「どうしたの?」

 行き場がなさそうに道路脇に座り込む少年に声をかけた理由は、何もかわいそうに思ったからという同情心からだけじゃない。
憐れみがなかったかと言えば嘘になるのだけれど、圧倒的に好奇心や興味本位なんてものが行動原理になっていた。
 見覚えのある少年が私の存在を認めるのと同時に、私も彼がパッショーネの構成員であることに確信を持った。
 まだ入団して日も浅い少年は入団当初、12歳という年齢ですでに二人も殺しているということで私の所属しているチームでちょっとしたニュースになったのだ。
それだけではない。少年が人を殺したのは父親を庇ってのこと。また、ギャングに身を落とすことになったのも父親を守るため。
ギャングとしてやっていける度胸がありそうだが、同時に父親思いの優しさを持ち合わせているらしいことがちぐはぐに思えた。
どちらにしろ、私とは正反対の経緯でギャングになったらしいことで、頭には少年のことが強くこびりついていた。
 少し戸惑ったような表情を浮かべる少年はそれでも理知的な瞳をしている。

「その、」
「追い出されたの?」
「追い出されたというわけじゃ...」

 言い淀む少年はきっと追い出されたと言えば聞こえが悪いと思っているのだろう。
 少年の隣に一緒になって座り込む。背もたれ代わりにレンガの建物に体を預ければ、その冷たさに身震いしてしまう。
ここにどれくらいの時間いたのか知らないけれど、きっと少年の体は冷えていることだろう。

「数時間だけ、その...少し部屋を空けてほしいって...」
「女とよろしくするために?」

 私の予想は当たっていたらしい。俯きがちだった少年が顔を上げ、こちらを驚いたように見ている。

「私も経験あるから、なんとなくわかったんだよね」

 まだ自分の部屋も借りることができない下っ端なときには、組織の所有している部屋の一室に身を寄せ合ったりするものだ。
下っ端のくせにそこで幅を利かせている奴が部屋を私物化することなんてよくある話だ。
女を連れ込んでその間邪魔な他の奴らを追い出す。そこでまだ行き場があるならいいけど、 少年のように店もとっくに閉まったこんな時間では行く当てもない場合、こうして路地で座り込んでいるくらいしかできない。
同じ経験をしてきたからこそ少年の現状に察しが付く。

「うちに来る?」
「...え?」
「私もパッショーネだから大丈夫だよ」

 我ながら何が大丈夫なのかよくわからないけれど、私も同じ立場の者だと知れば警戒心も溶けると思っての言葉だった。
 レンガから背中を離して立ち上がり、少年を見下ろせば迷うように揺れる瞳と視線がぶつかった。その瞳を見て、決意した。

「寒いから行こ」

 上着のポケットに突っ込んでいた片手を出し、少年へと伸ばす。 まだ迷う素振りを見せる少年に、寒いと地団太を踏んで見せれば漸く決めたらしい。伸ばしていた手を冷えた手で掴まれる。
そのまま力を入れて引っ張れば想像よりも軽い体が立ち上がった。



「うあ〜寒い」

 部屋に戻ればこの寒さもマシだと思っていたが、そういうこともなかった。このぶんだと直に雪が降りだすに違いない。 急いで暖房をつけて部屋を暖める。

「シャワー浴びてきなよ。ちょっとは温まると思うよ」

 そう広い部屋でもないので、未だ玄関で立ったままの少年に声をかければまた躊躇いがちの視線が返って来る。
手招きをすればゆっくり部屋の中に入って来る。そのままシャワールームへと少年の背中を押して突っ込む。 ドアを閉めてから「棚の中のバスタオル使って」と声をかけてからキッチンへと足を向けた。
薬缶に水を入れて火にかけてから確認しに行けば、少年は大人しくシャワーを使っているようだったので、 寝室から寝間着として使えそうな服を見繕って脱衣所の棚の上に置いておいた。

「ここに着替えおいとくね」
「すいません」

 キッチンに置いてある小さな机と椅子の上にマグカップを用意して、リビングのソファに座ってテレビを見ていると少年が出てきた。

「ありがとうございました」
「体ちょっとは温まった?」
「はい」

 小さく笑みを浮かべる少年は、さっきよりも幾分警戒心が解けているような気がする。

「紅茶飲も」

 キッチンへ移動して紅茶のティーバックを棚から取り出してカップの中に一つずつ入れる。 あらかじめ温めておいた薬缶に触れてみると、まだ熱を持っていたのでそのままマグカップの中に注いだ。

