ブチャラティとはそれからの付き合いだ。
 行くところがないのであればうちに来ればいい、と鍵を渡すまでに時間はかからなかった。
 ブチャラティはギャングに身を落とした子供に珍しく擦れておらずいい子で、まだ幼い外見と裏腹にとても賢く大人びていた。 あんな不幸なことが起きてギャングへと身を落とすことがなければ、全うな人生を歩んでいただろうことが予想できる。 だからこそ現状を気の毒に思ってしまう。
 ブチャラティとは正反対な経緯でギャングになった私がおこがましいとは思いながらも、彼の現状を気の毒に思うくらいに私は彼のことが気に入っていた。 図々しく部屋に居座ることもなく、訪ねてくるときには私が好きだと言った店のクッキーを持参してくる。 そんなところがいじらしくてかわいらしい。
それ以外のものをお土産に選ぶということは考えられないらしく、私がおいしいと言ったそのクッキーをひたすら持ってくるのだ。 微笑ましいに決まってる。
 何度かうちにこのまま住めばいい、と誘ったが彼が頷くことはなかった。 きっちりと線を引かれているのを感じ、それは少し寂しかった。

「お前最近ガキを家に連れ込んでるらしいじゃねぇか」
「気持ち悪い言い方しないでよ」

 心底気持ちが悪いと思って返事をすれば、男が鼻で笑った。
 嫌な感じに思わず眉を寄せる。

「組織のガキだろ」
「……」

 答える義理もないので黙っておく。
これで別にブチャラティに害を与えようとするほど男も暇ではないだろう。何より、そんなことをする意味だってないのだ。 この会話は暇な待機時間をやり過ごすためのただの暇つぶしでしかないのだから。

「同情してんのか」
「そんなんじゃない」

 咄嗟に否定したものの、自分でも同情であることはわかっていた。
あれから接しているうちに、私はすっかりブチャラティに同情を抱いていた。もちろんそれだけじゃない。 可愛いとか、守ってあげたいだとか。そういういろいろな感情が混ざり合っている。 だが、知れば知るほどに私はブチャラティの現状が気の毒に思えてしまった。
 本当ならギャングに身を落とす必要がなかった子。ブチャラティは可哀そうで可愛い子なのだ。 他にもそんな経緯でギャングへと身を落とした子も……それ以上に悲惨なことがあって身を落としてしまった子だっているだろう。 だけど私が関わって知っているのはブチャラティだ。他なんて知らない。

「何がお前のお眼鏡にかなったのかねぇ。」

 にやにや笑っている男は暇つぶしに私を怒らせたいらしい。答えるのもバカバカしいと無視を決め込む。

「お前好みの顔か?」

 一人で答え合わせを始めた男に返事はせず、ただ雑誌のページを捲る。
別に興味のある内容でもなかったが、男と会話をするよりは断然有益な時間を過ごせるだろう。
誰かの置き土産としてソファの上に無造作に放られていたそれは、珍しく女の人がほとんど裸で映っているような写真はない。 ぺらぺらと捲れば、文字が羅列しているような雑誌だった。さらっと読んでみれば、今の政治を批判する内容であることがわかる。 誰が買ったのか気になるところだ。
下っ端ギャングの身としては特段政治に興味はないが、一番マシな雑誌がこれしかなかった。
 こんなにも待ち時間が長いのなら自分で本でも持ってくればよかったと今日何度目かになる後悔の念が生まれた。

「それともまさか体なんて品のねぇこと言うんじゃあないだろうな?」
「ハッ、まさか。品のないお前じゃあるまいし」

 睨みつけながらの反論に、男はますます口端を吊り上げた。反応してしまったことが間違いだったと内心舌打ちする。

「オイオイ、なんだって俺が品がないってことになるんだ? 今だってこうやって行儀よく座ってリーダーが来るのを待ってるだろ」
「今はね。あんたが仕事と趣味を混同してる下品な最低野郎だってのは周知の事実」

 ねちねちした男の言葉はこちらを的確にイライラさせる。
男の考えに乗って怒るのも癪だ。だが、どうしても我慢ならなかった。 そういう下品な視点でブチャラティと私の関係を揶揄されるのには。

「ガキを家に連れ込んでるお前と何が違うんだよ」

 こちらの反応を得られたことで余計に調子に乗った男の口は閉じられず、ぺらぺらと不快な言葉ばかりを紡ぐ。
―――いっそ無理やり黙らせてやろうか。
 咄嗟に頭に浮かんだ言葉に、自分でいい考えだと目から鱗が出る思いだ。今ここでスタンドを使えば手っ取り早くこいつを黙らせられる。 スタンドを使ったとしても、どうせこいつは何も覚えてないんだから。
 相変わらず不快な笑みを浮かべる男を見ながら、いつもの要領でスタンドを発動させようとしたとき、キィと錆付いた音を立てて扉が開かれた。 顔を上げれば、ようやく諜報部のリーダーである上司がやってきた。



 私が何をしようとしていたのか瞬時に悟ったらしい。名前を呼ばれ、咎められた。
それに反抗するほど馬鹿ではないので、渋々ではあるが大人しくしているという意味を込めて背中をソファに凭れかけさせた。



 あの時の私たちはきっと、姉弟にしか見えなかっただろう。だけど今はどうだろう。
ピザ屋の店主は私が妹で、ブチャラティが兄に見えたと言っていた。
立場が入れ替わって見えたのだとしても、私たちはまだ姉弟のように見えるということだろうか。






(20210131)