今日こそは虎徹さんとバーナビーさん以外のヒーローに会えるだろうか。そんなことを考えながらトレーニングルームへと向かう。 すでに何度も出入りしたことがあるので、最初の頃のようにびびると言うことも無くエレベーターに乗り込む。 そして先ほど考えていたことについての回答を自分で導き出した。 多分今回も会うことは無いだろう。きっと今日もトレーニングルームには虎徹さんとバーナビーさんの二人だけがいる。 確信にも似た思いで予想する。ここまで来るともう会うことはないんじゃないだろうか。 そう考えていたこともあり、最初の時のように緊張することも無かった。 だが、エレベーターを降りて扉の前にやってきたときに、ガラス越しに部屋の中の様子が見えてしまった。 そして、部屋の中がとてもカラフルなことに気づいた。自動で開いてしまう扉を前に、私は急いでセンサー感知されてしまう前に後ずさって距離をとった。 微妙な距離を扉からとりつつも、部屋の中の様子を伺うことにした。 ここからじゃあまり良く見えないけど、ベンチ周りに人影が集中しているのがわかった。 な、何故全然心構えができていないときに限って...!! 新人ヒーローとして先輩方に挨拶をする必要があるのだけど、部屋に入るタイミングがわからずにうろうろしていると、それが目に付いてのか虎徹さんがこっちを見た。 「あ、」 私が声を上げたのと同時に、向こうも口が開いたのが見えた。 その口の動きから何か言葉を発したことがわかり、私は慌てて黙ってもらえるように首を左右に振った。 だけど私の行動の意図は虎徹さんには伝わらなかったらしい。首をかしげ、口は「え?」という形をしている。 そんな動きをしていれば誰かに気づかれてしまう。私は慌てて右手の人差し指を立てて自分の口元に持って行った。 そして虎徹さんに黙っていて! と伝えるために力を込めて言った。 「しー!!」 そう言った瞬間、力を入れすぎて足を一歩踏み出してしまっていた。 そうすると当然、自動ドアのセンサーが反応し、目の前の扉が開いた。ウィーン、という機械音のようなものが聞こえたと思ったときには すでにドアが開いたところだった。 中に居る人全員の視線を受けながら、私は予想だにしていなかった自動ドアの裏切りに思考が停止した。 「なにしてるんですか...」 一番に頭が回転し始めたらしいバーナビーさんの言葉で、私はようやく我に返った。 一歩足を踏み出し、右手の人差し指を立て、口元に持ってきたままのポーズで固まっている私を不審者でも見るような目でバーナビーさんが見ている。 「...えっと、その、」 明らかに不審者のような自分の行動に、咄嗟に言葉が出てこない。 立てたままだった人差し指をどうすればいいのかわからず、そのまま頭をかいてみたりする。 その間も口から出るのは「あの」「えぇっと...」とか意味の無い音ばかりだ。 「「「あぁっ」」」 そのときだ、大きな声がいくつも重なって聞こえたのは。何事かと見てみれば、バナービーさんと虎徹さん以外の人たちがこちらに向かって指を差しているようだった。 何だ何だ、背後に何かあるのかと思い、思わず後ろを振り返ってみるが何も無かった。 そしてよくよく他のヒーローだと思われる人たちを見ていると、何だか揃いも揃ってみたことがあるような人のように見えた。 と言っても、日本人を見慣れている私からしてみれば、会ったことがある! という自信を持つことができない。 外国人から見ればアジア人が同じよう見えるのと同じ、私もアジア人以外の人たちの見分けに自信を持つことができなかったりする。 こっちに住んでいるとはいえ、感覚は日本人だし...。 「何だ、知り合いか?」 虎徹さんがそう話を振ってきてくれたものの、私はいまいち自信を持つことができない。 だけど向こうは違ったらしい。 「さっき言っていた、これをくれた子だよ!」 金色の髪をした体格がいい人が何かを手に持ちながら答える。 その何かが見覚えがあるドロップ缶だとわかったときには、その人が誰かわかった。 「あっ! 飼い主さん!」 よくよく見てみれば、見たことがある顔をしている。私がクレープを食べたい時に突撃してきたゴールデンレトリーバーのジョンの飼い主さんだ。 驚きのあまり、失礼であることも忘れて指を差してしまった。そうすると、飼い主さんは何故か悲しげな表情を浮かべた。 眉尻が下がり、何だか見るからに「かわいそう!」という感じの表情になったのだ。犬だったらきっと尻尾が垂れ下がってる。 もしかして間違っていただろうか、と内心焦っていると、飼い主さんがぽつりと呟いた。 「名前で呼んで欲しいと言ったのに...」 ......そ、そういえばそんなことを言っていたような気がする...。 悲しげに俯く飼い主さんに、周りの視線が私に向けられた。そのことに居心地の悪さと罪悪感を感じながらも、私は必死にあの日のことを思い出していた。 ジョンは覚えてるのに肝心の飼い主さんの名前を思い出せない。カタカナの名前って覚えづらいから映画とか見ててもわからなくなって来るんだよぉ!! ハリーポッターとかマイケルとか、そういう覚えやすい名前なら覚えてられるのに...!! 