「聞こえないのか、その人を離せ」

突然現れた人物に男達は驚いたようだったが、それでもそれが幼い子供だと分かると馬鹿にした笑みを浮かべた。

「なんだぁ? ガキはさっさとうちに帰れ」
「それとも俺たちに追い出されてぇか?」

そう言って腰にある刀を見せ付けるために手で揺すった。それでもは怯むことなくじっと娘を抑えている男を見てい る。
どうする、今出るべきか。それともには何か考えがあるのか。
大木先生、あれだけの報酬では足りないじゃないですか。大人しかった筈の豹変振りを見て内心冷や汗をかきながら 依頼主に文句を言う。

「聞こえないのか? その人を離せ」

こてんと首を傾げて問う様は無垢な子供のようなのにおかしいほど無表情だ。さっきまでの愛らしいはにかみ笑いが思い 出せず私は眉間に皺を寄せた。それでも山賊達はただの子供と思っているようで、余裕の笑みを浮かべている。

「おいおい、ガキが何をできるってんだ?」
「...助けてっ!」

今まで黙っていた娘は口を押さえられていたのか、娘の上にいる山賊の頭がを威嚇して手に刀を握った瞬間必死に声 を上げた。下手すれば自分よりも弱く、本来なら守ってやらねばならない対象であるはずのに助けを請うのか。 さっきまで哀れに思っていたはずの娘に嫌悪を抱く。だが、はそうではなかったらしい。娘の声を聞き手の中に隠し 持っていたらしい棒手裏剣を放った。それは山賊の頭の刀を持った右の肩に刺さった。

「ぐぁぁ」

山賊の頭が呻いて刀を取り落とした。がしゃん、と重い音が鳴る。

「次は眉間だ」

の怒気がぴりぴりと空気を通して自分にまで届く。信じられない、さっきまでのは見る影もない。今ここにいる なら雷神の子だと言われて納得できるかもしれない。と考えてから馬鹿らしいとたった今の自分の考えを否定した。 さっきまで一緒に行動してきたを思い出した、それからこの実習を絶対に成功させようと意気込んでいた姿。
私は馬鹿か。強がっているが今も僅かに身体が震えている。恐いわけないのだ。
の性格に新たにお人よし、と頭の中で書き加えてから私は飛び出そうとする身体をぐっと抑えた。
まだ、は一人でやるつもりだ。それなのに私が出て行くのは間違っている。

「調子に乗るなよっ!」

頭に血が上ったらしい頭は肩の棒手裏剣を抜いて捨てた。からん、と捨てられた手裏剣は血が付着している。
そのまま先程落とした刀を手に取ろうとした所をが蹴った。それは床の上を滑りながら男達の間を滑っていった。

「やれっ!」

その頭の声を引き金に男達が刀を構えへと走っていく。一番近くに居た男の顎を蹴り上げ、衝撃でその男が刀から手 を離したのをが掴み、そのままそれを男の首に突き立てた。
確かにさっきまではこの実習が成功する確率など無いものだと思っていたのに、私はそのの動きを見てもしかしたら あるかもしれないと思っていた。身軽には男達の攻撃を避け、次々に刀を突き立てていく。その動きには迷いが無い 。男達はただの子供だとなめていた相手が次々と仲間に刀を突き立てていくのを戸惑っているようだった。
ここで迷っていればに勝てるわけが無い。

