聞くつもりは無かった。 むしろ、出来ることなら聞きたくなんてなかった。 「」 振り返る前に私を呼んだのが誰であるかはわかっていた。 その理由の一つとして、男の子で私の名前を呼ぶのは一人しかいないから。そして、これだけ長い期間を一緒に過ごして来たのだから、 その声は脳に刷り込まれていた。 「ちょっといいっスか」 最初から私には選択肢など与えられていない問いかけだった。 友人と帰ろうとしていたところを呼び止められたので、私は友人に先に断りを入れた。そうすると調子よく涼太くんが「ごめんね」と謝る。 少し眉を下げて申し訳なさそうにすれば、それで大体のことが許されることを彼は知っている。 特権とも言っていいものを彼は惜しげもなく使う。 友人は嫌な顔一つせずに、それどころか笑みを浮かべてじゃあ先に帰ってるね。と言って教室を出て行った。 「...部活は?」 おかしい、いつもはこの時間は部活に出ているはずだ。そう怪訝に思って尋ねれば、あっけらかんと今日は体育館が使われてるんで休みと、簡潔に返って来た。 それに納得しながらも、だからといって私のところにやってくる意味についてはわからないままだ。 鞄を肩にかけたまま何の用だと視線で問えば、帰りながら話をすると言う。 涼太くんと一緒に帰るのはあまり気が進まないんだけど...。そう言うことも出来ない。 何を言えば相手が気を悪くするのか、傷つけてしまうことになるのかということくらいはわかっている。 だから私は涼太くんへと伝えたい言葉をいくつも飲み込んできた。今回に限らず。 もちろん涼太くんに限ったことではないけど、幼馴染という肩書きを持ちつつも、私は涼太くんにいろいろと遠慮していると自分でも思っていた。 だけど気遣いをしていたのは私ばかりのようだったと確信することになった。 涼太くんは最初、何気ない話をするばかりだった。 私もこれが目的ではないことをわかりながらも、そこをつつくことをしなかった。 そうして突然会話が途切れ、少しの沈黙の後に本来予定していたであろう話をするべく、涼太くんが口を開いた。 「ちょっと小耳に挟んだんスけど、」 口火はそうして切られた。 話を要約するとこうだ。 最近私には仲良くなった子が居た。あちらから声をかけてきてくれていろいろと話をするようになったのだ。 外見が少し派手な子で、所謂スクールカーストの上位に居る子だった。私自身が大人しいと普通の間のグループに所属しているので、最初は少し警戒していた。 そのまま何の疑いも持たないで友達になるべきとは頭ではわかっていたものの、自分が所属しているグループとはあからさまに違ったので怖かったのだ。 人を外見で判断するのはどうかと思い、自分自身外見で判断してほしくないとは思いながらも、私はその子のことを外見で判断していた。 だけど私のこの最初の警戒心はあながち間違っていたわけではないと、この間わかった。 私が警戒して態度がよそよそしいのにも関わらず、その子は私と友達になりたいといっていろいろな話題を振ってくれたりしにきた。 徐々に私の警戒心も薄れ、新しい友達が出来たことを喜んでいた。 それも少し自慢することが出来る友達だ。おしゃれで同じ制服を着ているはずなのに他とは一線を画しているように見える。 校則で禁止されているはずの化粧を上手に使いこなし、爪はかわいく装飾している。 今までの友達の中には居なかったタイプ。 だけど彼女の目的は純粋に私と友人になりたいというものではなかった。 休憩時間トイレに入っていると、何人かの足音が揃ってトイレの中に入ってきたのを聞いた。 私は個室にいたので、そのまま用を済ませて足でレバーを踏もうとしたときだ、話し声の中に彼女のものを見つけたのは。 何となく個室から出づらいと思い、そのままレバーに足をかけた状態で居ると、おしゃべりの内容が否が応にも耳に入り込んできた。 簡単に言えば、彼女が私に近づいたのは涼太くんに近づきたかったからということだった。 「そういえば黄瀬くんの幼馴染の子とは友達になれたの?」 何気ない調子で彼女の友人が話を振り、そこから私は真相を知ることになった。 簡単にまとめれば、涼太くんに近づきたいのに相手にしてもらえないから私を利用しようと考え付いたということだった。 ドラマや小説、少女漫画でよくある展開だ。なんて私はトイレのレバーに足を乗せたまま考えていた。 話の内容からも、彼女が私に興味を持っていないということはわかった。あくまでも涼太くんに近づくための手段として考えているだけのようだった。 最初は体の中の血液が凍ってしまったような感覚を味わったものの、徐々にそれが熱く煮えたぎるようになっていくのを感じた。 だけどそれを私は今日まで隠し続けてきたのだ。 波風を立てないように彼女とも付き合いを続けている。だけど少しばかりのよそよそしさはどうしても隠すことができない。 だからだろう、彼女も未だに私に涼太くんを紹介して欲しいとは口にしない。もう少し親しくなってから、と思っているのかもしれないが、そんな日は一生来ない。 涼太君は耳にした噂として、彼女の行動について話していた。