緑間くんに涼太くんと仲直りをするように勧められたものの、だからといって私から行動を起こすつもりはない。 それにそう簡単な問題ではないと思っている。...少なくとも私にとっては。
 一応涼太くんの連絡先は携帯に登録されてはいるのものの、それを使って涼太くんの疑問に答えようとは思わない。
緑間くんには悪いけれどもう少し涼太くんに付き合ってもらうことになるかもしれない。
...まぁそれも長くは続かないと思う。涼太くんが何かに...誰かに執着しているところは今まで見たことが無い。 きっと今は私が前と違う姿になったのを見て興味が出たのかもしれないが、一時的なものですぐにその興味は消えるだろう。
涼太くんにとって私は幼馴染で、小さい頃から長い間一緒に居たものの、だからといって執着する特別ということにならないと思う。 きっと距離が近いところに居たから今まで縁が消えることは無かっただけで、それでなかったら多分すぐに私たちはただの”元友達”という希薄な関係になっていたことと思う。



 今日は中学の時に仲が良かった友達と遊ぶということで、私ははりきって服やメイク、髪のセットもした。
中学の頃とは随分と印象が変わった私を友人たちはどう思うだろう? 少しの不安を覚えながらも緊張と興奮でどきどきする胸のまま待ち合わせ場所へと急いだ。
一人特別に仲が良い友人は私が所謂高校デビューを果たしたことを伝えていたのでそこまで驚いていたわけではなかったけれど、 他のメンバーはとても驚いていた。
そうして次々に賛辞する言葉をかけられれば恥ずかしくはあったものの、嬉しさが勝った。以前の私とは随分と違うけれど、以前の私を知った上で受け入れてもらうことが出来たのだ。

「何で急にそうなろうと思ったの?」

 当然の流れともいえる。全員の目が興味深々というように向けられる。
お昼を食べるために入った店で、注文したものが運ばれてくるまでの間ももちろんおしゃべりが止まることはない。 携帯で連絡は取り合っていたものの、実際に会うとなると話しが尽きない。それぞれの新生活についてが主な話題となりながらも、その中でも一番外見に変化があった私へと興味は向けられる。

「...高校デビューしたくて...?」

 予め考えていた言葉を曖昧に冗談めかして答えれば、友人たちは面白そうに声を上げた。
本当のことは言えない。友達を選ぶためになんて言葉...絶対に口にすることは出来ない。 選ばれない方からすると、どれだけ傷つくひどい言葉かということを私は身をもって知っている。
 それでも私はどこかでこの行動を肯定して欲しいと思っていたのだろう。自分が間違っているわけではないということを...。 結局一番仲の良い友人には帰り道に話した。
涼太くんの言葉がきっかけで結果的には高校デビューというのを果たしたということを。
友人は同調して怒ってくれた。彼女は少し涼太くんのファンだったけど(というより、ほとんどの女の子は涼太くんに好意を持っていたと思う。そして現在も好意を持っている女の子ばかりだろう。) それでも私の方についてくれたのだ。そのことが嬉しくもあり、申し訳もなく感じる。

「涼太くんの、その...ファンなのにごめんね」
「え、何が?」

 きょとんとした表情の彼女は本当に意味がわからない様子だった。

「...え...涼太くんの悪口? いや、なんだろう...涼太くんの本当のことを言っちゃって...?」

 何て言えばいいのかわからずに言葉に迷っていると、ブッと友人が噴き出した。

「何それ」
「だって涼太くんが想像と違っただろうから...」
「違うよ、そうじゃなくて。何で彩が謝るの、って」
「え...」

 思っても居なかった言葉に私の方が驚いた。そうして改めて考えてみれば、何で涼太くんが想像と違ったからと言って私が謝っているのだろうと友人と同じように疑問が浮かんだ。 涼太くんの本質が少し冷たいということは、きっとファンの子達は知らないと思う。涼太くんは社交的だし、ファンの子達を別に邪険にするようなこともなかったから。
理想と現実のギャップと言うのは誰にでもあるものだけれど、涼太くんのそれを別に私が守る必要はないのだと言われて驚いた。
それは思ってもいない言葉だった。

「なんか彩、マネージャーみたい」
「...確かに」

 私は今までそれらの涼太くんのギャップと言うのを幾度と見てきた。
例えば、一番それを顕著に感じたのはバレンタインだ。
たくさんの贈り物と気持ちを笑顔で受け取っておきながら、涼太くんのそれらの扱いはぞんざいだ。
食べきれないと言ってラッピングを解くことも無い。ひどいときにはまとめて入れてある袋を持ってきたままで放置することだって珍しくない。 興味が無いのだろう。
黄瀬家のリビングに放置されてあるそれを開けるのは、大体おばさんかお姉さん達だ。
毎年あれだけたくさんもらっているから涼太くんの中では当然のことになっているのかもしれない。だから価値を見出せない。
...そういえば、今年は初めて涼太くんに何も送らなかった。
 友人とは別れ、のんびりと歩きながら家路を辿りつつ考えるのは先ほど浮かんだバレンタインについてだった。 今年のバレンタインはもうすでに涼太くんとはあのことがあったのでほとんど話をすることも無かった。 毎年の恒例行事は当然なかったことになった。
 バレンタインというものがどういうものなのか理解する前から私は涼太くんに何かを送っていた。
といっても、実際は母が用意していたものを渡していただけど...。そしてお返しとしてホワイトデーには涼太くんのお母さんが 用意してくれたものを涼太くんから受け取るというのが恒例になっていた。
物心がついたときにはそれが恒例となっていたので、私は成長してからも毎年当然のように涼太くんに何かを用意していた。 お菓子を作るようになってからはクッキーやガトーショコラ、マシュマロなどいろいろなものにチャレンジして渡していた。 何となくバレンタイン特有の浮かれた空気を私も楽しんでいたのだ。
だけど何よりもこの行事が続いていた理由は、涼太くんがいつも嬉しそうにしてくれたからだ。それにお返しもきちんと用意してくれていた。 リビングにまとめて放っておかれているものと一緒ではないことが嬉しかった。
ぼんやりと頭にもう長い間見ていない涼太くんが笑う顔を浮かんだ。






(2016012026)