人工的に作られた光などなく、真っ暗な夜を照らすのは空にぽっかりと浮かぶ月とその周りをちらちらと光る星の光だ。 美しいとは思うのだが……どうしても人工的に作られた電気の光が恋しいと思ってしまうのだ。
自然に光る星や月の光りよりも、あの目に痛い光が恋しいなど…と思われるかもしれないが、そう感じるものはしょう うがない。もう五年もあの光を見ていない。
諦めが悪いと言われるかもしれないが、私はどこかでまだ帰れるかもしれないなどと考えているらしい。 普段はそんなこと考えないのだが、たまにこんな事を考えてしまって眠れなくなる。
それを紛らわすために外に出、星を眺めていたのだがどうみても逆効果だ。じわじわと胸が締め付けられて苦しくなってき た、それと同時に目にもじわじわと涙が浮かんできた。寂しくて寂しくて仕方がない。

月が滲んでぼんやりと見える。

忍者を目指しているのに涙を流すなど…そう思うが拭っても拭っても溢れ出て来て止まりそうにない。
屋根の上でそれも夜中なので誰にも気づかれないとは思うが、出来るだけ小さくしゃくりあげる。 縮こまるように膝を抱きその間に顔を埋める。

「こんなところに居たのか」

微かに風が吹いたと思うと声が聞こえた、この問いは自分に向けられた物だとは分かるが答えず顔も上げない。 少しの間そうやっていると、私が答えるつもりがないことが伝わったのか聞こえるように業とらしく溜息を落とした。 そのまま帰ってくれ、そう念じるが小さな振動が屋根を通じて伝わった。どうやら隣に座ったらしい。
一人になりたかったのに、帰ってくれと言う思いは伝わらなかったらしい。さっきよりももっと深く膝へと顔を埋め、会話 をするつもりがないことを伝える。 隣になんて座られたら泣けないじゃないか。もう顔を隠してる時点で悟られているかもしれないが。

「さっき厠に行こうと起きたらの部屋からいつも聞こえるはずのいびきが聞こえないから可笑しいと思ったんだ」
「……」
「で、覗いてみると案の定の姿がなかったから探しに来た」
「……」
「……」
「わ、わたしはいびきはかかない」

顔を上げずに呟いたのでくぐもった声が出た、だけどこれで鼻声であった事には気づかれないはず。
いびきをかかない事ぐらい知っているだろうにわざと私に喋らせようとしてこんな事を言ったのは分かっていたが、今回は それに乗ってやることにした。だって私の姿がなくて探しに来てくれたみたいだし。押し殺した様に喉で笑う気配がしてや っぱり無視してやればよかった、とすぐに後悔した。

「何で寝てるのに自分がいびきかいてないなんて分かるんだよ」

「…分かるんだもん」

全然質問に答えていないのは自分でも分かっているし、どこか子供っぽい言い訳になったのでこれじゃまた笑われるかもと 思っていると隣でまた喉で笑う声が聞こえた。
それにムッとするが、顔は上げない。
そのまま動かないで居ると頭を撫でられた。優しい手つきで撫でると、その手は背中へと移動しぽんぽんと軽くまるで小さい 子をあやす様に一定のリズムで叩く。やっと涙が治まってきたところだったのにそんなに優しくされると我慢できずにまた ぽろぽろと目から溢れ出てきた。

「うぅー…」
「我慢すんな」

その声が合図であったように隣に座っている八左ヱ門へと飛びつく、思い切り飛びついたのに八左ヱ門はちゃんと私のこと を受け止めてくれた。腰へと手を回し肩へと顔を埋める。さっきまでも泣いていたのに枯れる事のない涙は次々と溢れ出す。

「落ち着いたかー?」
「…うん。」

泣きすぎたのか頭がぼーっとする、が今考えるととても恥ずかしい…。大泣きするなんて…もう五年生になったのに。

「うわーびちょびちょだな。の鼻水とか涙とか涎で」

たしかに八左ヱ門の装束の肩口の所はびちょびちょだった。そりゃあんだけ泣けばびちょびちょになるだろう。 涎はたらしてない…とは思いながらも悪いと思った私は素直に謝罪を口にした。

「ごめん。」

それなのに八左ヱ門はちょびっと困ったように笑った。せっかく私が謝ったのに。

「そんなに体から水分出したらからからだろ?後で水飲みに行くか」
「うん」

そう言いながら装束の袖口を引っ張って私の頬を拭ってくれた、それから 目線をあわせて目の前に顔を近づけてくる、反射的に私は後ろへと下がる、笑っていたはずの顔は少し怒っている様に見え る。

「それよりお前なー何回も言ったと思うけど勝手に夜中にどっか行くなよ」
「寂しくなったら、俺でも兵助でも雷蔵でも三郎でもいいから起こせ」
「一人で泣くな!心配するだろ」

こちらの世界に着てからの五年間、いつか帰れるかもしれないと言う淡い期待が積もりに積もって弾けて一人で泣いている 時にいつだって四人のうちの誰かが私のことを見つけてくれて私の気がすむまで付き合ってくれるのだ。 この四人が居なかったら今私はどうなっていただろうか、考るだけでまた胸が苦しくなる。もしかたらとっくにここには居 なかったかもしれない。それほどまでに四人の存在は大きいのだ、なくてはならない。

「…ありがとう」

泣いている間ずっと何も言わずにただ優しく背中を擦ってくれて、私のことを探しに来てくれて。
ぐしゃぐしゃと遠慮なく頭を撫でてくる手にまた涙が零れそうになったが、さっきのそれとは違う理由の涙だ。






「……」
「……」
「…見つけたのはいいけど…何か出て行きにくいなー」
「兵助もそういうこと考えるんだな」
「なにー?!三郎に言われたくない!」
「まぁまぁ兵助聞こえるよ」
「雷蔵!だって三郎がっ!」
「三郎もあんまり兵助をからかっちゃだめだよ」
「俺は思ったことを言ったまで」
「三郎ー!!」
「もう、二人とも聞こえるってば!」


「お前らそんなとこで何してんだ?」
「……」
「……」
「……」

こそこそと私と八左ヱ門が居る屋根と反対側の屋根から聞こえる声を辿って行くと、そこには見慣れた姿が 三人分。この三人も八左ヱ門と同じように私のことを探しに着てくれたようだ。
目の前で「三郎の所為だ!」「いや、もとはと言えば八が悪い」「はぁ?!俺?」とか言い争いを始めたが、いつもならば うるさいと一蹴するのだけど今の私はそれがうれしくて笑えた。少し声を漏らすといつのまにか隣にいた雷蔵が不思議そう に問いかけてきた。

「どうしたの?」
「なんでもなーい」

幸せだなと思って!…なんて。





(20090920)