いつもは快活な様子なのが、今日はやけに何か物思いにふけっているように静かなスカイハイは静かに視線を集めていた。
どう見ても様子がおかしいので、何か調子が悪いのか? と、こそこそと尋ねてみたりしたものの、誰も心当たりがないようで首を横に振るばかりだ。 その間にも今日何度目になるかわからないため息をスカイハイが吐いた。
深刻な表情でベンチに座り、視線を下に落としている。これはよっぽどのことがあったに違いない...!
誰もわからないってんなら本人に聞くのが一番だろ! というわけで、俺は丸くなっている背中を軽く叩きながら隣のスペースに腰をかけた。

「何だー? ため息なんかついて、らしくねぇぞー」
「あ、あぁ...ワイルドくん」

ハッとしたように顔を上げたスカイハイは、反射的なように軽く笑みを浮かべている。

「私はため息なんてついていたかい?」
「無自覚かよ。何回もやってたぞ」
「そうか...すまない、気をつけるよ」
「そうじゃなくて! あー、アレだ...なんかあったのか?」

ようやく本題を切り出すことができた。スカイハイは曖昧な笑みのようなものを浮かべたかと思うと、何度か口を開いて、閉じてを繰り返してからようやく声を発した。

「あぁ、ある人のことを考えていてね...」

思いがけない返答に、部屋の中が途端にざわめきだした。「ある人って?!」「女?!」本人達は声をひそめているつもりかもしれないが、 実際は結構な大きさで部屋の中にネイサンとカリーナの声が響いた。だが、物思いにふけっているスカイハイにはどうやらその声は聞こえなかったようだ。
またも何かを考えるように、太ももの上に肘を立て、手の上に顎を乗せている。あの有名な銅像...“考える人”状態だ。
トレーニングに手をつけることが出来ないほど気になる人と言うことだろうか。常にヒーローのようなスカイハイにしてはこんなこと自体が珍しいので、 当然“ある人”がどんな人なのか興味がある。それはこの部屋に居る全員がそうなんだろう。嫌に部屋の中が静かなのが何よりの証拠だ。 ちらっと横目で周りの様子を伺うと、すぐさまネイサンが顎をくいっと前に出して指示を出してきた。
どうやらある人について聞け。ということらしい。何で俺が...とは思いつつも、俺から首を突っ込んでしまったのだからしょうがない。
そして純粋に俺もスカイハイが言う“ある人”に興味があった。

「ある人って?」
「ああ、これをくれた人なんだ」

ある人について質問をされれば、パッと表情を明るくさせてスカイハイがポケットから何やら缶を取り出した。
カラカラと音が鳴るそれは、見慣れたものだった。

「お、ドロップじゃねぇか」
「ワイルドくんは知っているのかい?」
「おう、小さい時はよく食べてたぜ。懐かしいな〜」

スカイハイから手渡されたそれは、缶の形状が変わることも無く、デザインについても変わらないままだった。 思わず懐かしさを感じながら缶を振ってみれば、中でドロップが転がってぶつかる音が聞こえる。

「なあ、一個もらっても良いか?」
「一個といわずにいくつでもどうぞ」
「いや、いくつももらえないだろ。ある人からもらったものなんだろ?」

蓋を開け、缶を斜めにすればコロンと手の平の上に白い塊が落ちた。

「薄荷か」

どうせなら薄荷よりも小さいころによく食べた甘みがあるものがよかったが、こればっかりはしょうがない。運だ。

「ワイルドくんは薄荷が嫌いなのかい?」
「いや、嫌いじゃねぇけどどうせならイチゴとかがよかったと思ってな」

口の中に白い塊を放り込むと、スッと口の中が爽やかな風味で満たされた。 小さいころはこれが苦手だったが、今では平気だ。それどころかこれがうまいと感じるのだから、俺も大人になったもんだ...。
口の中で塊を転がしながら、何気なく缶の中を覗き込んでみると、小さい穴からは白い塊しか見えなかった。 おかしいと思いつつ缶のデザインをもう一度確認すれば、赤や黄色、橙などのカラフルな色のドロップが描かれている。 もう一度缶の中を覗き込んでみれば、やはり白い塊しか入っていない。

「あれ、これ薄荷しかないのか?」

純粋に疑問をぶつけてみれば、スカイハイの表情に陰りができた。
え、なんかまずいこと言ったか?!

