トレーニングルームに入れてもらった私はタイガーさんと一緒にベンチに座って雑談をしていた。
タイガーさんとバーナビーさん は今からトレーニングするのに相応しい格好に着替えていたけれど、何も聞かされていなかった私はそんな準備を持ってきてるわけも なかったのでそのままの格好でベンチに座っていた。邪魔をするわけにはいかないのでタイガーさんに、私のことは気にせず にトレーニングしてください。と言ったのだけれど「一人で座ってたってつまんないだろー? おじさんが話し相手に なってあげよう!」と胸をドンと叩きながら言われた。
あぁ、良い先輩で良かった。なんて思ってたらすかさずバーナビーさんが 「なに言ってるんです。いつもそうやって座ってるだけじゃないですか、それなのに後輩にかこつけて恥ずかしくないんですか?」 とつっこんでいた。何だ、いつもサボってるのか...と思ってしらーっとした目でタイガーさんを見つめると焦ったように言い訳を並べ始めた。

「いやいや、いつもサボってるわけじゃないから! ...時々ね、時々」
「へぇー時々...いつ見てもそこに寝転んでるだけのように見えますよけどね」
「もう! バニーちゃんちょっと黙っといて! 今かっこいい先輩を演じてるとこなんだよ!」
「おじさんがかっこいい先輩なんて無理ですよ」

まるで漫才のようなやり取りだなぁ、と思いながら何だか勝手に想像していた“ヒーローは遠い世界に居る人たち” という考えが崩れていくのを感じた。そしてヒーローだって普通の人だったんだ、なんて今更当然のことを思って目から鱗が落ちた気がした。
ベンチに座ってお気楽に雑談してる私たちの目の前ではバーナビーさんがランニングマシンで走っているところだ。 それを眺めながら私は残りのヒーローたちも普通の人なんだろうかと考えた。
想像できない...何だか日頃からすごそうな 人たちなんじゃないだろうかと思ってしまう。
タイガーさんとバーナビーさんは例外って奴じゃ...。

「おい、大丈夫か? 緊張しすぎだろ」
「緊張だってします......だってヒーローですよ...」
「その割りにおじさんと話すのは緊張してないじゃない」
「何というか、タイガーさんは普通の人だと気付いたので...」
「普通の人って?! それ褒めてんの?」
「普通? ...というかヒーローは勝手に遠い世界の人たちだと思ってたんです。けど当然なんですけど私と同じ 普通の人だったんだなぁって会ってみて思ったんです」
「...」
「上手くいえないんですけど...」

タイガーさんからもバーナビーさんからも反応が返ってこないので不安になって膝の上に置いた鞄を弄る。
...変なこと言わない方が良かった。多分、馬鹿な新人が来たとでも思ってるのかもしれない。
そうは言っても本当にヒーローたちは遠い世界の人たちだったのだ。テレビの中でしか見たことは無かったし、 日本にいた時なんかは完全に他人事でドラマみたいだと思っていた。
そしてその感覚が自分がヒーローになってからも 抜けない。こんなことじゃいけないとは思いながらも最初に植えつけられた感覚は意外にも深かった。今、本物のヒーローに 会ってようやくそのことに気付かされた。彼らも普通の人たちと変わらないと。
しばらく居心地の悪い沈黙が続いたと思うと、タイガーさんが唸り声のような声を発したのでそろりと顔を上げる。

「おじさんはヒーローになって結構経つからその感覚忘れちまったけど。まぁ、普通だな。ヒーローつっても」
「...そうですよね」

なに当然のこと言ってんだ、と思われてもしょうがない。考えれば私だって普通の人なのにヒーローやってるんだし。 人と少し違うのはちょっと能力があるだけだ。

「おいおい、なに他人事みたいに言ってんだ? お前もヒーローになったんだからそう思われるように頑張れよ」
「え...?」
「ヒーローっつうのはそう思わせなきゃな。子供の憧れでなきゃダメだとおじさんは思うわけよ」

そう言ってタイガーさんは少し恥ずかしくなったのか、ほっぺたを人差し指で掻いて誤魔化すように笑った。

「おじさんは子供の憧れには入ってませんけどね」
「うるせぇ! ちょっとはキメさせろ!」

いつのまにか私たちの座るベンチの前までやって来ていたバーナビーさんが、汗をタオルで拭きながら涼しい顔してタイガーさんの言葉を訂正した。 それに対してぎゃあぎゃあタイガーさんが喚くのに、バーナビーさんの態度はぶれずに冷静だ。こうしてみてみるとどっちが 年上か分からなくなる、と思ったけどタイガーさんはきっと今話してくれたことを10年守り続けてきたんだろうな、と 気付いてすごく大人でヒーローのお手本みたいな人だと思った。全然普通の人なんかじゃない。すごく意志が強い人だ。

「そうですね。私、憧れられるヒーローになれる自信は無いですけど頑張ります!...出来る限り」
「最後が弱気だな〜...まぁ、頑張れよ! 何かあったらおじさんが相談にのってやるから、!」
「...いっ...はい!」

バシンっと思いっきり背中を叩かれて痛かったけれど私は背筋を伸ばして頷いた。
何だかタイガーさんの熱い思いが私 に伝わってきたように感じる。正義の壊し屋という通称がワイルドタイガーがどういう人なのか表している。
私の気合十分な声にタイガーさんが満足そうに笑った。

「ほらぁ〜バニーちゃんも何か先輩として一言気の効いたこと」
「...はぁ」

バーナビーさんはさっきタイガーさんにツッコんでいた時よりは随分と勢いが無く、なんだか困ったように言葉を探している。 私がジッと見つめるとバーナビーさんの口元がきゅっと結ばれた。何を言えばいいのか分からないのかもしれない。 テレビで見ていたバーナビーさんと実際のバーナビーさんはどうやらギャップがあるらしい。テレビのバーナビーさん ってこういう時に言うべき言葉をぺらぺら喋りそうなのに。
タイガーさんは困った様子のバーナビーさんを見て楽しそうだ。

「...頑張ってください」

バーナビーさんの口から出た言葉は悩んでいた時間のわりにはすごくシンプルなものだった。
それでもバーナビーさんがすごく悩んで私にくれた言葉なのだ。私は座っていたベンチから立ち上がった。

「はいっ! ありがとうございま、いてっ!」

勢いよく頭を下げすぎたらしい。ついでに言うとバーナビーさんとの距離も考えてなかった。お辞儀をした瞬間に バーナビーさんの胸板に頭のてっぺんを擦り付けてしまった。もちろん擦り付けたといっても猫がマーキングする時に するように擦りつけた意味は無くて、どちらかと言うとマッチを木箱に擦り付けたような感じだ。(マッチはもちろん私で木箱はもちろんバーナビーさんだ) 頭のてっぺんがハゲてないか確認しながらバーナビーさんに謝るも、バーナビーさんは何だか得体の知れないもの... 例えば宇宙人とかにでも会ったかのように私を奇妙な物を見る目で見ていた。
バーナビーさん的には私との遭遇は未知とのものだったらしい...。
完全にヒかれているのが分かり、失敗したなぁと考える。
第一印象って結構大事なのに変な所しか見られていない気がする...。
こういう時はタイガーさんがフォローすべきなのにタイガーさんはまた笑いキノコでも食べてしまったかのように笑っていた。







(20111210)