「喧嘩をしているのか」 「...え?」 出会い頭、唐突にそんなことを言ってきた緑間くんに、私はきょとんとするしか出来なかった。 主語が抜けているので誰と喧嘩をしているのかということについての情報は皆無だ。 私にスムーズに話が通じなかったことに少しばかり不満を持ったような目で、緑間くんが言葉を付け足す。 「黄瀬なのだよ」 「あー...」 涼太くんから何か聞いたということだろうか。 考えてみれば緑間くんとの共通の知り合いは涼太くんしかいない。それでも咄嗟に頭に浮かばなかったのは、私の日常から涼太くんが抜けたからかもしれない。 あの日――偶然家の前で涼太くんと会ってから、顔を合わせることはなかった。今の涼太くんの生活拠点は神奈川なのだから当然とも言える。 つまり、あの気まずいままで途切れている状態だ。 そしてそのことに私はどこかホッとしていた。あの日見た涼太くんの顔を思い出さないようにできる...。 私の返答に思い当たりがあると判断したらしい緑間くんは、呆れた様子でため息を吐いた。 「さっさと仲直りでもするのだよ」 「えっ」 緑間くんはイメージ的に、こういう個人的ないざこざには口を出すタイプではないと思っていたので声が出た。 そうすると緑間くんは眉間の皺を深く刻みながらメガネをくいっと上げる。綺麗な顔をしているのでそういう表情をすると迫力がある。 だから私が何か悪いことをしたような気になって少しだけ怯んだ。 「黄瀬から何度も連絡が来るのだよ」 またしても意外すぎる言葉に私は声を出すことも忘れてただ目を丸くして口を開けるしか出来なかった。 そんな私の様子に何を思ったのか、うんざりしているのは残したまま少しだけ表情を柔らかくした緑間くんがこちらを見る。 私の反応を待っているのだとわかり、もたつきながらようやく声を発した。 「い、一体何て?」 「何故そういう格好をしているのか、とかだな」 何故、とは? 私はあの日会ったときに説明をしたはずだ。それを今更緑間くんに改めて尋ねる意味がわからない。 だって、本人である私が説明をしたのだから。 迷惑そうに緑間くんは「そんなことを俺に聞かれても知るわけが無いのだよ」と冷静に呟いている。 確かに。緑間くんが私が急に垢抜けた理由を知っているはずが無い。こうして話をすること自体稀なことだし、そこまで深く私のことを話すほどの仲ではない。 会って気が向けば少し話をするという、希薄と言ってもいい関係だ。 「他は学校での様子だな」 「え、」 今度も思いもつかない返答だった。涼太くんが私の学校での様子を知って何だっていうんだ。そもそも私の学校での様子を知りたい理由が皆目検討つかない。 ...全く意味がわからない。ますます混乱していると、緑間くんが何かを思い出したように「あぁ、」と小さく声を上げたので再度視線を向けると、言葉が続けられた。 「交際している異性は居るのかとも聞かれた」 淡々と話す緑間くんとは逆に私は混乱で口をぽかんと開けっ放しだった。 本当に何でそんなことを聞くのだろう。何よりも私に彼氏なんているわけがないということを涼太くんなら知っているはずだ。 わけのわからない質問に私はただただ目を丸くするしか出来なかった。 私の反応が思っていたものと違ったのか、緑間くんは眉を少し寄せて怪訝な表情をした。 「...わけわかんないこと聞くね、居る訳無いのに」 驚いてるばかりじゃなくて何か言葉を返さないといけないと思い、搾り出した返答は本当に馬鹿みたいなことを言う、 と思いながら紡いだこともあってそういう響きがあった。居るわけが無いということは涼太くんは知っているはずだ。 それをわざわざ緑間くんに尋ねるなんて何を考えているんだろう。 涼太くんのことは小さい頃から一緒に居たこともあって、大概のことはわかっていると思っていたけどそうでもないらしい。 私の知っている涼太くんは私にそこまでの関心を持っていないはずだ。 「そうは言い切れないと思ったのだろう」 こんなにもわかりきった答えが何故わからないのかと言いたげに不思議そうな緑間くんの返答に、けれど私はやっぱり納得できなかったので、それはわかりきった答えなどではないのだと思う。 |