![]() 「何でこうも毎日いろんな事件が起きるんですかね」 「さぁな。”HLだから”ってありきたりな答えしか浮かばん」 警部補はいつもの調子でタバコを口にくわえたまま答えてくれたものの、本気で私の疑問に答えるつもりはないことが窺い知れた。 まぁ私も本気で考えて欲しいわけでもなかったので、息をついてその答えに納得した。 今日もトラブルを一つ解決するべく、犯人を追って先ほどまで街中を走り回っていた所為で足はがくがくだ。 このまま出来ることなら帰りたいところだけど、今日提出の書類があったのでそうもいかない。 というわけで、私が家に帰りついたのは日付を少し跨いだところだった。 真っ暗な部屋の電気をつければ、自ずと組み立て途中の机が目に入ってしまった。 ちょろい! と思われていた机の組み立てだったが、実際に行ってみるとそんなこともなかった。 説明書を読まなかったことで、ネジを間違えてしまったのが運の尽きだった。 これを購入した日、私は珍しくすぐに組み立てを開始した。 だけど間違えた箇所でネジを使ってしまったことにより、本来必要な場所に使うネジが足りなくなってしまい...結果的に 嫌になってしまってその日は放置してしまったのだ。それからは何故か毎日忙しく、机を組み立てる時間もなくて結局 スターフェイズさんに付き合ってもらったあの日から一月近く放置している状態が続いている。 部屋に入ると嫌でも目に入るそれから視線を反らし、私はスーツを脱いでバスルームへと直行した。 明日も早いのだからさっさと寝よう。どうせ明日も忙しいことになるに決まってる。 「おはよう」 「ふぁっ、ぉ、はようございます...」 人目もないから誰に見られることも無いと堂々と欠伸をしていたところで突然横から声をかけられ、私は間抜けな顔を結果的に晒すことになってしまった。 いつの間にやってきたのか、隣にはスターフェイズさんが並んでいる。 きっと大きく口をあけているところは見られていないだろう、という私の希望はにやりと上がった口角を見てすぐに打ち砕かれることになった。 思い切り口をあけてたから角度によってはのどの奥まで見えていたかもしれない...。 「疲れてるみたいだな」 「まぁ...それはお互い様だと思いますけど」 「違いない」 角度は違えど同じような仕事と言っても差し支えが無いので、私が忙しいということはスターフェイズさんも忙しいはずだ。 十分とは言えない睡眠しか取れていないことは目の下の隈からも窺い知れた。 何となく二人で並び、廊下を歩いていると前方のドアが開いた。 「あ、藤原さん! おはようございます」 ひょこっと現れた見覚えのある可愛らしい顔に少し驚きながら笑みを浮かべて挨拶を返した。 「おはようございます」 「今からお仕事なんですか?」 「そうなんですよ」 心なしかきらきらした目で見つめられ、頷いて答える。 「頑張ってくださいね〜」とにこにこしながら言われれば私も自然と笑みが浮かんできた。さっきまでげっそりしていたのが身が引き締まるというか。 私の働きを期待しているような視線なので、その期待に応えたい。ペーペーだけど...。 そうして頬を紅潮させながらにこにこしていたかわいらしい表情に一瞬不可思議なものを見る視線が交じったので、隣に視線をやればスターフェイズさんが頭を下げているところだった。 「おはようございます」 「...おはようございます」 どうやら彼女は人見知りらしい。完璧な笑みを浮かべるスターフェイズさんからちょっと距離をとるようにして挨拶を返している。 このまま長居する必要もないと思い、「それじゃあ行きますね」と声をかけてエレベーターを目指した。 「お仕事頑張ってください!」という彼女の言葉にお礼を言いつつ歩を進めていると、隣で黙っていたスターフェイズさんが口を開いた。 「知り合い?」 「はい、前に一度警察署に相談に来られたことがあって私が対応したんですよ」 あ、相談内容については秘密です! と先手を打ったつもりで言えば呆れた視線が返ってくる。 最初から尋ねるつもりはなかったらしい。大きさな事件と違って個人の相談ならあまり興味が無いのかもしれない。 「随分懐かれたもんだ」 「同じマンションだったってこの間知ったんですけど、時々ああやって声かけてくれるんです」 私としてはそれは嬉しいことだ。慕ってくれているような気がして、嬉しくて恥ずかしい。 そんな心情を誤魔化すために小走りでエレベーターを呼びつけるためのボタンを押す。 「ふぅん」 何やら引っかかりを覚える相槌に眉を顰めれば、少し眠たげな目に見下げられる。 「それよりだ。組み立て、出来た?」 「え″っ、」 主語は抜けていたものの何の組み立てなのかについてはすぐに察することが出来た。というか、それ以外にありえない。 私が言葉を詰まらせたのを見るや否や、スターフェイズさんの表情が”まさか...”と言いたげなものになっていく。 あれを買いに行くのに付き合ってもらった日は遥か一月も前なのだからそういう顔をされてもしょうがない。 しょうがないけど”ちょろい”と言い切った者としては気まずい。 「あっ、エレベーター来ましたよ!」 扉が開かれると突撃する勢いで素早くエレベーター内に入りこんだ。そうしていつもの定位置であるパネルの前に移動すれば、こちらを必要以上に凝視しながらスターフェイズさんが入り込んでくる。 ドアを閉めて地下の駐車場へ行くように指示を出せば妙な浮遊感と共に箱が下へと降りていく。 「ちょろい」 「っ!」 「...というのは僕の聞き間違いかな?」 「えっ、うーん...」 そんなこと言ったかな?って感じで過去の自分の調子に乗った発言をどうにかして誤魔化そうとするものの、代わりの言葉が浮かばなかった私は頬に突き刺さる視線を感じながら視線を彷徨わせた。 沈黙に支配されたエレベーター内は、流石高級マンションなだけあって静かだ。 うちの署のエレベーターとは雲泥の差だ。(いつ止まってもおかしくないと噂されているので、エレベーターに乗り込む際は携帯必須だと皆言っている) だけど今はその快適なはずな静けさが恨めしい。結局この空気に耐えきることが出来ず、私は自らの発言の過ちを認めることになった。 そんな私にスターフェイズさんは何故かとても満足気だ。...根性が悪いと思う。 楽しげな表情で箱を降りたスターフェイズさんは足取りも軽いように見える。私の気のせいかもしれないけど...。 対して私は朝から軽い敗北感を味合わされて先ほどのやる気が消えかけて風前の灯だ。 せっかく出ていたやる気を削がないで欲しい...とは言っても自分でも大きな口を叩いた所為でこういうことになっているのはわかっているので文句を言うことさえできない。 「それじゃあ、」 「あぁ、また」 実に爽やかな笑みと共にスターフェイズさんは去っていった。 自分も同じように車に乗り、少しの憂鬱なエンジンをかけて車を走らせて仕事場へと向かった。 |