「何してんだっ! さっさとやれっ!」

山賊の頭の激が飛び、男達は目を覚ましたように動き出した。

けれどそれでも男達の動きはに比べると随分と鈍い。力ばかりで乱暴に振り回す刀にどれだけの人が犠牲にな ったのだろう。力で勝てない事はも理解しているようで逃げるばかりで、その刀を受け止めようとはしない。それで も隙を突き確実に止めを刺していく。
刀を使いながらも蹴りを入れたり手裏剣を走らせたりとの動きは忍たまの二年生には見えない。
そのまま山賊を一掃出来るかと思ったが、段々との動きの切れが悪くなってきた。刀を持つ右手が重そうだ。 結構な重さのある刀を使ったのが悪かったか。動きに技術、どれもすごいが身体はまだ子供の十一歳なのだ。体力がもた ないのか、呼吸が荒い。対して男達はまだ十人は居る。分が悪い。私を呼べ!そう思ってもはまだ一人でやるつもり なのか刀を構える。私は堪らず飛び出した。
の後ろから襲い掛かろうとしていた男の心の臓に常に持ち歩いている小刀を突き立てると、男は血を吐いてそのまま 前のめりに倒れこんだ。突然現れたので驚いたのか男達は私の事を唖然とした様子で見ている。は眉を寄せてから じっと私の顔を誰か分からないかのようにたっぷりと見てハッとしたように口を開けた。
......もしや私の存在を忘れていたのだろうか。じろりと睨むとは慌てたように首を振った。


あっけなく倒れこんだ男に小刀についた血を払い落として、最後の一人である山賊の頭に向き直る。

「もう一度言う。その人を離せ」

の低い声が静かな寺の中に響く。
目の前で次々と倒れていく仲間を助けるでもなく、そいつは今まで何の動きを見せず娘を逃がさないよう捕まえていただ けだった。今も娘は男の腕の中に閉じ込められていて助けを求めるように瞳に涙を耐えてこちらを見ている。その視線は 先程まで確かにに向けられていたはずなのに今度はより強いと判断されたのだろう私に向けられている。
どこまでも生に貪欲な娘にそれが人の本来の姿かもしれないのに、私はつい嫌悪の感情を覚え視線を合わさないようにし た。男は先程までは確かに男達を纏めていた山賊の頭だったのかもしれないが、今はその男達がいないのでただの男だ。

「うるせぇ!!」

大きな声を上げて私たちを威嚇してくるがその顔には運動もしていないのに汗が流れている。刀をこちらに向けているが その先は震えていて、それだけで男が私たちの事を恐れているのが分かる。

「そんなにこの女を助けたいんならな......こうしてやるよ!」

不適に笑った男はそう言って私たちに向けていた刀を娘の喉に当て横に引いた、隣でがあ、と声を上げたのが聞こえ た気がした。
目の前に赤い鮮血が飛び散る。
娘の身体が崩れる。
男は満足そうににやりと唇を醜く歪めた、ちりっと頭の中を何かが走る。男の首を娘と同じように切り裂いてやろう、と 足を走らせるとそれよりも早く何かが男の首を切り裂いた。途端、先程と同じように血が飛び散る。
一体誰が、と考えて目の前で倒れこんだ男を見て肩で息をしているが見えた。すると、すぅっと頭に上っていた血が 引いていくのを感じた。私以外にはこの子しかいないじゃないか、自分に言い聞かせながら自分がそんなことも忘れるほど に怒りに燃えたのかと恥ずかしくなった。
冷めた目で娘を見つめているの顔には少しの返り血と斬られたらしく頬を走る傷があった。じっと何の感情も浮かんでいない瞳に不安 に駆られた。もしや人を殺した衝動で心を壊したか。その小さな身体には重すぎるものをは背負ったのだ。

「...

恐る恐る名を呼ぶもの瞳は曇ったままだ。じわじわと腹の底の方から不安が競りあがってきた。

!」

耐え切れずもう一度叫ぶように名を呼ぶと、がぴくりと肩を震わせ、私を見た。

「...あっ、利吉さん」

焦点を私に合わせやっとこちらを向いたにとりあえず安堵の息を吐いた。私を見てからすぐにまた娘の死体に視線を 落とす。何の感情も浮かんでいなかった瞳には色々な感情が浮かんでいるようだった。娘を助けられなかった悲しみ、 娘を殺めた男への怒り、娘を助ける事が出来なかった自分の不甲斐無さ、だが一番許す事が出来ないのは自分だろう。 私にも経験のあることだったので、の心情は手に取るように分かる。