「...そうなんだ、ワイルドくん...薄荷しか入ってないんだ...!」

予想とは違って重々しい返答に、どう反応すれば良いのかわからない。
それは俺以外もそうだったらしい。全員が全員俺らの会話を聞いているはずなので、誰一人してフォローに入ってくる様子が無い。 きっと全員頭の中で「何で薄荷ばっかりが入ったものをある人はスカイハイにプレゼントしたのだろう」という疑問が浮かんでいるに違いない。 そういう俺もそうだ。何故ある人はスカイハイにわざわざ薄荷ばかりが入ったドロップ缶をあげたのか?

「あ、あれじゃないか? スカイハイが薄荷が好きだから薄荷ばっかりのをくれたんじゃないか?」

俺の予想は多分あっているだろう。というか、あっていてくれ!
いつもは明るい奴が急に暗い雰囲気を漂わせていて、それもその原因が俺の発言となればめちゃくちゃ居心地が悪い。 だけど俺の想像通り、スカイハイは「実はそうなんだ! 私は薄荷が大好きなんだ!」と言うことも無かった。 相変わらずの暗い表情を浮かべている。

「......薄荷好きじゃないのか?」
「...あ、いや、好きかと言われればどうなんだろうか.....少しあの独特のスースーした感じがどちらかといえば苦手かもしれない...」
「つまり嫌いなんだな」
「い、いや! 嫌いと言うことでもないよ。どちらかといえば...そう、どちらかといえば苦手と言うだけで嫌いではない!」

何故か焦っている様子で、珍しく歯切れの悪い物言いで“薄荷が嫌いなわけではない”という主張をするスカイハイだが、それが嘘であることはすぐにわかる。 多分、というか絶対スカイハイは薄荷が嫌いだ。イメージ的にはスカイハイは子供が好きそうなものが好物のように見える。 まぁ、勝手なイメージだが、子供舌というのがぴったりだ。そのイメージどおり、スカイハイが子供舌をしているのなら、薄荷が嫌いと言うのも納得だ。
俺も子供の頃は薄荷が嫌いで食べなかったものだ。そんなことを考えていると、スカイハイはこの話の流れは居心地が悪いのか、話題をそらした。

「...それで、私は何故薄荷ばかりが入っている飴をくれたのだろうかと思っているんだ...」

話の内容からは考えられないほどその表情は重々しい。

「それも聞いてみればこの商品は薄荷以外の味も入っているものらしい...!!」

パッと顔を上げ、一言一言重みのある言葉で話している。

「私はそんなにも薄荷が好きそうな顔をしているだろうか...?」
「それで悩んでたのか?」
「...あぁ、何故わざわざ薄荷ばかりが入ったこれをくれたのかと思ってね...」
「...ま、まぁ気になるな、そりゃ」

頷いて同意すれば、重々しく「ワイルドくんも不思議に思うだろう」と返ってくる。
スカイハイの手前わからないふりをしたが、俺には真相が見えていた。
多分、その“ある人”はスカイハイと同じで薄荷が嫌いだったのではないだろうか。
それで薄荷だけを避けるために、違う缶に隔離した...いや、または薄荷が大好きで後で食べようと思い、避けておいたものなのかもしれない...。 俺が真剣に推理していると「おじさんまで一緒に悩んでどうするんですか」と、いつの間にか隣にやってきていたバニーに肘でつつかれた。 当然だが俺達の会話は部屋の中に筒抜けだったというわけだ。

「スカイハイさん、ご本人に直接聞いてみたらどうですか?」
「そうだ! 本人に聞いてみろよ」

何でこんな簡単なことが思い浮かばなかったんだ! そう思ってバニーの意見を後押しするも、スカイハイの表情は晴れるどころか曇った。

「私もそうしたのは山々なんだが、知らなくてね...」
「知らないって何を?」
「彼女のことを何も知らないんだ。あ、クレープが好きだということは知っているんだけど」

クレープが好きと言うことは知ってるのに何で何も知らないんだ?

「キャラメルバナナが好きらしいんだ」

キャラメルバナナが好きなんてマニアックなことを知ってくるくせに何で何も知らないんだ?!








(20140125)