筋肉痛であちこち痛む体を引きずりながら午前だけの授業をこなして私はどっこいしょっと公園のベンチに座った。 別にヒーローらしく自らの体を使って戦ったわけじゃないのに...少し走っただけでこれだ。日頃どれだけ運動 していないのか浮き彫りになってしまった。
一応ヒーローなのにこれじゃまずいんじゃないだろうか...。
一夜過ごしても未だに自分がヒーローになったという自覚が私はもてなかった。
ベンチに座りながらぼんやりと昨日の初任務のことを考えていると、 ひらりと目の前に新聞が飛んできた。何気なくそれを見てみる。見出しに『ニューヒーロー』と書かれてあるのが見えて、 思わず周りに誰も居ないかを確認してから新聞を拾い上げた。ニューヒーローなんて明らかに自分のことを指して いるのが分かるじゃないか。そしたら気になるじゃないか。記事の内容が。
両手でぐちゃぐちゃ気味になっている新聞を広げて、気になるページに目を滑らせた。

「な...!!」

見出しの先ほど見えた『ニューヒーロー』の後には文字が続いていた。『ニューヒーローはキュート系?!』 とでかでかと書かれてある。それはまだいい。あの衣装もそれを狙っての事だと説明を受けていたし、セクシー系はブルーローズが すでにいるからかわいい系で売り出すと聞いていた。かわいいで言ったらドラゴンキッドが居るじゃないかと言ったら、系統の違うかわいい系だそうだ。 だからキュート系?!と見出しに書かれてるのは狙い通りにいったんだ、と喜ぶべきかもしれないが...その下の文字と写真が問題だ。

『スイートトラップのパンツはチェック柄』

そして、転んでスカートの中身――チェック柄のパンツが丸見えのショットが大きく載せられていた。
思わず新聞を握っている手に力が篭る。ぷるぷる震えるほどに。

「えぇ?! はぁ?! なっ...!」

意味を持たない言葉が次々と口から飛び出てきた。周りから見れば明らかにおかしな人だが、そんなのは今は些細なことで 問題にもならない。今一番の問題は私のパンツ丸見えの写真がでかでかと新聞に載っているということだ。
恥ずかしくて顔から火が出そうなほどに真っ赤になっているのが分かる。スイートトラップ=私だと知られてるのは 本当にごく一部の人だけど恥ずかしいものは恥ずかしい!
ジッと写真を見ながら一瞬「よかった。ぼろぼろのパンツ じゃなくっておろしたてのパンツで...」と考えて、そういう問題じゃないと自分につっこむ。
とりあえずこの新聞全てをどうにかしたい所だけどそれは無理だ。だからと言って私に出来るのは精々売れ残ってる 僅かな新聞を買い上げて灰にすることだけだ。すでに出回って人々の手に渡っているというのにそんなの慰めにもならない。
そもそもこんな写真、一体どうやって撮ったんだ?! この写真を撮ったカメラマンをどついてやりたいところだ。 恥ずかしさと怒りを混ぜ込んだ感情がむくむくとお腹の中で大きくなってるのを感じて、せめてもの腹いせにと新聞を ぐちゃぐちゃに丸めて地面に叩きつけてやった。

「ざまみろっ!! ばーか! ばーか!」

ベンチから立ち上がってもっとぐちゃぐちゃに踏みつけてやろうと思い足を上げた所で丸めた新聞に突如影がかかった。 明らかに自分のものではない影に、そろっと顔を上げてみれば目の前にはジッと私を見ている男の子が居た。
サッと頭から冷水を被せられたみたいに怒りに燃え上がっていた全身が沈静された。
もともと小心者な私はすぐに我に返り、おろおろしながら目の前のぐちゃぐちゃに踏みつける予定だった丸めた新聞 を拾い上げようとした。

