「どうだ? 私は退治できそうか?」

 その声には明らかにからかいのようなものが含まれていた。声が聞こえた屋根の方へと首を捻れば、ぶらぶらと空中で揺れ る足が見えた。真っ白なすらりとした足が惜しげもなく放り出されていて思わず目を逸らす。とん、と軽く床板を踏む音が 聞こえたのでまた視線を戻せば青白い月を背負って“化け物”が立っていた。
まるで白い光に縁取られているように見えるその姿に言葉が出ないでいると顎をしゃくり促す。

「で?」
「...生憎と」

 いやいや応えると、満足そうに目の前の“化け物”は笑った。

「じゃあ、どうする?」


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 褒められたからと少し得意になっていたが、それからが問題なのだ。益々期待した目で城主は自分の事を見るのだから気合 いを入れその日の夜も城の中を歩き回ったが、探している姿は現れない。
昨日出会った場所へと赴くのだが、一向に現れずその日はそのまま朝陽を拝む事になった。
 そこで思う、昨日は運がよかったのだ。
赤い朝陽に脳裏に浮かぶのは、闇の中でもはっきりと分かる程に燃えるように赤い瞳だった。
 それから毎日夜は城の中を歩き回ったのだが、変わらず。そんな日を繰り返していい加減焦りを感じ始めた日の夜だった。

「こんばんは」

 背後から聞こえた声に慌てて首を捻れば初めてその姿を見た時と寸分変わらず、あの時と同じように探していた姿があった。 暗闇の中光る赤に目が釘付けになる。


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 声を掛けたのはただの気まぐれだ。声を掛けた所で相手は喉の奥で小さな悲鳴を上げ逃げるか、腰を抜かすか、どちらかであろうと 思ったのだ。だが、予想外に相手は少し驚いたように目を見開いただけで私の目を見返しはっきりと挨拶を返してきた。

「こんばんは」

 今までになかった反応に不覚にも私が驚いてしまった。私が馬鹿みたいに呆けていると相手は口を開いた。

「...何で姿を現さなかった?」
「...」
「...」
「...私に言ってるのか?」
「...他に誰に言うんだ」

 じとり、とした目で睨まれ少々たじろぐ、鋭い目が益々鋭くなった。
確かに私以外に話しかけるような相手はいない...だが、私に話しかけているのか。その事実に改めて驚きながらそろそろと 口を開く。

「それもそうだな...別に退治されるかもなどと怖くて出てこなかったわけじゃないぞ」
「...」
「それにしても、たった二日、いや...三日か? ぐらいのことじゃないか」
「...三日? 五日だ!」
「そうだったか? まぁ三日も五日も同じような物じゃないか」
「二日も違うじゃないか!」
「二日しか違わないじゃないか」

 私にとってはどちらでも変わりないと思うのだが、目の前で目を吊り上げている所を見るとだいぶ違いがあるらしい。 二日も五日もここから出れない私からすれば感覚が分からなくなるのだ、朝か夜かそれしか分からない。時間の間隔など必要 ない。朝だから起きなければ、夜だから寝なければ、そんなもの関係ないのだ。
 考え込んでいると突然殺気を感じた。軽く地面を蹴り、飛び上がり避けると今まで話していた男が手に刃物を持っていた。

「驚いた、」
「...」
「もしかして私を退治させるために雇ったとか言う忍びか」
「...知っていたのか」
「そりゃ、私が幽霊じゃないと見破ったらしいしな」

 まぁ、別にあっちが勝手に幽霊などと騒いでいただけれど...とんだ勘違いだ。
ばかばかしい考えだと笑うと、自分の事と勘違いしたのか目の前の男が眉を寄せ不機嫌なのを表していた。

「だが私を仕留めるには殺気を隠しきれてないよ」

 相手が驚いたのが空気で分かった。それに一つ笑いを溢してから手を上げる。

「じゃあ、また」
「おい...」

 何か言っていたが最後まで聞かずに背を向け走る。追いかけてくるかと思ったが背後の気配は遠ざかっていくばかりだった。 足は止めないまま、頭の中を巡るのは先ほど交わした随分と久しぶりな会話だった。








(20100417)