「スカートも短すぎると思います! おかげでこの間は恥ずかしい思いをしました!」

本当はこんな自分の傷をほじくり返すみたいなこと言いたくなかったのだけれど言わなければあのデザインのまま確定 してしまうだろうから恥を忍んで発言した。だが、デザイン担当の彼(私の天敵)がハッと鼻で笑って傷をほじくってまで主張したかったことを一蹴した。

「あれはスカートが短いのが原因ではなく、さんが鈍くさいのが原因です」

社長に向かって言いながらも、視線は私に固定されている。

「つまりは自業自得です」
「違います! ブーツの所為です! ...ブーツが20センチもあるから!」
「10センチです」

このヤロウ...!
つーんと顔を私から背けてうっすらと口元に嫌味な笑みを浮かべている天敵に全身が熱くなる。

「まぁ落ち着きなさい」

そう言った社長は口元をスーツの袖で覆っていた。その仕草にハッとして周りを見てみればヒーロー事業部の人たちの 目つきがおかしくなってる。ぼんやりとした目は間違いなく私の能力の所為だ。どうやらまたしても無意識のうちに 能力を発動してしまっていたらしい。

「...すいません」

怒りが沈静されると自然と能力も沈静された。


.
.
.


「はぁ...」

またしても能力を暴走させてしまった。ヒーローとして活躍するには能力を完全に操れなくちゃいけないし、体力だって 今のままじゃいけないと思う。自分自身の問題と他にも衣装についての問題もあってするべきことは山積みだ。
めんどくさい...。ヒーローになったらそれで終わりなのだと思っていたが、私が甘かった。ヒーローになってからが 大変なのだ。大体私はヒーローになりたかったわけではない。けど成り行きでなってしまって、腹を括るしかないと ...そしてどうせヒーローになるのなら一生懸命頑張ろうと思っていた。...が今の正直な気持ちはこのまま行方を眩ませたい... というヒーローにあるまじきものだ。日本に帰りたい。
憂鬱な気分で歩いていると鼻先を甘い匂いが掠めていった。慌てて自らの体を見て確認するが光っていないので私では ないようだ。また知らぬ間に能力を使ってしまったのかと焦ったが違うようだ。匂いの元を辿ろうとしたが、それはすぐに見つかった。

「クレープ屋さんだ」

ワゴンで移動式らしいクレープ屋さんを見つけ、私はさっきまでの負のオーラを吹き飛ばしてそのワゴンに走り寄った。 アイドル路線で売るからスタイルにも気をつけろだのなんだと細々言われたが今は一時的に記憶喪失になろうと思う。
メニューを見つめていると店主のおじさんがこっちを見た。いらっしゃいの声を聞きながら私の視線はメニューに釘付け になっていた。やっぱりクレープはチョコバナナにするべきか...けどイチゴも捨てがたい。
......いや待て! キャラメルバナナなんてのもあるじゃないか!!
うーん、と唸っているとおじさんが見かねたのか一番のオススメと言ってキャラメルバナナを勧めてくれたので私はそれを頼む事にした。 「はいよ」と渡されたクレープを受け取ってちょうどの値段のお金を渡す。

「ありがとう」

一口齧って思わず笑顔になるとおじさんも笑みを返してくれた。
さっきまでの落ち込んでいた気持ちがぐんと上向きになったのを感じて自分でも単純だなと思ったが甘いものはそういう 効果があると思うのだ。緩む口元のまま家に帰る道を辿り、クレープの中を覗き込んでいると(キャラメルソースがどれだけ入ってるのか確認していた)前方から、
「こら! 待つんだ!」
と言う声が聞こえた。大きな声に反射的に顔を上げると前方からゴールデンレトリーバーがこちらに向かって走ってきて いる光景が目に飛び込んできた。
私は犬が好きだ。猫よりも犬派だ。けど、大型犬がこっちに向かって走ってきたら怖い。
犬が向かっている進路の先にはどうみても私がいる。このままではぶつかってしまうと思った私は慌てて踵を返して どこかに逃げようとしたが焦っていると私は咄嗟の判断が鈍くなってしまう人間だった。映画やドラマなんかでは危機一髪の ところで気転を利かせて助かった、みたいな展開が多いけど私は間違いなく気転を利かせることが出来ずにおろおろしてる うちに死んでしまうタイプだ。(どう考えてもヒーローに向いてないと思う)例に漏れず今だって逃げれずにいる。