「...おーっと、手が滑って落としてしまったなぁ」

混乱する頭で考えた、新聞を落としてしまった経緯をわざとらしく呟きながら手を伸ばした。...が、目の前の丸めた 新聞は私とは違う手に掻っ攫われてしまった。吃驚しながら顔を上げるとさっきから立っていた男の子が私に向かって 手を突き出していた。その手には私が丸めて手が滑って落としてしまった新聞が握られている。まっすぐこちらを見つめてくる紫色の目に少々びくつき ながら差し出された新聞を受け取った。

「あ、りがとうございます...」
「...いえ」

僅かに声を上げた少年...と多分言っていいだろう。外国人の年齢は見た目からは判断しにくいが(そう言うと、アジア人こそ分からない! と言われるけど...)この少年は雰囲気と顔で恐らく年下だろうと判断した。お礼を言ってから日本人が得意である 愛想笑いを浮かべるも目の前の少年はにこりともせず、表情は何か難しい事を考えているかのようにぶっすりとしたままで目をそらされた。
何だか妙な子だな...とは思いながらもまたベンチに座ると、どこかに行くと思っていた少年がすごく控えめな声で 「...いいですか?」と聞いて私の隣を指差した。「どうぞ...」と答えるとベンチの隣のスペースに少年が腰を下ろした。
私に何か用事でもあるのだろうか...? 隣に座る少年をちらちら盗み見ているとそれを感じ取ったのか少年がこちらを振り返った。 思わず視線をそらしてしまう。
あなたを見ていたわけではなくてあなたの向こう側にいる鳩を見ていただけです。というふりをして私はさほど珍しい こともない鳩に興味があってしょうがない、という演技をするために一心に鳩を見つめた。コンクリートの上に一体何が 落ちているのか知らないけれど鳩はせわしなく頭を動かして硬い灰色の地面をくちばしでつっついている。
隣から向けられる視線は私に注がれたままだ。

「......ある.....」

別にしたくも無い鳩観察を熱心にしていると、隣から小さく声が聞こえた。鳩から視線を外して少年を見てみると、 少年もやっぱり私を見ていた。今の呟きは私に向けてのものだったのか、判断がつかず黙っていると少年の口が開いた。

「...嗅いだことのある匂いがして...」

唐突な言葉に一瞬頭がフリーズしたがすぐにその意味を理解し、何か匂うだろうかと私は鼻をすんすんさせてみた。 特に変わった匂いなんかはせずに、敢えて言うなら外の匂いや土の匂いなんかはするかもしれない。 別に変な匂いなんてしないけど、という意味で首を傾げると少年の眉根がぎゅっと寄った。

「そうじゃなくて...ちょっといい、ですか」

一言そう言ったかと思うと、顔をぐっと寄せてきて私との距離を縮めてくる。あまりにも突然で突飛過ぎる少年の行動に 私の喉からは意味不明な「ひょっ...!」と言う悲鳴なのかなんなのか分からない(ついでに言うとかわいくもない) 声が漏れた。そんな私の声なんて気にしない様子の少年は、まるで犬のように鼻先をひくひくさせながら私の首の横 に顔を持ってきた。少年の髪の毛先が首と顔に当たってくすぐったいのに声は出ず、私の体はかちこちに固まって 頭はフリーズ状態になっていた。

「おかしい...さっきはスイートトラップの匂いがしたのに...」
「!!」

スイートトラップの一言で勝手に体が反応した。距離の近すぎる少年から距離を取るために咄嗟に手を突っぱねた。 少年は今まで固まったままだった私が始めて抵抗らしき行動をとったことに驚いているようだった。それから 自分の行動にも驚いていたようにわたわたしてから顔を赤くして「あ、ごめっ...!」と言う謝罪と共にすばやく身を引いてくれた。

「い、今! スイートトラップって...?!」

バクバク大きく運動する心臓を抑え、冷や汗のようなものが体から吹き出てるのを感じながら私は少年に 問いかけた。少年はさっきまでの小難しげなことを考えてそうな表情をきょとんとしたような顔に変えて、こてんと首を傾げた。

「...スイートトラップじゃないの?」
「!!」

当然というようにというか、分かりきった質問に何を今更とでも言いたげに少年は邪気のない表情で衝撃の事実は 口にした。







(20110705)