![]() 文字通りぼろぼろになりながら家路に着いたのは日付が変わったころだった。 事件が解決したとはいってもそこで終わりじゃない。後処理と言う名の雑務が待っている。 はぁ、と意図せず漏れてしまったため息を車の中に閉じ込め、私は薄暗い地下から光を求めるようにしてエレベーターに向かって歩いた。 箱を呼ぶためにボタンを押してしばらく待っていると、チンと軽い音を立てて扉が開く。 中へと重い足を引きずるようにして入り、パネルの前に立つと、こちらに向かって歩いてくる人影を見つけた。 見知った人影であることを目視で確認した私は、扉が閉まらないように開くボタンを押し続ける。 「ありがとう」私よりもひどい有様なスターフェイズさんのお礼を耳にして私は一つ頷いた。 隣人なのだから行き先も同じと言うことで、私が数字の書いてあるボタンを押すと後は勝手に箱が行き先へと連れて行ってくれる。 「最近のサラリーマンって大変ですね...」 エスカレーターの扉をくりぬく様にして設置されているおしゃれな模様を描くガラスにスターフェイズさんがにやっと笑ったのが映ったが、すぐさま表情は歪んだ。 どうやら顔の傷が痛むらしい。もともとあった左頬のもの以外にも傷が増えているのがパッと見わかった。 中でも口端が切れて出血しているのが痛いようで、そこを手で抑えている。 「そっちこそ。事務員も大変だね」 今度は私が笑う番だった。そうすると頬の傷が引きつったような違和感を覚える。 お互いに素性を隠していたことがわかった今、初対面の時の自分が滑稽に思えてしまう。 警察とライブラならあんなに必死に隠す必要はなかった。仕事の関係で顔を合わせる機会はとてつもなく多いのだから。 むしろ今まで顔を合わせることが無かったのが奇跡と言えるんじゃないだろうか。 無機質な音を経てて目的地に着いたことを知らせるエレベータードアを先にスターフェイズさんに通らせる。 そうしてから私も降りて、前方で私がやってくるのを待っているスターフェイズさんを見て驚きに声を上げた。 「背中、大丈夫ですか」 先にエレベーターから降りたスターフェイズさんの背中には、ざっくりと大きな爪に引っかかれたような傷が一本は走っていた。 もちろん上等だと思われる背広は破れてしまっているし、そこからは結構な量の血が滲んでいるので思わず顔が歪んだ。 そうとうな痛みを感じているはずなのに、スターフェイズさんはそれをこちらに悟らせない。 「ん? あぁ、ちょっと派手にやられたね」 何でもないような返答を聞きながら私は前を歩くスターフェイズさんを見つめた。 ライブラが世界の均衡を保つために暗躍していることは知っていたが、こういう犠牲があることについては考えもしなかった。 映画の中のヒーローのようにいろいろな特殊能力を持っているということだったので、それらを使えば血界の眷属だって容易に倒すことが出来るし、 大概の問題ごとは片付けることが出来るものだと思っていた。 だけど今日、実際にライブラの戦いを目にしてそんな単純なものではないのだと知った。 彼らは――彼は、とてつもない犠牲を払って問題ごとを片付けているのだ。 目の前の姿が何よりの証拠で...それを知った私の胸にはなんといえばいいのかわからない感情が沸いてきて、熱を放った。 「あの!」 目の前の背中を見つめながら考え事をしている間、気づかぬうちに足は部屋の前までやってきていたらしい。 同じく自分の部屋へと帰りついたらしいスターフェイズさんが「じゃあ」と手を振って部屋の中に入ってしまいそうなところで声をかけたので、少しばかり驚いた表情でスターフェイズさんがこちらを見た。 「消毒とか、手が届かないんだったら私、しますよ。よければですけど...」 きょとんという言葉がまさにぴったりな表情を浮かべるスターフェイズさんはきっと珍しい。 おかしなことを口にしてしまった。そう思ったと同時に、今まで感じていた熱が急激に冷めたのを感じる。 「えぇと...よければ、なんですけど」自分でも蚊のなくような声だな、と思いながらもそれ以上声量をあげることは出来なかった。 ライブラだからと勝手にスターフェイズさんに親近感を覚えたが、よく考えれば別にライブラと警察は仲良しこよしというわけではない。 それどころか敵対心を持っている人だって居る。居る、というか多い。 そのことから考えても、ライブラが警察を嫌っているという可能性はとても高い。だって相手が自分を嫌っているのに好きになるなんて難しい。 個人的には私はライブラを嫌っていることは無い。世界の均衡、なんて大きなことを考えてはいないければ、HLの平和を少しでも守ることが出来るのであれば、ライブラとも協力すれば言いと考えている。 だけどそんなことを私が考えているとはスターフェイズさんは知らない。 そんなことが一瞬で頭を駆け巡り、もしかしたら私はとてつもなく空気を読むことができていないのではないかと思い至った。 「正直助かるよ。背中じゃ自分でどうにも出来ないからね」 ぐるぐると考えているところにスターフェイズさんの声が静かに響いた。 自分で言っておいてなんだけど、断られるのが前提の提案だったので驚いてしまう。 「とりあえずまずはお互いにシャワーを浴びるのが先だろう。消毒はその後で...そっちの部屋に行けばいいかな?」 「えっ!」 どきっとしたのは何かを期待したからというわけではない。いくら私でもそんな雰囲気ではないことはわかっている。 では何故どきっとしたのかというと、単純に部屋の中が汚いからだった。 引っ越してきてから結構時間が経ったというのに未だに部屋の隅にはダンボールがあるし、最近は忙しかったこともあって掃除をきちんとしていない。 掃除機をかけるのが億劫で、簡単にコロコロで済ませてしまっている。 そんなことから人を招くことが出来る状態ではない。だけどそれを説明するのもいやだった。 だって、絶対にだらしない女だと評されてしまうことになるだろうから...。 そんな微妙な乙女心がわかったのか、黙り込む私にスターフェイズさんは小さく笑った 「わかった。じゃあ悪いがシャワーを浴びてから来てもらってもいいかな?」 「あ、はい!」 バツの悪い思いを隠すために必要以上に力を込めて頷いた。それを確認したスターフェイズさんが喉を鳴らして笑っている。 |