あまりに長い時間、文字を追っていたものだから目が疲れている。私は目頭を揉みつつため息を零した。
重要な資料などもあることから限られた物しか読むことを禁じられたが、それでも膨大な数ある文献を一つ一つ探して いくことは星を数えるよりは容易いかもしれないが骨の折れる作業だった。
目を通した資料は小さな山のようになっているが、まだ目を通していないものの方がはるかに多い。根気のいる 作業だとは最初から覚悟していた事だが、それでもあまりの資料の多さに眩暈がした。
 ちろちろと揺れる火を眺め、頬杖をつく。
仮眠をとったが、少量のそれでは足りなかったらしい。あくびをかみ殺すも、目の前が涙で滲んだ。 そして、瞼を抗いがたい力で下ろさせられる。
少し意識が飛んだ。
自分でもその自覚があった。はっとして目を開くと、目の前にが居た。
人の気配がしなかったと驚くも、すぐにの気配を探る事は難しいのだという事を思い出した。驚く私など意に介さない 様子では手に持っている本の頁をぺらりと捲った。まるでここに居るのが当然のような顔をして文机を挟んで正面に座るに 私はまだ目が覚めていないのじゃないかと訝った。

「何を調べているんだ?」

 静寂に落とされたの声に、これが夢ではないと知らされた。は相変わらずこちらに一度も視線を向ける事無く、本を退屈そうに眺めている。
月の光りの下で見るのと、火のもとで見るのとではの印象は変わっていた。あの生きているのか、死んでいるのか 分からない程に白い肌の色が分からない。恐ろしく整った顔をしているところは変わらないが。

「...この城についてだ」

 まさか本人に、について書いてある文献がないか探している。などと言えるわけも無い。適当にそれらしく聞こえるように言う。
外はすっかりと闇に包まれている。空には星がいくつか光っているのが、窓から見えた。
が視線をこちらに向けたのが分かった。私の言葉の真偽を測っているのだろうか。まっすぐに燃える様に赤い目 は本当に燃えているように炎を映している。ちろちろと揺れる、の目の中に灯った火を見ながら焦る。
まさか、鬼は嘘を見抜くことが出来るのか?

「...ふーん」

 ぱさ、紙が擦れる音がしたかと思うとが立ち上がった。白い装束が淡く火の色に染め上げられている。

「それならこっちだ」

 の言葉の意味が理解できずに眉根を寄せると、手を差し伸べられた。驚き、その手を差し伸べた本人を見上げる と、僅か苛立った様にこちらを見下ろしている。早く手を取れということらしい。躊躇しつつ、その手に手を重ねる と、ひんやりとまるで死人のように冷たかった。まるで温度が感じられない事に目を瞬くと、手を握られぐっと引っ張られた。 少し力を入れれば折れてしまいそうなほどに細い腕をしているのに、どこにこんな力があったのかとその真っ白な木の枝のような腕を見る。
 に導かれるままに歩いていくと部屋の隅に連れて行かれた。ここはまだ手をつけていないところだ。まぁ、手をつけて いないところの方が多いのだが。は私の手を離し、棚を漁りだした。
それから無造作に何冊もの本を取り出し、それを私の手の中に押し付ける。表紙に目を一瞬走らせたかと思うと、ぽいぽい 私の腕の中に放っていく。

「城についてならこれくらい読めば分かるだろう」

 手伝ってくれる気なのか? 目を瞠りを見ると、ふんっと鼻息が返ってきた。

「...ありがとう」

 意外な展開に呆けつつ礼を言えばはまたしても、ふんっと鼻を鳴らした。よく見れば唇をツンととがらせて、 眉根を寄せている。そして、私が見ているのに気づいたらしく勢いよく首を逸らし、そっぽを向いた。

「照れてるのか?」

 思わず、考えもせずに口に出してしまった。は、ぱっとこちらを振り返ったかと思うと目を丸くして何か言おうと口を開いた。が、 結局は何も言わずに口を閉じた。それから決まり悪そうにぎゅっと眉根を寄せる。

「そんなわけあるかっ!」

 力いっぱい否定する様子は、そうだと言っている様なものだ。
それに気付いた途端、おかしくてしょうがなくなった。 飲み込もうとしても笑いは止まらなかった。吹き出してしまうと、が眉を吊り上げながらこちらを見た。手で口元を 隠そうにも両手に大量の本を抱えているのだ。無理だった。








(20100829)