どこから聞いてきたのか知らないけど、その噂はほとんど現実に起きたことと言っても過言ではなかった。 つまり、早い話、彼女が涼太くんに近づきたいがために私に近づいてきたということだ。 それを本人に知られてしまうなんて...彼女はもう少しおしゃべりを自重した方がいいのかもしれない。 涼太くんは私が知っている話を一から十まで話した。今更の話しだったので、私も落ちついたものだった。 あの時のように、血液が凍るような感覚を味わうことも無かった。ただ、一応怒っているらしい涼太くんを見て、少しだけ胸がすく思いだった。 彼女の計画を潰れた上に、振り向かせたい涼太くんには間違いなく”性悪女”というレッテルを貼られて一生振り向いてもらうことは出来ないだろうことを知った。 涼太くんには少し冷たいところがある。一度嫌った相手のことはとことん嫌うという性質だ。嫌うといっても、虐めるとかそういうんじゃない。 それ以上に性質が悪いかもしれない。相手の存在自体を無視したりする。 だけど私を利用しようとしていた相手にそれをするのであれば、こちらとしても止める気など無い。もしかしたらそう考えている私が一番悪いかもしれない。 だけど少し気分が良いのは確かだった。だが、気分がよかったのはそこまでだ。 一通り彼女について怒りの心情を露にしていたのに、急にぴたりと口を閉じた涼太くんに違和感を覚え、私は隣を歩く高い位置にある顔を見上げた。 それでも少しの間何も言わなかったのは、涼太くんなりに躊躇していたのかもしれない。 「友達は選んだ方がいい」 たっぷり間があけられた後に投げかけられた言葉は、私の胸の深いところを抉っていった。 目を見開いた私に何を思ったのか、涼太くんは足を止め、私を見下ろしながら続けた。眉根を寄せたその表情は怒っているようだった。 「...ちょっと変、とか思わなかったんスか」 今度は私が怒りをぶつけられる番なのか。そう理解していても、何かを口にすることが出来なかった。 的を得ている言葉だったからかもしれない。だけど、それを涼太くんに言われるという理不尽について納得していなかったからかもしれない。 私はこういうときにすぐに言葉を理解して、それに対して何かを言うということがひどく苦手だった。 直情的に言葉を出すというのが怖かったし、そもそも頭の回転が速くないのだ。 それに比べて涼太くんは脳から直接口が繋がっているようにとても口が回る。怒りの矛先が今度は私に向けられたことで、 涼太くんはどれだけ私の考えが足りなかったのかを逐一教えてくれている。 タイプが違うのに、何でわからなかったんスか。 そういう警戒はするべき。 私だって事実を知ってから何度も反省したことを懇切丁寧になぞってくれる。 それが私の胸を抉っているということを涼太くんは知らない。 「じゃ、何かあったらオレに言うんスよ」 言うだけ言って満足した様子の涼太くんと別れてから、私は涼太くんの家から2軒先にある自分の家に入った。そうして自分の部屋に駆け込んで、涼太くんの言葉をリピートした。 リピートなんてしたくないのに勝手に脳内に流れ込んでくるのだ。ストップボタンをどうすれば押すことが出来るのかもわからないまま、 気づけばいろいろな感情が溢れてきて、私は涙を流していた。 惨めで悲しくて、腹立たしくもあって...私は自分の感情をコントロールすることができずにしゃくりあげた。 「何で、涼太くんに言われなきゃいけないの」 さっきは出てこなかった言葉が時間差で溢れてきた。 「そもそも誰の所為で...」 「私だって変だと思ったもん、最初」 布団に顔を押し付けたまま呟いた。 すでに布団は私の涙が染み込んでしまい、ぐっしょりと濡れている。不快感を感じるのに、顔は上げることができなかった。 ぐるぐるお腹の中には言葉と感情が渦巻いている。 「友達は選んだ方がいい」なんて涼太くんが言うのは間違っている。だってそもそもの原因は涼太くんなのだから。 涼太くんはそんなの知らないと思うかもしれないけど、私は涼太くんの幼馴染ということで今まで何度も割を食ったことがある。 それを知らないくせに、こういう時にはしゃしゃり出てきて...! 彼女が私と友達になりたいと近づいてきたことも変だと思わなかったのか、と涼太くんは言った。それはつまり、私にはああいうタイプの友達が出来るわけがないと思っているということになる。 確かに私はおしゃれでもないし、スカートだって規定の長さよりも少しだけ短くしているだけなので、ださいかもしれない。 化粧だってしてないけど手入れはしているし、髪型は自分では気をつけているつもりだ。 だからって、おしゃれな友達が出来るわけがないと思っていないとダメなんだろうか。 涼太くんのその言葉は、そもそも私を見下しているように感じた。 私みたいなのにああいう友達が出来るわけがないと、決め付けているのだと感じた。少し尖った見方をしすぎじゃないだろうか、 なんて事なかれ主義な自分が語りかけてくるようだったけど、感情を上手くコントロールすることができない自分がそんなわけない! と声を荒げた。 |