今日は昨日までのごたごたと忙しかったのが嘘のように静かな日だった。よって、溜まっていた事務仕事に集中することが出来、 定時に仕事を終えることが出来た。
定時に仕事が終わるとか一体いつ振りだろう...!
感動しながらもこの場からさっさと離れなければもしかしたら何か事件が起こって出動されてはたまらないと思い、私はさっさと警部補や同僚達に挨拶をして家に帰ることにした。 車に乗り込んでから携帯がピカピカ点滅しているのに気づき、見てみればびくっと肩が跳ねた。 思いがけない相手からのメールというのは心臓に悪い。
”スターフェイズさん”と表示されているメールを開けば簡潔に”仕事終わった?”とだけあった。
シンプルではあるものの、このメールの意図が読めずに思わず考え込む。
なんと返信したものか...。考え込んだからと言って答えを導き出せるわけではないので、私はしょうがなく考えることを放棄して"今終わりました"とだけ返した。 飾り気のない文面に絵文字をつけるか否かを悩んだものの、今更取り繕うのもおかしな気がして結局シンプルすぎる文面を送った。 すぐに返信が来るとは思わなかったものの、少し落ち着かない気持ちで携帯を見つめていると思いがけず返信はすぐさま返って来た。
”よし、ならそのまままっすぐ家に帰るんだ”
え、何で?
一番に浮かんだのはもっともな疑問だ。もしかしたら送信先を間違えてるんじゃ...そう考え付いた私は一瞬躊躇してから ”私、隣の部屋の藤原ですよ”と送った。そうするとまたしてもすぐに返事が来た。
”知ってる”
シンプルな返事だけど頭の中に呆れた表情のスターフェイズさんが浮かんだ。
なのでここは指示に従うべきなのだろうかと思い、そのまま帰ることにした。




家に帰り着いてから着ていたスーツからラフな部屋着へと着替える。(もしかしたらスティーブンさんが尋ねてくるかもしれないと思い、服はいつものラフなものよりもグレードが高いものにした。) こんな時間に帰れたのは久しぶりだなぁ、と思いながら携帯を確認してみるも”わかりました”に対しての返事は来ていなかった。 一体なんだったんだろう。不審とも言える意味深なメールについて頭を悩ませながらも冷蔵庫の中を覗く。
あまりこれといったものは無いが冷凍してあったご飯と豚肉はあったので簡単などんぶりにでもしようか...出来ることなら手間はかけずに美味しいご飯にありつきたい。 さらに出来ることならお金もあまりかからないと嬉しすぎる。まぁそんな都合の良いご飯はないけど。 ハハ、と乾いた笑い声を上げたところでインターフォンが鳴った。
誰だろうと思いながら冷蔵庫を閉めて玄関へと向かいスコープから覗き込む。そうして先ほどから意味深なメールで私を悩ませている張本人の姿を確認したので驚いた。

「えっ、どうしたんですか?」

慌ててドアを開ければスターフェイズさんがにこりと笑みを浮かべて立っている。

「こんばんは」
「あ、こんばんは」
「とりあえず中に入ってもいいかな?」
「え、あ、どうぞ」

部屋の中へと招くためにスペースを空けると「お邪魔します」と断りながらスティーブンさんが部屋の中へと入っていく。 その手に袋が提げられているのを見て首をかしげながらも後に続いた。

「これ、夕食にと思って買ってきたんだ。よければ」
「えっ、いいんですか?」

机の上に置かれた袋は良く見れば中華のデリバリーとして有名な店のロゴが印刷されていた。

「あぁ、もちろん。そのために買ってきたんだ」

この間も結局奢ってもらうことになったというのに...と思うと少し躊躇してしまう。だけどここで断るというのも失礼だよな、というのがわかるぐらいには私も頭が回る。 お寿司を奢ってもらって、この間はテレビ台を買いに行くのに付き合ってもらった上にご飯まで奢ってもらって...何だか申し訳ない。
今回はありがたくご飯をいただくとして、今度何かで埋め合わせをしようと心に誓って私は頭を下げた。

「ありがとうございます! お腹空いてたんです」
「よかった」

袋から取り出されて机rの上に並べられる紙パックに包まれた中華たちに私の心は浮き足立った。
最近は中華もご無沙汰だった。それにここは料理が美味しいと署でも人気のデリバリーなのだ。 ありがたくいただこうと一度決めると現金なもので、ものすごく楽しみになってきた。 食事の準備を進めていると、スターフェイズさんがいつの間にか組み立て途中で放置しているテレビ台の前にしゃがみこんでいた。 あんなに大口を叩いたというのに最初の最初で躓いてしまったことがばれて恥ずかしいのであまり見ないで欲しい...。

「これか」

私が説明をしなくても何が原因なのかわかったのか、隣に放ってあった説明書を拾い上げて読んだかと思えば、ネジを一つ間違ってあるということに気づいた様子で呟いている。

「...君、説明書読まなかったのか」
「へへへ...」

非難というよりも呆れた感じの様子に私は誤魔化し笑いを浮かべながら頭をかいた。 そうしてスターフェイズさんの隣までやってくると一緒になって説明書を覗き込んでみれば、どのネジがどの場所かご丁寧に絵で描かれている。 つまり大人しくこれを見ていれば失敗することなくテレビ台は完成していたということだろう。 隣から呆れるような視線が向けられたので、もう一度誤魔化し笑いをしておいた。

「まぁ今更言ってもしょうがない。食べたら組み立てよう」
「えっ、いいんですか?」
「もともとそのつもりだったからね」

何を今更とでも言いたげな様子に私は再び驚いた。まさか組み立ての手伝いに来てくれるとは思ってもいなかった。
えっ、スターフェイズさんってすごい親切な人だな...!
隣人のためにここまでしてくれるなんて...!

「スターフェイズさんってすごい良い人ですね」
「なんだい、今更気づいたのかい?」


そうしてご飯を食べ終えてからスターフェイズさんはいとも簡単にテレビ台を組み立ててくれた。
あまりにも簡単に組み立てられ、ちょろいというのがこういうときに使う言葉だと知る。
すごい! すごい! と、隣で連呼しながら「ありがとうございます!」とお礼を言えば、スターフェイズさんは何か変な顔をしていた。 てっきり「そうだろう」とでも余裕たっぷりの笑みと共に返って来ると思ったのにそんなことはなく、どこかが痒そうに変な顔をしているのでピンと来た。

「もしかして照れてますか?」

照れるという感情に目の前の人はあまり結びつかないので、半信半疑に尋ねた。
だけど返って来たじとりとした視線にそれが正解だったのだと気づき、案外普通な人反応が面白くて笑ってしまった。

「...解体しよう」
「え?! まっ、待ってください!」

その後は組み立てたばかりのテレビ台を解体しようとする過激派なことを言うスターフェイズさんに謝り倒した。






(20160827)