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......あれはやっぱりそういうことだったのだろうか。

「...おい、何ぼーっとしてる」
「す、すいません…!!」

どうやらまたしても私は意識がトリップしてしまっていたようだ。慌てて目の前の資料に目を落とす。 警部補がこちらを見ているのを感じて、集中しなければと文字を追う。
そう、今はあの時のことなんて考えている場合じゃない。


あの時のことというのは、もちろんスター、...スティーブンさんが内にケーキの手土産と共にやってきたときのことだ。
二人掛けの少し手狭なソファに二人で座って、テレビにはラブアクション?映画が流れていて、何だかいつもとは違う雰囲気の夜だった。 スティーブンさんの顔が近づいてきて唇に息がかかりそうなほどの距離にどきどきと心臓が早鐘を鳴らしていたときにその雰囲気をかき消すように割って入ってきたのは 無機質な携帯音だった。一瞬で空気ががらりと変わったのは肌で感じた。
それでもスティーブンさんはなかなかスラックスのポケットに入れてあると思われる携帯をとろうとはしなかった。 だけどその電話をかけてきた相手もなかなか諦めなかったので、そろそろと声をかけたのだ。

「出たほうがいいんじゃ...?」
「...」
「...」
「......あぁ」

だるそうに立ち上がってようやく携帯を取る仕草はとてもその電話を歓迎しているようには見えなかった。
ようやく目当ての人物が電話を取ってくれたので相手は電話口でホッとしていることだろう。
先ほどまでの空気は霧散してしまえば、心臓も落ち着きを取り戻してくる。
あまり聞き耳を立てるのも行儀が悪いと視線をテレビへと移してみればいつの間にやら映画は終わっていたようだった。 エンドロールが流れていて、それが終わったのと同時にスティーブンさんの電話も終わった。
タイミングいいな。

「ごめん、ちょっと行かないと」
「仕事ですか?」

そうだろうと思いながら尋ねれば頷きが返って来た。ライブラって大変だな、と思いながら見送るために立ち上がる。

「大変ですねー」

椅子にかけてあったスーツの上着を手に取ってスティーブンさんへと手渡せば、何だか苦虫でも噛んだような表情をしていた。 咄嗟に何かまずいことでも言っただろうか? と思ったがわからない。

「そう何もなかったようにケロッとされるのもな...」

納得いっていない様子で上着を羽織ったスティーブンさんの後について玄関まで行く。
机の上に置いていた携帯は着信を告げないので、警察が出てくるようなことじゃないということだろうか。

「また来るよ」
「あ、はい」
「...が訪ねてきてくれてもいいんだけどね?」
「えっ、」

スティーブンさんの家を訪ねるというのは考えたことがなかった。スティーブンさんがうちに来ることはあるけれど、 私がお邪魔したのは背中の傷を手当したときだけだ。反射的に頭に過ぎったのはスティーブンさんの痛々しい背中だ。 あのときは傷の手当をするという目的があったものの、今尋ねるとしたら口実はない。
さっきまでの雰囲気を不意に思いだして、もし訪ねるとああいうことになるかもしれないと思ったらじわじわと恥ずかしさで頬が熱くなった。 気まずさを覚えながら顔を上げればにやりと口端を上げているスティーブンさんが居て、私は居たたまれずに「早く行ったほうがいいんじゃないですか!」と追い出した。


あの日からすでに何日か経っているけれど、少し油断すると私の頭にはあの時に携帯が鳴らなければどうなっていたのか。 という”もしかして”を考え出してしまう。そんなことを考えてもしょうがないのはわかっているけどどうしたって考えてしまうのだ。
もしかして携帯が鳴らなかったらキ、キスして......


「ぎゃっ!!! すいません!!!!」

警部補の低い声で現実に引き戻されて私は椅子の上で飛び上がった。
これで注意されたのは何度目だか忘れてしまったけれど、結構な回数であることはわかっている。 それはもちろん警部補だってわかっているようで、いつも以上に眉間に刻まれた皺を見て私は今度こそ現実と向き合うことにした。






(20170917)