「ミルクと砂糖はどれくらい」
「少しずつ...」
「オッケー」

 私が飲みたいと今思っている紅茶と同じリクエストだったので、ミルクと砂糖を少しずつカップに入れた。

「あっちで飲も」

 リビングにある暖房の熱は少し奥まったキッチンまでは届きづらい。隣で所在無さげに立っている少年に声をかけ、カップを持って移動する。 ソファの前に置いてある小さなテーブルへとカップを乗せ、少年に座るように促す。 躊躇いがちに隣へと腰を下ろしてからカップを少年へと渡した。

「ありがとう...」
「ん。このクッキーも食べて。そこの店のものなんだけどおいしいから」

 無造作に袋に入れてあるクッキーは、湿気対策にシリカゲルと一緒にまとめておいたものだ。不格好だけど誰かに渡すものでもないし、と入れていたものをお皿の上にザーッと流した。

「おいしいんだけど個包装で売ってないから、かっこ悪いんだけどこうやって保存してるんだよね」

 どうでもいい情報を口にしたのは、初対面の少年に少しばかり緊張しているからかもしれない。 いくら年下の、まだまだ少年と言っても差し支えない子でも、話したこともないので少し気まずい。 完全に勢いだけで部屋に連れてきたのだから。
だが、私が緊張しているのを少年に悟られれば、少年はますます肩身の狭い思いをするだろう。 そう思うとどうでもいいようなことをぺらぺら喋ることしかできなかった。
 テレビで流れているたいして面白くもない番組に茶々を入れたり、どこのクッキーがおいしいのか少年と情報交換をしてればそれなりの時間が経過していた。
 まだ少年の髪が濡れていたので、ドライヤーで乾かしてあげた頃には少年のカップはすっかり空になっていた。 カップを流しに置き、少年に視線をやれば眠そうに欠伸をかみ殺している。子供はとっくに寝ていないといけないような時間だ。

「ねぇ、私はシャワー浴びてくるけど、先に寝といてくれていいよ」

 手招きすれば困惑したような表情をしながらも素直にやって来る。リビングを出てから右手にあるドアを開いて寝室へと連れてくるとベッドに横になるように促した。

「俺は向こうのソファで...」
「いいからいいから」

 少年と過ごした時間は少ないものの、きっと遠慮するだろうことは予想できていたので、ここは強引に話を進める。
ベッドはぐっすり眠れるように熱意を込めて作り上げた。厳選した布団とシーツは温かくふかふかで寝心地もいいもので気に入っている。
まだ遠慮しているが強引にベッドに押し込んだ。困惑したようにこちらを覗う視線には気づないふりをして暖房をつけ、電気を消してから部屋を出た。

 シャワーを浴び、寝る準備を全て終えてから寝室へと戻れば、静かに布団が上下しているのが確認できた。
シャワーで温まったはずの体はやるべきことを片付けているうちにすっかり冷えてしまっている。 すぐにでも布団の中に潜りたいが、少年を起こさないように静かに行動しなくてはいけない。 遠慮するように端のほうに寝ているのを好都合だと、そろっと布団を持ち上げて体を滑り込ませる。
 少しゆとりがあると思っていたベッドは、さすがに二人で眠るには小さいかもしれない。 それでも背中を布団につけて眠れるくらいのスペースはある。じんわりと温かい布団は心地よい。 いつもであれば足先の冷えなどはなかなか温まることがなく、布団の中で温まるのを待つ時間が必要なのだが、少年が温めてくれていたのでその必要もなさそうだ。 子供体温だからなのか、布団の中は十分に温かい。

「ん、」

 体の力を抜いて布団に身を委ねたところで、小さく少年が声を上げた。首を動かして様子を覗えば、大きく見開いた目と視線がぶつかった。

「ごめん、起こしちゃった」
「え、いや、あの」

 少年は明らかに戸惑っているが、私はもう寝る体制に入っていることもあって相手をするのも面倒だ。

「やっぱりあっちのソファで」
「なんで? ここでいいじゃん」

 少年を映していた目を瞼で覆ってしまえば、このまますぐにでも眠れそうな気がした。 本来であればとっくに眠りについていたはずなのだ。心地よい暖かさで布団が眠りへと誘おとしているのに、抗う気にもならない。

「もう寝よ。おやすみ」

 もう声に力が入らなくなっている。

「...おやすみ」

 躊躇いがちな返事を耳にしてから私の意識は沈んだ。






(20200816)