自分で組み立てるタイプのテレビ台だったので、思っていた以上に嵩張ることはなかった。残念なことに重みは変わらないのだけど...。 パンツスタイルを選んできて準備も万端だったのだけど、結局スターフェイズさんがダンボールに入ったこれからテレビ台になるものを運んでくれた。 組み立て式のものだとは思わなかったらしいスターフェイズさんは「君、ちゃんと組み立てること出来るのかい?」と半信半疑で尋ねてきた。 それに私は自信満々に「ちょろいですよ!」と答えた。
もっと大物の家具を組み立てるとなれば自信はなかったけどテレビ台くらいなら簡単! なはずだ。予想では。頭の中では展示されていたものと寸分違わないものが出来上がっている。 そんな私の根拠の無い自信を見抜いたかのようにスターフェイズさんは目を細めて疑わしげな視線を送ってくる。 それには気づかないふりをして、当初予定していた言葉を今思いついたというように投げかけた。

「あ、ご飯よかったらどこかで食べていきませんか?」

今日は仕事終わりにわざわざ付き合ってもらったのでそのお礼をしなくてはいけないと思っていたのだ。
そのお礼の方法として一番に浮かんだのはご飯をご馳走するというものだ。
この間は怪我の手当てをしたお返しとして(は過ぎると言ってもいい)お寿司を奢ってもらったのだから、今日は少し高いお店でお返しをしようと考えていたのだ。 なので事前に財布の中にはテレビ台を買うには十分すぎる金額を忍ばせてきた。

「いいね。実はそのつもりだったんだ」

悪戯っぽく笑ったスターフェイズさんに私も自然と笑みを返して、車は滑るように道を進んだ。
やがて到着したのは今まで入ったことが無い店だった。外装からして少し高級な感じが漂っている...お金は足りるだろうか。 咄嗟に先ほど開いた財布の中身を思い出そうとする。
そして同時に心配になったのは、この格好で大丈夫なのかということだ。
今の私はカジュアルと言っても差し支えが無い格好なのに...立派な店構えをしている目の前の建物に不安になった。 財布の中身も気になるけど自分の格好も気になる。

「さ、入ろうか」
「えっ! ちょっ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
「...この格好でも大丈夫ですか?」

私の問いに、スターフェイズさんは改めて私を上から下まで眺めた。改めてそうやって見られると恥ずかしさを感じる。が、それは顔に出さないように唇に力を入れた。

「別にどこもおかしくないけど?」
「そういう意味じゃなくて!」

わかっているだろうにからかう様に口端を上げて言ったスターフェイズさんに少し怒って返せば「悪い悪い」と、ちっとも悪びれていない感じに謝られた。 何だかこのパターンも少しおなじみになってきてしまっているような気がする。

「大丈夫。どこから見ても素敵だから」
「ヒッ」

さらりと褒められてしまい、私の喉からは空気が抜けるような変な音が出た。予想していなかった言葉だし、こうやって褒められるのには慣れていないので挙動不審になってしまう。 心臓が跳ね上がるような心地は、確実に体にはよくないと思う。どうしても真っ直ぐスターフェイズさんを見ることが出来ず、きょろきょろ目玉を動かしていると吹き出すような音が聞こえたことによって ようやく目玉の動きが止まった。

「なんだいその反応」
「えっ、いえ...別に」
「別にってことはないだろ。明らかに挙動不審だったよ」
「いえ、いつもこんな感じです」
「いーや、僕の知ってる君はそんな妙な動きはしてなかった」

明らかに面白がっているのを感じとり、私はこれ以上玩具にされてはたまらないと、とっととこの会話を終わらせることにした。 「もういいですって...!」そう言って会話を終わらせると、まだ可笑しそうに口端に笑みを浮かべたスターフェイズさんに店の入り口へと急かされた。 私が何てこと無いこととして処理したがっているのも込みで、そこを穿ろうとするのだから結構スターフェイズさんっていい性格してる...。 段々とこの人の本性がわかってきたような気がして、さっきまで起こっていたのも忘れて口角が少し上がってしまった。


スターフェイズさんが言ったとおり、店構えが立派だった割には中に居るお客さんはラフな格好をしている人が多かった。 それだけで想像よりもカジュアルな店だったと判断することが出来た。空いている席へと案内されればメニュー表を渡された。 いろいろと小難しい名前が並んでいたので、おすすめだと思われる店の名前の入っているものを注文する。
スターフェイズさんもぱらぱらとメニュー表を捲ってからすぐに注文を決めたので、そう時間がかかることなくメニュー表から手を離した。 料理が来るまでの手持ち無沙汰な時間は、雑談をして過ごした。
スターフェイズさんは会話の引き出しがとても多いらしく、料理が来るまであっという間に感じたほどだ。そんなところからも女性をエスコートするのに慣れているのだな、と感じる。

