家に帰っても休むことができないという状況は思っていたよりも堪える。精神的にも体力的にも、だ。 それを私は今、身をもって実感していた。

「引っ越す?」

このクソ忙しいのにか? 正気じゃないとでも言いたげな視線を上司から受け、私はすぐさま抗議した。

「だって家に帰っても寝れないんですよ! 夜中といわず一日中ドンちゃん騒ぎで耳栓してもうるさくてたまらないんですよ!」
「あぁ...まぁあんなもんが出来ちゃぁな」

もともと私が借りているマンションはこのHLの中でも静かな区画にあった。
どこもかしこも喧騒に包まれれて居ると思ったのだがそんなこともなく、値段も良心的なそこを私はとても気に行っていた。 だけどそれが一変したのは二週間前のことだった。隣に何か建造物が出来たと思えば、有害としか言えないネオンを撒き散らし、異界と人が交じり合ったこの街そのもののようなうるさいクラブに早代わりしたのだ。 似たような店というのはこの街にもたくさんあるはずなのだが、何がいいのかそこはひっきりなしにビヨンドやヒューマがやってくる。 店はそのおかげで大繁盛している様子だが、周辺住民からすれば迷惑以外の何もでもない。 かくいう私もその迷惑を被っている一人だ。おかげでここ何週間も安眠できずに居る。

「ライブラがきてぶっ潰してくれないかな...」

私の思いつきの呟きを目の前の上司は「ハッ!」と鼻で笑って一蹴した。

「連中は世界を守るので急がしいだとよ」
「だからぁ、あそこらへんで事件が起きてそれを解決するためにあの建物を破壊してくれたら、ってことですよー」
「おーおー悪い警察官だな」

そう言われてしまえば口を噤むほかない。それをわかっていて目の前の上司――ダニエル・ロウ警部補もその言葉を選んだのだろう。 黙り込んだ私を見てにやりと口端を吊り上げている。
私はそれにバツの悪さを覚えてコーヒーを啜った。
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警部補に話をしたあの日から部屋探しを開始したものの、想像していたよりもそれは難航していた。 仕事の合間にスマホを弄って部屋を探してるものの、治安のよさや部屋の間取りなどをいろいろと考慮するとどうしても家賃が高くなってしまうのだ。 このヘルサレムズロットという場所が相場を吊り上げている。それなのに安月給。
シェアハウスという手も考えてみたものの、この街でそういうことをするのを危険な気がしてどうしても踏ん切りがつかない。 仕事柄どのようなことが原因となってトラブルになるのかわからないことを知っているので尚更だ。
よって、部屋探しは難航してしまっている。昨夜はとうとう警察署に設置されてあるソファで眠ったのだ。(いつからあるのかわからない汚い毛布を使う気にはなれなかったので、自分で持ち込んで。) こんな生活をしていればすぐに体を壊すことになるのは目に見えているので早いところ部屋を見つけたい。

「知り合いの不動産屋がお前のこと言ったら喜んで紹介するだとよ」

デスクに座ってパソコンで部屋探しをしていると背後から突然声をかけられた。 振り返れば手にはタバコを持ち、紫煙を口から吐いているロウ警部補が立っていた。

「だから新人の癖にパソコンを私用にばっか使ってんな」

「仕事しろ仕事」ばっちりパソコン画面を見られてしまっていたらしく、思わず笑いながら頬をかいた。 仕事が忙しくていきたくても不動産屋に行くことが出来ず、私が思っている不動産の探し方は通信機器を用いたものばかりになっている。 しなくてはいけない仕事は画面の下に収納されたままだ。

「わー! ありがとうございます!!」
「昼休憩にでも行って来い」
「警部補...!!」

ぴっと投げられたメモをキャッチして感動に胸がじーんとした。この感動はすぐさま警部補に伝えなければならない。

「私警部補が幸せになれるように祈ってますね...!」
「わーったわーった」

警部補はめんどくさそうに手を振って返事を寄越す。私のこの本気の気持ちは少しも伝わっていないような気がする。 「お前そこはお礼は何がいいですか? って聞くところだろ」 先輩の言葉にじとっと視線だけを返す。






(20150901)