「...なに?」

 不本意ながら涼太くんと家路を共にすることになってしまい、足を動かしながら口火を切った。
先ほどまで感じていた戸惑いは今は成りを潜め、変わりにこちらの意思を無視して強引な行動を取ったわりにはずっと無言な涼太くんに怒りが沸いてきていたので、声は不機嫌に響いた。 今の一言で涼太くんも私が怒っているのがわかっただろう。
 歩く速度をあわせてもらうというのも癪で、歩幅はいつもよりも大きい。

「なにが」

 横目で視線を送って先を促すものの、涼太くんも同様に横目でちらりと視線を送ってくるだけだった。
その声の響きから、先ほどと同じように機嫌が悪いことが伺える。―――いったい何なんだっていうんだ。
機嫌が悪いのなら無視をして行けばいいのにわざわざ声をかけた上でこうやって一緒に帰るように仕向けたのだ。 こういう行動を起こした理由を知りたいと思うのは当然の権利だと思う。だけど話すべき本人は話すつもりはないらしい。 相変わらず唇は一文字に結ばれ、表情の消えた顔はいつもよりも迫力がある。
萎縮しそうになるのを耐えながら、私は足の速度を緩めた。いい加減早歩きも疲れていたし、機嫌の悪い涼太くんの相手をするのも御免だ。 足の速度を緩めれば、涼太くんの背中はすぐに遠ざかる。
このまま気づかずに行ってしまうのならそれはそれで良い。私は自分の速度で帰るまでだ。 完全に足を止めて涼太くんの背中を見つめていれば、私が居ないことに気づいた様子で振り返った。
私と涼太くんの間には4、5メートルほど距離ができている。

「先に帰ってて」
「はぁ?」

 苛立たしげな声と共に、眉間に皺が寄せられるのが見えた。
だけど理不尽な怒りを向けられて息が詰まる思いをしてまで一緒には居たくない。 あの日以来、涼太くんと一緒に居ると嘘でも居心地がいいとは言えない空気が流れる。今までの私であったなら確実に折れていた。 だってその方が涼太くんの機嫌はよくなるし、嫌な空気にもならない。それに喧嘩を続けるというのはとてもエネルギーがいるのだ。 事なかれ主義の私が出てこないように押さえ込むのはとても疲れる。

「...何言ってんスか、さっさと歩いて」
「いい。寄るところもあるし」
「はぁ?!」

 今度は先ほどよりも随分大きな声だった。そこまで低い声と言うわけでもないはずなのに迫力がすごい。
だけどここで負けるわけにはいかない。ここで従ってしまえば、また私は以前の――涼太くんに逆らうことなんて出来ない自分に戻ってしまうような気がする。 ささやかな反抗だったと涼太くんに思われるわけにはいかない。

「じゃあバイバイ」

 苛立っている涼太くんを視界から消えるようにくるりとその場で踵を返した。
ここから少し歩いたところにコンビニがある。そこで少し時間を潰して、涼太くんが家に帰った頃に店を出ればいい。 そうすれば顔を合わせる可能性はなくなるだろう。
出来るだけ早くこの場から立ち去りたかったので、足の速度を速めてコンビニへと行こうとすると、背後から足音が聞こえてきた。 反射的に振り返れば、意外な顔を見つけて足の動きが止まった。

「...寄るとこってどこ」

 無愛想な声と態度は、”まだ俺は怒っている”のだと主張しているかのようだ。

「コンビニだけど...」
「ちょうど俺も行こうと思ってた」

 目的地を告げれば、まさかの言葉が返って来たので眉を寄せてしまう。

「いや、帰ろうとしてたでしょ」
「してない」

 今までも別に涼太くんのことをわかっていたとは言わないけれど、今はますますわからない。少し離れていた時期に何かあったのだろうか。 いや、そんなことを考えるのも無駄か。思えば涼太くんとは小学生まではよく遊んでいたものの、人をひきつける元来の性質のこともあっていつのまにか彼の周りには人がたくさん集うようになった。 そうすると自ずと私との付き合いは減っていった。狭い世界から広いところへと行ってしまったのだ。 そう考えれば私と涼太くんの関係は元々薄いものだったと考える方が正解なのかもしれない。
浅い付き合いを長く続けていただけなのだから今更彼が不可解な行動を取ろうと、それを不可解だと私が決め付けることはできないのだ。 本来はこういう行動を取るのかもしれない。つまり、付き合いの浅い幼馴染に上から目線で説教をして、その幼馴染に友人関係を否定されると突然その幼馴染について周囲の人に聞いてみたりつけ回してみたりとかそういうことだ。 私にはさっぱり意味がわからないけれど、彼と親しい人にならばこの妙な行動について”彼らしい”なんて評価をつけるのかもしれない。 だけど私にとって涼太くんは今や――知らない男の子...もっと言うのなら未知の存在という感じだ。
行動の意味が読めないことが多々あって戸惑って、それで......疲れる。
涼太くんとは物理的に離れたはずなのにそうはなっていないような気がする。

「...やっぱりいいや、もう帰る」

 涼太くんの気持ちを探ろうとして、だけどそれを頭でいろいろと予測しているだけなのでとても疲れた。 それに高尾くんと話したのも少し疲れた。友達と会ったのも楽しかったけど同時に疲れもした。 楽しいのに疲れるというのは対極にあるように感じるけどそういうこともない。
先ほど同様踵を返した。どっと疲れているのを自覚した今はすぐにでも寝転びたい気分だ。

「なら俺もいい」
「え」

 コンビニに用事があると言っておきながらまたしても私と同じ方向を行こうとする涼太くんの行動の意味がわからなくて戸惑うと同時に怪訝な表情で隣を見た。 涼太くんも自分でその行動がおかしいと思い当たっているらしく、さっきみたいに心底不機嫌な表情じゃなく、ちょっと不機嫌な顔をしていた。 正確に言うとバツの悪い顔を無理矢理作った不機嫌顔の下に隠しているように見えた。

「行って来ればいいのに...」

 それをどう取れればいいのかわからず、戸惑ったこともあって勝手に声が出てしまった。
私の呟きが聞こえたらしい涼太くんは何かを言い返そうとするかのように口を開いたが、結局何も口にすることなく黙った。 さっきよりも不機嫌顔を作るのが下手になっている。そしてその表情は気のせいかもしれないけれど恥ずかしさを押し殺しているようにも見えた。 ......もしかして私と一緒に居ようとしているのだろうか。そんな考えがどうしたって浮かんできて、そして同時に他の可能性が浮かばずにどういう反応をすればいいのか迷った。
だって涼太くんにとって私は取るに足らない存在であるはずなのだから。






(20170603)