何だっけ...何だっけ、思い出せ! 私!! 必死に頭の中の記憶を掘り返していると、隣に居たバーナビーさんがこそっと耳打ちしてくれた。 「...キース・グッドマンさんです」 そうだ! キースさんだ!! 「キースさん!」 「覚えててくれたんだね!」 ぱあっと笑顔になったキースさんは心底嬉しそうにしている。そうして喜んでいるキースさんに周りの人がよかっただの何だの言っている。 私が名前を覚えていないかもしれないということに、気づかなかったものの息を飲んで展開を見ていたのかもしれない...。 バーナビーさんのおかげだと、隣に居るバーナビーさんに目でお礼を言うと、小さく笑みを返された。 フッて感じの笑みで、バーナビーさんがするとなんだかすごく絵になってかっこいい。ちょっと笑っただけでかっこいいんだから、生まれついてかっこいい人って得だ。 「そんで? スカイハイ以外は何でと知り合いなんだ?」 虎徹さんが場を仕切りなおすように、他の面々に問いかける。そうして、そこでようやく私は見覚えがある人たちをじっくり見ることができた。 「私は...ガムをもらったわ」 「ボクはチョコレート!」 女の子が二人そう言うと、すかさず虎徹さんがこちらを見た。 「何だ? は人に食いもんを配るのが趣味がなんかか?」 「えぇっ?! いや、そんなんじゃないですよ。たまたまです!」 人に食べ物をあげる人って、何だか一歩間違えれば変質者の類になりそうだ。「お嬢ちゃん、いいものあげるからおじさんと一緒にいいとこに行こうか...へへへ」って感じの変質者。 そんなことを考えならも、二人の女の子について頭の中で情報を探せば、すぐに見つけることが出来た。 「あのときのハンカチを拾ってくれた子と、テレビ局でチョコを一緒に食べた子!」 私の中でもイレギュラーな出来事だったので、その記憶は強く私の頭に焼き付いていた。 私の言葉を肯定するように、二人とも頷いてくれたので人違いしていないこともわかる。 「ぼ、僕は何ももらってません...」 「!! あのときの!!」 何故か悲しげな表情をしている少年も見覚えがある。 私がパンツ丸出しの自分が写っている新聞に八つ当たりしていたときに会った少年だ。 私の正体がばれてしまい、あのときはすごく焦ったのだけど相手もヒーローだったのか...。 よかったー!! ......のか? 奇行を見られてるのに知り合いだったということの方がよくなかった気がする。 「アタシ達はキースと居たときに一緒に会ってるわ」 「あぁ! あのときの!」 さっきから”あのときの!”としか言っていないような気がする...。だけどこの言葉以外口から言葉が出てこないのだ。 「何だ、会ったことがないって言ってたのに全員顔合わせ済みかよ」 「私もびっくりです」 虎徹さんが驚いているのを隠すことなく呟く。それに同意しながらも、こんなミラクルあるんだろうか、と思う。 いや、実際にあったんだけど未だに信じることができない。 「もしかしたらヒーローを引き寄せる匂いとか出てるのかな...」 くんくんと体の匂いをかいで見るも、自分ではそんな匂いが出ているのかよくわからない。 自分でも出しているつもりが無くても能力を発動させてしまい、匂いを垂れ流してしまうことがあるから、無いと言い切ることも出来ない。 そうしていると妙なものを見るあの目で、隣に居るバーナビーさんが私を見ているのに気づいた。 何かいつもそういう目で見られているので、そろそろその冷たい視線にも慣れてきてしまった。というか、自分で言うのも悲しいけど、 雑な扱いをされてるから最近はメンタルが強くなってきてる気がする。 「...どうですか、何か引き寄せられるような匂いとかしますか私」 「知りませんよ!!」 真剣にバーナビーさんに尋ねてみるも、ぷいっと顔を背けられて光の速さで見捨てられた。 一回マネージャーに聞いてみよう。いや、けど待てよ。そんなことを言えば体の検査をされることになるかも......やっぱりやめとこう。 そんなことになったら面倒だ。 「まあ、ここに来てる時点でわかってると思うけど、こいつスイートトラップな」 虎徹さんが突然、私の紹介をしたことによって、そういえば自己紹介もまだだったことに気づいた。 こういうのは最初が肝心なんだ! それなのに挨拶をするのを忘れてたなんて...!! 匂いを嗅ぐのを中断して、サッと血の気が引いていくのを感じながら、慌てて頭を下げた。 「ご、ご挨拶が遅れました...! 私、スイートトラップをさせてもらってると申します! よろしくおねがいします!!」 「そんなに畏まるなって!」 虎徹さんにバシッと背中を叩かれ、その衝撃でよろよろ足を進めるとちょうど目の前に居たキースさんに「大丈夫かい?」と肩を支えられた。 それにこくこくと激しく首を振って答える。 そうして「よろしく」と声をかけてくれる先輩達に感動しながら一人一人に頭を下げた。 よかった、これなら上手くやっていけるような気がする!! (20140504) |