ば、ばれてる...?! なんで?! どうして?!
ヒーローというものは正体を隠すものだと思っているし、私がヒーロー...スイートトラップであることは誰にも知られたく ない的トップシークレットベスト3には入るものだ。だからこの前の初任務の時に夜だというのにサングラスを かけて行ったんだ。夜に好き好んでサングラスをかけるセレブのマネをしたわけでは決して無い。 止むを得ない事情で私にとっては死活問題だったのだ。
それなのに何でこの少年にばれたのか?!
混乱する頭を抱えながらちらっと少年を見ると、すんすんと鼻を鳴らしているのが目に入った。それで理解した。 まだ能力を完璧に使いこなす事が出来ない私は、強い感情...怒りでも悲しみでも喜びでも...を感じると途端能力を 押さえつける事が出来ずに辺りに匂いを撒き散らしてしまう傾向がある。多分それでさっきパンチラ写真を見たときに 能力を押さえつける事が出来なくて、辺りに匂いを巻き散らしてしまったのだろう。それでこの少年は匂いにつられて ここまで......。けど、大抵の人は良い匂いだと感じて私の周りに集まってくるけれど何の匂いであるのか分からないはずだ。 なのに何故この少年はこの匂いがスイートトラップのもので、私が元凶であると分かったのだろう。
...もしかして前にも嗅いだことがあって、その上にスイートトラップの匂いだと断言している所から考えて...。

「前の事件の現場に居た...?」

そうとしか考えられない。恐る恐る尋ねると少年はまた表情を最初の仏頂面に変えてこくんと頷いた。
マジで?
マジで?!
マジで!!!!!!

「ぎゃー!!」

咄嗟に面がばれるのを避けようと本能が体に命じたように私は両手で顔を覆った。隠してから、今更遅いかもとは思ったけど 希望は捨てたくない。(希望=少年が私の顔を覚えていない)
突然叫んで顔を隠した私に少年はびくっと体を揺らし、目を見開いて私のことを見ているのが指の隙間から見えた。 それからハッとした様に鼻をすんすんさせたかと思うと、核心に満ちたような表情で一つ頷き私を見てきた。

「...やっぱりスイートトラ...むぐ!」
「わーわーわー!! その名前を口にしないで!」

誰が聞いてるのか分からないのにこんなとこで私がスイートラップなんて言って欲しくない。慌てて両手で少年の口 を抑えてきょろきょろと回りを見回す。公園内の中には何人か人が居た...というより、多分私の能力で呼び寄せて しまったようでさっきよりも格段に人が増えていた。

「しー! 私がスイートなんちゃらってことは口にしないで...!」

声を潜めて少年に必死に訴えると少年は目を見開いて紫色の目に私を映しながら、こくこくと何度も頷いたので 手を話してやることにした。手を離した少年の顔は真っ赤になっていた。それほど酸素が足りなくて苦しかったのかと 思うと悪い事をしたような気分になる。「ごめん」と謝るも少年は小首を傾げた。通じていないようだ...。

「顔、隠さなくていいの?」
「え? ...あっ!」

指摘されて慌てて腕で顔をガードしようとして慌てすぎてベンチからお尻がずれてしまった。
落ちる、と思って目を瞑ると 腕を引っ張られた。目をそろりと開けると少年が私の腕を掴んで落ちないようにしてくれていた。

「...大丈夫?」
「...うん。あ、ありがとう」

ヒーローの癖にどんくさい、とか思われているんだろうかと考えると自然と視線が下に下にいって俯いてしまう。 言い訳させてもらえるのならヒーローだけど普通の人間と変わりないし、ヒーローになったのだってつい最近(というか昨日)なのだ。 けど、そんなこと言えるわけもなく私は黙り込んでベンチに頭を抱えて座った。 頭の中では、どうしよう正体がばれた! という事実がぐるぐると回っていて私を焦らせる。
ここは堂々と真正面から私の正体をばらさないで欲しいとお願いするべきだろうか? この少年は私を助けてくれた という点から見ても悪い人じゃなさそうだ。弱みを握って金をゆするだとかそんな悪党には見えない。それに、 さっきから難しそうな顔をしてるけどかわいらしい顔をしてるじゃないか! きっと大丈夫!
自分でも焦ってよく分からない理由を並び立てているのは分かったけれど、私はそれで自分を納得させることにした。 俯いていた顔を勢いよく上げて隣に座る少年を見つめる。少年はびくっと体を震わせるとそんな私からやや距離を取るように上半身を退けぞらせた。 その姿はまるで怯えた子犬のようだ。

「...お願いがあるんですがッ!」
「...僕に?」

予想外と言いたげにきょとんとした顔をした少年にぶんぶん頷いて答えてから、少年以外には聞こえないように距離を 縮めた。ぐっと近くなった距離に少年はまたしても距離を取るように背中を反らした。
まぁ、これぐらいの距離でも 大丈夫だろうと判断した私は小さな声で話した。

「...私の正体を誰にも言わないで欲しいの...!」

出来るだけ切実であるのが伝わるように、困っているのが分かるように、必死なのが分かるように...それとほんの少し ばらしたらどうなるか分かってんだろうな?! という脅しという名のスパイスを加えて私は少年をじっと見つめた。
「イエス」って言え! 頷け! 「ノー」なんか言ってみろ! 
思念を少年に向けて送っているとそれが通じたように少年が何度も頷いた。

「わ、わかったから...ど、どいて...」

弱弱しく抵抗するように両腕を顔の前にかざしてガードする少年に言われて、自分の状況を見てみると必死すぎて気付かなかったが 少年の上に半ば覆いかぶさるようにしていた。少年はもう殆どベンチに寝転んでしまっている。目をぎゅっと瞑る少年の顔は気づかなかったけれど赤く染まっていた。
さっきは自分が私に詰め寄ってきたのに何を今更かまととぶって...と思わないでもないけれどそこは黙っておいた。

「あ、ごめん。つい興奮して」

あははは、と笑ってみるも少年は両腕ガードのポーズに固まったままだった。私が思ったとおり悪い少年ではないようだ。 今まで必死すぎてあまり気にならなかったのに気が抜けると急に体のあちこちが痛みを訴え始めた。やだなぁ、この状態が後二日ぐらい続くのだろうか...。
「いてて...」と独り言を呟きながら立ち上がる。このままここに居て少年と話していると色々とぼろが出てしまいそうだ。 なんてたって自分でも自分がヒーローだと自覚出来てないんだから。
このまま立ち去ろうと考えて、念のために少年に電話番号やアドレスを聞こうかと思ったけれどやめた。あんまり親しく なってしまっても良くないだろう。私が立ち上がると帰ると気付いたらしい少年が両腕を顔の前からどけて起き上がった。

「え、あ、あの」
「帰ろう!」

まだほんの少し顔色が赤い彼は何かを言おうと口を開いたけれど、言わせずに遮った。この展開を乗り切るにはこのまま フェードアウトして進展させないのが一番だと判断した。まだ何か言いたげな紫色の瞳を振り切って私は言った。

「あのことは絶対に秘密にしてね!」

少年が頷くのを確認して私は筋肉痛の体に鞭打ってその場から走り去った。昨日のような失態を犯すわけにはいかない、 なるべくクールなシーンを演出するために私は全速力で太陽に向かって走った。
これで多分、あの少年の脳内のスイートトラップは昨日の間抜けなものじゃなくてかっこいいものに書き換えられただろう。







(20110713)