もともとそこまで親しいというわけでもないので、会話は途切れてしまった。それでもそこまで居心地の悪さを感じることはない。 先ほど点けたテレビから流れているニュース番組に何とはなしに視線をやれば、ちょうど今追いかけている事件の一つについてニュースキャスターが読み上げているところだった。 読み上げられる内容については、もちろん私の知っているものばかりだで、目新しいものはないようだ。 もちろん目新しいものがあれば、それはそれで問題なのだけれど。

「この事件、犯人についての手がかりはまだ見つかってないのかい?」

味噌汁を啜りながら視線をスターフェイズさんへと移す。
この事件は確実に犯人が居るとして私たちは捜査をしている。ここじゃおかしな現象によって人が死ぬことも少なくはないが、 この事件に関しては誰かが絡んでいることは間違いない。 だからこそ、スターフェイズさんの疑問だろう。だけど、そう簡単に答えられるわけはない。
一応私も警察官の端くれなので、捜査内容は他に話すべきではないということは叩き込まれている。

「...そうですね。今のところはなんとも」

私が警察関係者だということを知っている人たちに質問されたときに答えるのと同じ言葉を口にした。
彼が一般の人とは全く違ったライブラという組織に所属しているのはわかっているが、だからと言って話すことはできない。 ...一瞬話してもいいのかもしれない、と迷いが頭をちらついたものの、そういう判断が出来るほどの責任を持つことが出来なかった。 少しばかり後ろめたさを覚えて、私は視線をスターフェイズさんからお寿司へと戻した。

「そうか」

何てことなさそうなスターフェイズさんの相槌に、内心ホッとした。




「それで何だってテレビ台を割ったんだっけ?」
「...」

そうして今度標的にされたのは、テレビ台についてだった。
すっかり私は忘れてしまっていたというのに、再び話題にされて思わずいくらの軍艦巻きを咀嚼していた口の動きが止まった。

「そうやって引き伸ばされるだけどれだけ面白い話が聞けるのか期待しちまうわけだが」
「期待はしないでください!」

その口元には笑みが浮かんでいるのだがが、妙な威圧感を醸し出すスターフェイズさんの圧力に屈する形で私は諦めた。 それに、確かにスターフェイズさんの言うとおり、これ以上引き伸ばせばハードルが上がってしまう。 お茶を啜ると、もうすっかりカップの中のお茶は冷えてしまっていた。

「その...私がまだ警官になったばかりのときなんですけど、あまりにも体力が無かったのでトレーニングをすることにしたんです」
「いいことじゃないか」
「はい、他の人においていかれちゃうかもしれないという焦りもあったのでダンベルとかを買ってきたんです、それでいざ使ってみたらダンベルが手からすっぽ抜けちゃって...」

ここまで話せば後は大体察しがつくだろう。ダンベルはテレビ台に当たり、ガラス製の扉をぶち破ったのだ。広いとはお世辞にも言えない部屋の中でそんなものを振り回していたことが大きな原因だと思う。
ひどい惨状で、私は疲れきった体でガラスを拾い、掃除機で吸ってからそこら一体を濡れたぞうきんで拭く羽目になったのだ。 それだけではなく、音を聞きつけた隣人が心配してすっとんできてくれたまではいいものの、必要以上に大きな声で話すのでフロア全体に響いてしまい、 結果として住人達がぞろぞろとやって来てその人たちに説明することになったのだ。自分の間抜けぶりを。
当然テレビ台は扉がなくなってしまったが、それを今まで使い続けていたのが、引越しを機にようやく捨てた。 だが、それの代わりになるテレビ台はまだ手に入れていない。

「ダンベルを買ってきた初日に?」
「はい...はりきり過ぎたんでしょうね」
「ははっ、段々君と言う人がどんな人かわかってきたよ」
「えっ!! 完全に嫌な方向に考えてますよね?」
「嫌な方向とは限らないじゃないか。だがまあ、最初のイメージとは随分違うよ」
「...最初のイメージってどんなですか」

びくびくしながら尋ねれば、考えるようにスターフェイズさんが腕を組んだ。 もうお寿司は食べ終わったらしく、桶の上には飾りの葉っぱが載っているだけだ。 お茶を勧めれば欲しいと返事が来たので、すでに冷えてしまっているお茶を捨てて淹れなおすことにした。

「パンツスーツが様になってるし、愛想もいい。仕事の出来る大人の女性という感じかな?」
「...ええ! そんなこと初めて言われましたよ!」

想像していなかった高評価に驚けば、スターフェイズさんが面白そうに笑みを浮かべる。 熱いお湯を注いだ急須を机の上に置きながら私はちょっと照れてしまった。けれどすぐに「待てよ」と頭の冷静な部分が囁く。

「それって今はそう思ってないってことですよね...」
「ん?」

何を答えるでもなく、笑みを浮かべながら小首を傾げる仕草は肯定しているようなものだ。 もういい年のおじさんに分類されるであろう男が小首を傾げても何も感じない。むしろ今までの話の流れと、 そのとぼけ方が合わさって少しイラッとしてしまう。

「スターフェイズさんの前ではこんなのかもしれませんが! 実際はさっきのイメージどおり、仕事の出来る女なんですよ...!」

あまりにも大きなことを言ったという自覚はあった。だから言葉にしてから徐々に恥ずかしさと後ろめたさを覚えてしまい、最後の方は蚊の鳴くような声量になってしまった。 自分でも仕事が出来る大人の女とは思っていない。仕事についてはまだペーペーで、警部補や先輩達に甘えまくっているということは自覚済みだ。 自分で言うのも悲しくなるけれど、もっと厳しい先輩ばかりの場所に配属されていたら...と考えると恐ろしい。
そして、年齢的には大人の女として分類されても問題ないかもしれないが、中身が伴っていないということは自分でもわかっている。 本当に自分で言ってて悲しい...。

「それじゃあ僕の目に狂いはなかったわけだ」

私が自滅するまでを眺めて、その上で追い討ちをかけるようにそんなことを言うのだからスターフェイズさんは意地が悪い人なのかもしれない。



「テレビはこのままにしておくのかい?」
「いえ、そのうちテレビ台は買いに行こうとは思ってますよ」
「へえ」

淹れたばかりのお茶を啜りながら何かを考えるかのような素振りで視線を上へ向けたスターフェイズさんに、私は口に合わなかっただろうか、と不安になった。 まだ先ほど淹れたばかりなのでそこまで渋いと言うこともないと思うのだけど...。 私も少しだけお茶をカップへと注いで口に含む。やはり渋みはない。

「それなら一緒に行かないか」
「え! ...誰と?」
「おいおい、この流れで他の誰かと一緒に行くのを勧めるわけないだろう」
「えっ、けど...スターフェイズさんもテレビ台壊れたんですか?」
「生憎、僕は家で筋トレをしてうっかり何かを壊した、なんて経験はないよ」

ちくりと刺すような言葉に思わず恨めしげな表情をしてしまえば、楽しそうに口角をあげたスターフェイズさんがわざとらしくすました表情をした。

「ちょうど棚の調子が悪くてね、部品を付け替えようと思ってたんだ」
「そういうの出来るんですね」

何でもそつなくこなしてしまいそうなイメージはあるものの、金槌などの大工用品とはなかなか結びつかないイメージなので意外だ。 そうするとそれに少し気を悪くしたらしいスターフェイズさんが心外だと言いたげに右の眉を吊り上げた。






(20160119)