![]() 「どこに行くんだ」 「あ、いやー...」 誤魔化せるかと思ったがそんなわけもなかった。ばっちり家への道を覚えていたブチャラティに指摘されてしまった。 このまま逃がしてくれるわけがないことはブチャラティの様子を見ればわかる。 食事を済ませると当然の流れで二人で帰ることになったのだが、やはり不自然でも店の前で別れておくべきだった。 「ホテルに...」 「ホテル? なぜだ」 当然の反応だが、ぐっと言葉が喉のところで詰まった。 「長い間帰ってなかったからどうなってるのか知るのが怖くてホテルに...」 自分で言っててもちょっとどうかと思う。なんせ半年以上家を空けていたので、どうなっているのか考えると怖い。 急な仕事だったこともあり、冷蔵庫には食べるつもりで入れておいた食品もそのまま残していった。 他にも人がいなくと埃が溜まるだろうことは想像できる。もしかしたらネズミなんかが住み着いていたりするかもしれない。 他にもゴキブリとか...とにかく恐ろしいものたちが住み着いたた巣窟になっている可能性がないとは言えないのだ。 そんな最悪な想像を仕事がようやっと終わったときに考えてしまい、家に帰ることができなくなった。 仕事が終わった開放感を淀ませる想像だったので、私は現実から目を逸らした。 「冷蔵庫に入れてあったものや果物なんかは腐る前にオレがもらったが、部屋の掃除までは手がまわってないな。すまない」 「.......え?」 うまくブチャラティの言葉を処理できずに聞き返せば、もう一度丁寧に言葉をなぞってくれた。 「食品類はオレがもらったが、部屋の掃除まではできていない」 「え?え!処分してくれたの?」 「あぁ、前に彩が言ったんだろう。スティッキーフィンガーズなら部屋に入れるから留守の間は頼むって」 「あぁー......?」 そんなことを言ったような言ってないような...? あまり記憶にないけど一応わかっているような相槌を打っておく。 だがブチャラティは誤魔化せなかったらしい。自分でも語尾が微妙に上がってしまったと思ったが、そこのところをきっと聞き逃さなかったのだろう。 胡乱な目でこちらを見ている。 「覚えてないんだろう」 「え?いや...覚えてる、よ......覚えてる覚えてる!」 慌てて取り繕ったものの誤魔化すことはできず、シラーっとした表情でブチャラティが先を行ってしまった。 「ごめん、ありがとう」 「別に怒ってない」 追いついて隣から覗き込むようにして声をかければ、笑い交じりに声が返って来る。 街灯と月の心許ない明かりの下では俯きがちなその表情を正確に読み取ることはできないものの、声に笑いが含まれていたので安堵する。 「じゃあとりあえず腐ってるものはないってことだね、安心した」 「あぁ。ホテルはもう取ってあるのか?」 「うん、予約してるから今日はそっちで寝るよ」 「そうか」 「じゃあ私はこっちだから」 荷物になるようなものは事務所に置いてあるので身軽だ。携帯や財布という必要最低限のものだけは持ち歩くようにしている。 空腹も満たされ、ブチャラティと久々の再開に気持ちも満たされた。足取りも軽くホテルへの道を進もうとすると、後ろから腕を掴まれた。 「待て、送っていく」 「え、いいよ」 「例えここがイタリア一安全な街だったとしても、何があるかわからないんだ。だから送っていく」 「けどそれって私が普通の女だったらって話じゃない? これでもパッショーネの構成員なんだけど」 思わず笑ってしまった。それくらい暴漢の類に襲われるということは私にとっては現実感がない。 この世界に入ってからそれこそ何度も命の危機を覚えるようなことも経験したが、今こうして無事でいることが答えだ。 良からぬことを企む者たちのターゲットとして女が狙われるのは常だ。私はその女に当てはまるわけだけど、暴漢に好きなようにされるつもりはない。だからこそブチャラティの言葉は少しおかしかった。私のことを知らないわけでもないのに普通の女性が相手のようなセリフを口にするなんて、と。 「それでもだ」 言い切ったブチャラティは私が向かうホテルの名前を聞けばすぐにどういう経路で行くか浮かんだらしい。 先を歩く姿は暗闇の中でも白いスーツが浮かび上がって見える。 背はとっくに追い抜かされてしまったけど、こんなにも背中は広かっただろうか? 決してごついわけではないのに大きくがっしりとした背中はあの頃と比べると男であることを強く印象付け、逞しいとさえ感じさせる。 「彩?」 「うん」 半年以上ぶりに再会した少年はすっかり青年へと成長していた。 |