「...ぅわっ!」

後ろからタックルをかまされてガクッと体が揺れた。後ろから力を加えられれば体はもちろん力を加えられた方に倒れる。 成す術もなく地面との距離が縮むのを感じ私は来るべき衝撃を想像して反射的に目を瞑った。が、一瞬体がふわっと 浮くような変な感覚がして気付けば私は地面に無傷で寝転んでいた。痛みも衝撃も無い。まるで体が風に包まれているかのように ふわりと地面に下ろされたのだ。どういうことなのか分からないまま顔を上げるとショッキングな光景が目に飛び込んできた。

「あぁっ!!」

私が右手に握っていたキャラメルバナナ味のクレープをさっきのゴールデンが食べていた。
よっぽどおいしいのかゴールデンは口の周りを生クリームでぐちゃぐちゃにしながら目を剥いて必死の形相で食べている。

「すまない! 大丈夫かい?! 本当にすまないうちのジョンが...こら! ダメだろう!」
「だ、大丈夫です...」

飼い主さんらしき人が現れて立ち上がるようにと手を貸してくれた。立ち上がって右手のクレープの包みの中を覗いて みるときれいに空っぽになっていた。飼い主さんに捕まったゴールデン...ジョン(と言うらしい)を見下ろすとぺろぺろと何度も口の周りの生クリーム を満足そうに舐めている。
......私まだ三口くらいしか食べてないのに...!

「どこか痛むところは? 怪我をしているんじゃ...」
「...大丈夫です。何でかどこも怪我してないみたいなんで...そんなに謝らないでください」

飼い主さんはよほど責任を感じているようで顔色を青くさせながら私が本当に怪我をしていないか視線を忙しそうに 動き回らせて私を上から下まで見た。本当にどこも怪我をしていないのでそんなに気を使ってもらうと逆にこっちが悪いような気がしてくるので 大丈夫だと言いながら笑って見せた。もしかしたら上手く笑えなかったかもしれないけど、そこは多めに見て欲しい...私の心はクレープを失った 悲しみでショック状態だった。...もう今日は大人しく家に帰ろう。
転んで思い出すのはこの間のスイートトラップデビュー 事件のことだった。今日は幸いにもジーンズを穿いていたのでパンツの柄が何かなんて新聞がばら撒かれるんじゃ... なんて心配もしないですむ。
...あぁ、その前に私は今スイートトラップじゃなくてなんだからそんなこと誰も 興味が無いだろう。ここで私が突然パンツいっちょになったって明日の新聞に『のパンツはチェック柄?!』 なんて見出しは出ないだろう。もちろん違う見出しは出るかもしれないけど...『街中に痴女現る!!』とか。

「ほんとに大丈夫なんで...それでは...」

ジョンと飼い主さんに力なく手を振って私はその場を去ろうとした。

「待ってくれ! よければお詫びをさせてほしい、君のクレープを台無しにしてしまった...!
 すまない! そして本当にすまない!」

ぎゅっと服の袖をつかまれ身動きできない上に大声で謝る飼い主さんに周りの視線は何事かと私たちに釘付けになる。 ただでさえ転んで注目の的なのに...! と内心叫びながら服の袖を掴んで放す様子の無いのを見て尋ねた。

「...い、いいんですか?」
「あぁ! もちろん!」

眩しいほどの輝く笑顔を返され私も笑顔を返したけれど、飼い主さんには遠く及ばない笑顔だっただろう。







(20110723)