涼太くんとはあの日から学校で会っても話をすることが無かった。もともとそこまでべったりした関係の幼馴染というわけでもない。 時折、涼太くんが気まぐれのように話しかけてくることがあったが、私から話しかけるということはあまりなかった。
目立ちすぎるのが嫌だったからだ。幼馴染と言うことを周囲は知っているものの、好奇の視線に晒されるのは好きじゃない。 だから周りから見れば、私達の関係が大きく変わったことはわからなかっただろう。
だけど時々、廊下などで涼太くんとすれ違ったときには視線を感じていた。
私はそれに気づかないふりをして、友人と談笑しながら涼太くんから離れた。視線が背中に突き刺さるように感じた。 だからと言って何かを言ってくるわけではない。



「挨拶はしてくれるんスか」

 朝、家を出て歩いていたところで涼太くんとばったり会った。ちょうど向こうもこれから学校に行こうとしていたところで、 ドアが開いた音に反射的に顔を上げてしまうと目が合ってしまったのだ。
 だから挨拶をしたというのに、涼太くんの方からは挨拶が返ってこなかった。変わりに返って来たのがどこか非難めいた言葉だった。

「うん。挨拶くらいするよ」

 友達でなくなっても”幼馴染”という事実と過去がなくなるわけではない。だから突然他人になるつもりも無かった。 それに、目が合っているのに無視をするなんて感じの悪いことをするつもりはない。涼太くんにしてみればすでに十分感じが悪いと思うけど。 私の返答に、涼太くんはあからさまに顔を歪ませた。
 このままここに居ても楽しい時間を過ごせるわけじゃないことは容易に想像することが出来たので、私は「じゃあ」と短く別れを済ませて その場から離れようとした。だけどそれは後ろから腕をひっぱられたことで叶わなかった。
驚いて振り返ってみると、涼太くんが私の腕を握っていた。

「...なに?」

 俯いている涼太くんの表情は見えない。
 何か気に障ったのだろうか。心当たりはあるものの、ここ数日普通だったので涼太くんは私のことを切り捨てようとしているのだと思っていた。 少し切ないけれど、しょうがないことだと思った。物心ついたころから今まで一緒に居ることが多かったけれど、涼太くんが誰かに執着しているところを見たことが無い。
モテる涼太くんは今までに何人もの女の子と付き合ってきた。だけど自分から追いかけているところと言うのを見たことが無かった。
もちろん、涼太くんが一々私に今付き合っている女の子について報告をしてくるわけではない。
だけど、目立つ男子である涼太くんの行動は、一々ニュースになるのだ。なので、付き合ってはすぐに別れて、を繰り返していることを知っている。 女の子の方が涼太くんの気持ちを試そうとして別れ話を切り出してそれを涼太くんがあっさりと了承した、という話しだってどこからか流れてきた。 家に女の子がやってきているのも何度か目にした。今まで家の中に招かれていたのに玄関で追い返されて泣いている女の子姿も見たことがある。 そういう場面しか見たことがなかったから、主導権は常に涼太くんが持っているものだと思っていた。
だから、きっとこのイレギュラーな出来事によって私は切り捨てられる存在だと予想していたのだ。
腕は思いのほか強く掴まれていて少し痛みを感じた。だけどそれを口にすることが出来ないような雰囲気に感じて、私はただ涼太くんが口を開くのを待っていた。

「意味わかんないんだけど」

 顔を上げた涼太くんの強い視線に、自分でも萎縮してしまうのを感じた。情けないことにびくっと肩が跳ねる。
途端、あんなにも強気だった自分の行動が間違っていたかのように感じる。

「あれ、涼太まだいたの。ちゃんおはよー」
「...あ、おはよう」

 ガチャ、とドアの開く音がしたと思うと、そこから涼太くんのお姉ちゃんが現れた。
それに形だけの笑みを浮かべながら答えた。腕はいつの間にか解放されている。
 そこから私と涼太くんは無言で学校まで向かった。歩幅の大きな涼太くんは私よりも前を歩いているものの、距離は一定なままだった。 前を颯爽と歩く涼太くんは後姿だけでもかっこいいことがわかる。背格好がすでに垢抜けているし、何よりもその背中は自信に満ちていることが伝わってくる。 こうしてみると本当にいつも通りの...小さいころから追いかけてきた――私には無いものをたくさん持っている――後姿だ。
だけどいつも通りではないことは自分が一番わかっていた。何せその”いつも通り”を壊したのは私だからだ。
じんじんする腕は、さっきまで掴まれていた涼太くんの手の感触を覚えているかのようだった。






(20160412)