「いい加減その馬鹿笑いを止めてくれませんか。おじさん」

...きつっ!
ヒーヒー言ってまだ笑いの発作が収まらないその人にバニーちゃんが辛辣な言葉を浴びせる。ちらっと盗み見たバニーちゃんの 視線はちょっぴりコールドどころではないほどに冷たかった。けれど、おじさんと呼ばれたその人は慣れっこなのか 特にダメージを受けている様子もなく、それでも一応は笑うのやめようとしているらしくヒッヒフーと息を吸ったり吐いたりしていた。...ラマーズ法...?
その間私はここがマネージャーに言われた階で合ってるか確認して緊張が増すのを感じながら、小さくなって事の成り行きを見守っていた。 そんな私をバニーちゃんがちらっと見て何か言いたそうな顔をした。

「...あー、マジでお腹痛いわ...ブフっ!」
「一体何がそんなに面白いのか僕には理解できません」
「だってよぉー、さっきこの子...ぶほっ!」
「...私、ですか?」

まさか私のことで笑われてるとは思わなかったので吃驚するとハンチング帽子の――通称おじさんが、うんうんと頷いた。

「兎、飲み込んでただろ」

そう言ってさっきの私のように手に文字を書くふりをしてみせる。
カーっと顔が熱くなるのを感じた。

「み、見られてましたか...」
「おー、今何階に居るって表示するところ...ドアの上んとこに映っててな」

ぼそぼそと呟くと何故見えたのかの説明をしてくれる。なるほど、確かに言われてみればあそこに映ってしまうかもしれない。 どこもかしこもぴかぴかに磨き上げるビルの清掃をしている人を少し恨めしく思う。

「全く話が読めないんですが...」
「あー...バニーちゃんは知らないかもな。手の平に人って書いて飲み込むと落ち着くって言われてんだよ、日本で」
「...はぁ」
「んで、...ぶはっ! それを実行してたらしいんだけど俺がバニーちゃんバニーちゃん言うから頭の中が兎でいっぱいになっちまったらしい。そうだろ?」
「...そんな感じです」
「そんで兎って書いた時点で分かりそうなもんなのに気付かずに兎の文字を飲み込んだんだよ」
「...」
「はぁ...だから狭いエレベーター内で突然奇声を上げたんですか」
「...すいません」
「バニーちゃーん、あんま苛めてやんなよ」
「苛めてるわけではありません、事実を言ったまでです。それにバニーじゃないと何回言えば分かるんですか。 元はと言えばこの人が間違えたのもおじさんがふざけてた所為じゃないですか」

バニーちゃんは物凄く怒っているみたいでくどくどとおじさんに説教し始めた。どうみてもおじさんの方が年上に 見えるのに、立場が逆転してないか? おじさんはバニーちゃんに叱られてるのを気にしてなさそうで適当に「へーへー」 とか返事している。その様子から察するにいつもこんな感じなのだろう。
ジッと二人のやり取りを見ているとおじさんが気付いてこっちに近づいてきた。

「...怖いだろぉ。バニーちゃんのやつ」

こそこそと私に向かっておじさんが同意を求めるように話しかけてきた。けど、本人が目の前で聞いてるのに頷ける わけがない。私は曖昧に笑っておいた。

「おっ、また耳まで真っ赤になってるぞ」
「...え、」

パッと耳に触れるとすごく熱くなっているのが分かった。手の温度の方が低いのか耳の熱が手に映っていっている ような気がする。耳を冷やしながら間を置いて、おじさんの言葉のおかしなところに気付いた。
怪訝な顔をすると私が何を言いたいのか分かったのかおじさんが口端を吊り上げた。

「また、だろ」
「え、お会いした事ありましたっけ...?」

失礼は承知で尋ねるとおじさんがにやにや嬉しそうな顔をして笑った。

「今日は俺らに挨拶しに来たんじゃないのかー?」
「...ヒーロー、ですか...?」
「そ!」

やっと分かったかー。と言って面白そうに笑うおじさんと何も言わずにジッとこちらを見ているバニーさん。 サッと血の気が引いた。

「はっ、初めまして! この間デビューしたスイートトラップと申します! よろしくおねがいします!」

初めましてじゃないんだけどな。まぁ、いっか。頬を掻きながら呟いたおじさんの言葉で確かに初対面では無いことに今更 気付いた。私がデビューした日に会ってるはずだ。あの時はあんまり周囲の様子を伺ってる暇も無かったけれど、 ヒーローたちがみんな集合していたと聞いている。

「おじさんはワイルドタイガー、鏑木虎徹ね。んでこっちが...」
「バーナビー・ブルックスjrです」
「...あぁ!」

どこかで見た事があると思ったんだ! バニーちゃんことバーナビーさんは唯一顔出ししてるヒーローだ。
喉に魚の小骨が刺さってるような違和感の謎が解け、私は思わず声を上げた。それに興味を惹かれたようにワイルドタイガーさんが 人懐っこい笑みを浮かべて尋ねてきた。

「もしかしてバニーちゃんのこと知らなかったのか?」
「...い、いえ! もちろん知ってましたけど...パッと思い浮かばなかったといいますか...」

流石に気まずさを感じて、言い訳染みた言葉だとは自分でも思いながら声量を極小にして呟いた。ちらっと盗み見たバーナビーさんは無言で眼鏡を上げていた。 気分を害してしまったかもしれない...。何故か眼鏡のレンズが光っていてバーナビーさんの目は見えない。
焦る私の心情を放ってワイルドタイガーさんが「わはは! バニーちゃんってそこまで有名じゃないんだー」 と嬉しそうにバーナビーさんの悪い機嫌を煽るようなことを言った。切実にやめてほしい...!
はぁ、とバーナビーさんがため息をついたのが聞こえて私は大げさなほど肩がびくっと揺揺れた。

「僕とおじさんは自己紹介したのにあなたの名前はまだ聞いてませんが」
「え、あ! そうですね。すいません! です! スイートトラップをやってます!」

慌てて自己紹介するとタイガーさんが、それさっき聞いたってーとからかうように言った。







(20111022)