「なに笑ってるんだ!」

 すっかり眉を吊り上げたは苛立たしげに足を踏み鳴らす。その幼い感情の表し方もおかしかった。私よりも 随分年をとっているどころか父上よりも、学園長先生よりも年をとっているはずの“化け物”であるが、そうやって まるで小さな子がするような怒りの表現をするのがおかしかった。
化け物であるのなら、怒りのままに鋭い爪で切り裂く だとか、そういう恐ろしい事をしそうなものなのにの怒りの表し方は......地団駄すること。
それが、おかしくてしょうがない。
は未だに眉を吊り上げているが下唇を噛み、どちらかと言えば“怒っている”というよりも“恥ずかしがっている”ようだった。

「...いつまで笑ってるんだ」

 ぎゅっと眉根を寄せたの表情は、笑いの止まらない私に弱りきっているように見える。まるで、なんだか私が苛めている ようだ。
私の攻撃を軽々とかわし、涼しい顔...どころか、楽しそうに笑みまで浮かべ余裕綽々の表情 をする化け物であるを私が苛めている...。
それも私は何も意地悪な事をしているわけではない、少し笑っただけだ。 (少しではないかもしれないが、)けれど、この光景はまるで昨日の私とと同じだ。ただ、笑っている方と、笑われて いる方が反対になっただけだ。そこで私は気づいた。
...そうだ。昨日、は散々私の事を笑ったじゃないか。

「昨日はが私の事を笑っていたじゃないか」

 どうにか笑いを納め、ひきつる喉のままに指摘すれば、途端今までの困りきった表情をバツの悪いものに変えた。 それからは言い訳染みた言葉を紡いだ。

「...それはそれ、これはこれだ」

 腕を組み偉そうな態度を取りながらもその声はあまり威勢のいいものとは言えなかった。どうやら自分でも子供染みた 言い訳であることを自覚しているらしい。視線を私から逸らしているのが良い証拠だ。

「それもこれもないだろう」

 の言い訳を真っ二つに切ってやる。すると、次に何か言い返さなくてはとあれこれ考えているようで、焦ったように 目玉を動かしている。躍起になって言い返そうとしているらしいが、私としてはそんな姿でさえも笑いを誘われる。
今まで余裕綽綽の表情ばかり見せられていたのだ。少しこの状況に優越感を感じたっていいじゃないか。
と、がそこで何か思いついたのか今までせわしなく動かしていた目玉を私に向けた。

「私は利吉の手伝いをしてやってたんだぞ!」

 だから自分は私のことを笑ってもいいが、自分のことを私が笑うのは許されないらしい。
......という理屈らしいが、 そもそもそれでは理屈にもならない。だが、が私の手伝いをしてくれたというのは事実なので素直にお礼を言っておく事にする。
さっきまでの表情はどこへやら、にやりと笑みまで浮かべて“どうだ”とばかりに私を見ていると向かい合う と私の言葉に対してが身構えた。

「あぁ、ありがとう。助かった」

 途端、目を丸くさせたは動揺したように口をぱくぱくさせた。まるで私がお礼を言うのが想像もつかなかったかのように。 それからぎゅっと眉根を寄せて、唇をとがらせた。さっき、お礼を言った時と同じ反応だ。つまり、この顔は照れているらしい。 それを理解すると、収まっていたはずの笑いが戻ってきた。口角が上がるのを止められそうに無い。すると、私の表情を 見たが眉を吊り上げた。

「ま、また笑ったな! もう手伝ってやらんからな! この広い書庫の中を探し回ればいいだろうが!」

 私は痛くも痒くもないことだしな!
一息にそれらを半ば叫ぶようにして言ったかと思うと最後にふんっ! と鼻息を付け加え、は書庫を出ていった。
私は目を丸くし、呆気にとられが出て行った戸の方を見ていた。
あれが化け物と言われ、恐れられている奴の態度か?
まるでただの子供だ。見かけには子供には見えないが、中身が子供のようだ。とてもじゃないが彼女が、悪事を働き この城に封印されている化け物には見えなかった。
不意に頭の中に地団駄を踏んで怒っていた先ほどの姿を思い出し、私はもう一度笑い声を漏らした。








(20110307)