そんなに汚れてもない!
ヒールは改めて見てみると本当に高い。これじゃあかっこ悪く、無様に、転んでしまうものだろう。仕組まれた罠とさえ感じてしまう。 今夜ヒーローとして初めて出動して無事に犯人を捕まえて私は有頂天になっていた......けどその数分後には奈落の底に叩きつけられた。見るも無残に...! 文字通り私は無残に膝から血を流していたし、手の平からも出血していた。(ついでにいうと結構痛い)飾り程度の手袋は役立たずだし、 短いスカートのおかげで剥き出しの膝も血が滲んでる、一つ一つ傷を上げていけば限が無い。

「これ見てくださいよ! 20センチはあります!」
「10センチです」

声の聞こえた方をギッと睨むもこのヒーロースーツをデザインした彼はぷいっと他所を向いて私の渾身の睨む攻撃を交わした。 気を取り直して私はもう一度社長に訴える。その間マネージャーはどこか遠い所を見ていた。完全に他人事だ。

「見かけには10センチかもしれませんが、履いてみると20センチあるように感じるんです!」
「そんなブーツ聞いたことが無い」

またしても茶々を入れてきた彼に今度こそ私はぶちきれそうだった。
そんな私の危険な様子を察知したのか社長がまぁまぁと取り繕う。

「能力を発動してしまってる。スイートトラップ」

怒りのあまりいつの間にか能力を発動させてしまっていたらしい。
本当はデザイナーの彼に「それはただの比喩でそれぐらいあるように感じるってことだよ! 察しろ!」と言い返してやりたいところだったけれど、 能力を発動してしまっているのだ口を噤み、気を静める他無い。けれど一度彼とは話し合わねばならない。議題は、ヒールの高さと実用性について。
これからもスイートトラップでいるのならこれは決して避けられない問題だ。彼にも私にも。

「今日は大活躍だったじゃないか、スイートトラップ」
「...まぁ」

確かに大活躍だったことは自惚れでもなんでもなく事実として受け止めていた。
けど最後の醜態がどうしても頭をちらつく。...ちらりどころか、本当のところは頭の中はそのことで一杯だった。 観衆の視線、ヒーローたちの視線...間違いなく私はあの時みんなの視線を独り占めしていた。...けれど嬉しくない!! かっこつけてあの場から去ろうとして転んだ。間違いなく私はシュテルンビルト市民とヒーローたちに強烈な印象を 与えた事だろう。...いい意味でも悪い意味でも。

「今日はそのことだけを考えていた方が気持ちよく眠れると思うが?」

つまりはうじうじするなってことか...。けど、ブーツが高いのは死活問題なのでそれはこっちの要望を聞いて欲しい。 もし聞いてくれなかったら私がのこぎりで問題を解決してやろう。ツンとした態度のデザイナーの彼がその時どんな リアクションをするのか想像して私は少し愉快になった。

「その調子だ。今日はもう遅い、明日も授業があるんだろう?」
「はい。午前で終わりなんですけど」
「そうか、じゃあまた話すべきことは明日以降に連絡するとしよう」

ぽんぽんと背中を叩かれ私は頷いた。能力を使ってくたくただったし、お風呂に入りたかった。何よりも布団が恋しい と思っているのにこれからヒールの高さについて彼と戦う気力は無い。ピンと張りつめていた緊張が切れて私は あくびを噛み殺した。マネージャーが車のキーをポケットから出しているのを見て、やっと帰れるんだと安堵した。

「おやすみ。ヒーロー」
「...はい。おやすみなさい」

何にしても私は無事にヒーロー一日目を終えることが出来た。雇用主である社長は満足げだし、マネージャーもよく やったと褒めてくれた。デザイナーの彼は...そう、ヒールの高さは20センチでは無く10センチだと教えてくれた。
最後の失態はそれほどひどいものではなかったのかもしれない。そう自分自身に言い聞かせ、私は眠気と戦いながら社長室を後にした。







(20110703)