「いただきまーす」

目の前で湯気を立てるおいしそうな料理に我慢できず早速フォークとナイフを手にとりながら声を上げ、お肉を一口大に切る。

「イタダキマス」

片言の挨拶が聞こえて顔を上げれば、それを言ったのがスターフェイズさんだとわかった。
「えっ」と驚きに声を上げれば「君を真似してみた」と笑みを浮かべたスターフェイズさんが返してきた。 何だかとてもレアなものを聞いてしまったような気がしてちょっと興奮気味に「もう一回言ってください」と言ってみたものの、 その私の反応で今更恥ずかしくなったのか断固拒否されてしまった。

「...ケチ」
「何だって?」
「いえ、何でも」
「僕の聞き間違いかな? ケチとか言った?」
「い、いえっ...そんなことは...それよりこれすごくおいしいです!」

あからさまな話題の転換に何か言いたげな視線が返って来たが、スターフェイズさんは会話に乗ってくれた。
立派な店構えとは裏腹にカジュアルな雰囲気の店内なこともあり、料理はそこそこのものだろうと思っていたのだが、その期待を軽く上回るほどおいしかった。 流石スターフェイズさんが連れてきてくれた店だ。そうして私の中でスターフェイズさんのイメージは間違っていなかったのだと確信した。 目の前の皿を空にし、満たされた気持ちでグラスの中の炭酸水を飲んでいると店内の客がのほとんどが男女のペアであることに気づいた。 カップルや中には夫婦もいるのだろうが、そういう人ばかりだ。そうして改めて自分とスターフェイズさんも周りからはそういう風に見られているのかもしれないと考え付いてしまい、途端に居心地の悪さを感じてしまった。 意味もなく椅子の上に座り直していると、そんな私の行動を不審に感じたらしいスターフェイズさんが片眉を上げた。 その目が言葉を促しているのを感じ取れば、笑って誤魔化そうとしたが、このまま有耶無耶にも出来ないだろうと悟って結局口を開いた。

「カップルが多いなぁ、と思っただけなんですけど」

何でもない話題の一つとして聞こえるように話を振った。

「...あぁ、確かに。ここはいつもこんな感じだよ」

私の言葉が意外だったのか、一瞬目を見開いてから周りを改めて見回すとスターフェイズさんが頷いた。 その言葉にやっぱりか、と内心零す。おしゃれで感じの良い店はきっとデートの定番として利用されているのだろう。

「だけどカップルかどうか、実際のところわからないけどね」
「そうですね。知り合いとか、同僚や友達って関係の人だって居るでしょうし。」

全ての男女がペアで居れば恋人と言うわけでもない。何より今自分達がそれを証明しているのでスターフェイズさんの言葉に納得しながら相槌を打ち、 グラスを手に取った。スターフェイズさんもご飯は食べ終わっているので、それを察したウェイターがやって来てからの皿を持っていった。 そうして今度はコーヒーがテーブルの上に置かれる。それにお礼を言ってから一緒に持ってきてくれたコーヒーシュガーやミルクをコーヒーに入れた。 スプーンで混ぜれば黒に近い茶色をしていた液体は、みるみるうちに色を変えた。
コーヒーをブラックで嗜んでいる同僚が多いが、私は未だにブラックのままというのは苦手で砂糖やミルクを足してしまう。 スターフェイズさんはどうやらブラックがお好みのようで、何もコーヒーに足すこともなく口へとカップを運んでいる。 少し遅れて私もカップに口をつければ、苦味と甘み、酸味が交じり合った良い香りの熱い液体が口内に広がる

「もしかして僕たちもそう見えているかもね」
「へ?」
「カップルって」

咄嗟に言葉を返すことが出来ずに間抜けにも口をぽかんと開けていると、スターフェイズさんが小さく吹き出した。
止まっていた時間が急に動き出したような感覚を覚えながら「いやいやまぁまぁ」とか自分でも意味がわからない言葉をもごもごと呟いてコーヒーを喉へと流した。 心のうちを読まれたかのようなタイミングでの言葉だったので、つい間抜けな反応をしてしまった。 今も可笑しそうに笑いの余韻が残る目の前の顔を見れば、己がどれほどの間抜け面を晒したのか想像できる。
二つの意味で恥ずかしさを覚え頬に熱が上っていくのを誤魔化すためにコーヒーを啜った。 そこも含めてお見通しだとでも言いたげに妙に優しげな笑みを浮かべるスターフェイズさんに、ちょっとした抵抗の意味を込めて軽く睨みを返したものの一向に効果はなかった。






(20160601)