「助けられませんでした...私、利吉さんにも迷惑かけて」

ここでのせいじゃないよ。というのは簡単だが、その言葉をは拒絶するだろう事は分かっていたので言わなかっ た。だが、これが正解だという代わりにかけるべき言葉が見つからなかったので黙っていた。少し下に見える横顔は白く 、血の気が無いようだ。眼に膜が張ってあったので泣くのだろうか、と思ったがそれが落ちる事は無かった。

「この人を埋めてあげたいです」

そう言うの言葉に、こんなことは限りが無いことだ。と思いながらも言葉にすることがどうしても出来なくて見晴らし のいい丘のようになった所に娘の死体を埋めた。冷たい土の中に横たえた娘に土を被せる前、二人で両手を合わせ目を 瞑った時、隣のが「ごめん」と囁いたような気がした。




帰りの道、は一度「利吉さん、約束を守らずあの時勝手に飛び出して行ってすみませんでした」といっただけで それから話しかけてくることはなく、ちらりと盗み見た表情はどれも無感情のように見えた。それでも 私が話しかければ答えるし、笑いもしたのでどこかひっかりを感じながらもそのまま流した。
けれど、よくやった。と実習について褒めると表面では笑っているのだが、どこか無理しているように私の目には映り 一度「泣いてもいいんだ。」と言ったのだが、はそれを笑って緩く首を振り拒否した。

それなのに...... 学園に戻ってきて大木先生の顔を見ると、今まで耐えて涙を落とそうとしなかったの瞳からぽろぽろと堰を切った ように涙が溢れた、私の前では泣かなかったのに、と少し悔しく思いながら見ていると私の視線から隠れるようには ますます顔を大木先生の腹に擦りつけた。
小さくしゃくりあげているが声を上げないようにしているのか、幼い子供が泣くにしては小さすぎる泣き声だった。


「―――と、いう感じです」

小さな手は大木先生の裾を掴み離さないものだから、しょうがなく私にしてみれば仕事の、にしてみれば学園に残る ことが出来るかが係った実習の報告を(今は眠りに落ち布団に収まっているを挟み)、終えると大木先生、基雇い主は 肩を落とした。それはこの実習が不合格という意味なのか――焦った私は知らぬ間にを弁護するような事ばかりを 言っていた。だが、それは私の早とちりだったようで大木先生が目を丸くして私を見た。

「随分との事を気に入ってくれたようだ」

何と返せば分からず私は口を噤んだ。確かに私はこの実習を終えてに対する評価がいい方に変わった。
実習での忍としての身のこなし方などはもちろんだが、それよりも人柄に好感を持っていた。忍としては決 して褒められたものではないのだが、実習中も自分の身を省みず娘を助けようとした。その潔癖な。染まっていない所が、 忍者としてあのような光景を何度となく見てきた自分には眩しく見えた。出来ればにはこのままで居て欲しい、なん とも身勝手な感想を持って。

「実習は良くやってくれたと思っている、利吉くんにはだいぶ迷惑をかけることになるだろうと思っていたのだが... 甘ったれだと思っていたのだがなぁ」

最後の方は独り言のようであった。は大木先生には甘えているのだろうなと今なお大木先生の服の裾を掴んだままの 手に目をやる。

「それよりも、顔に傷がついてしまったと思ってな」

悔いるように大木先生が(今は張り薬をしてあり見る事が出来ない)の頬の傷をなぞる様に触った。
確かにきれいな顔をしているがこんな仕事をするなら顔に傷が出来るのは珍しい事じゃない。今更だと、 思っていると先生が意外そうな顔をして父上に視線を走らせた。明らかに私の感想を読み取っての行動だったので、また しても顔に出ていたのか、と反省しする。

「山田先生、利吉くんには言っとらんのか?」
「いや、言ったと思うんだが...」
「だが知らんようじゃぞ?」

二人分の視線を浴びて意味が分からないと首を捻ると父上が顎を掻いた。

「あー言ったと思うんだが、覚えていないようだから一応言っておこう」
「なんですか」

覚えていない、なんて本当は父上が言い忘れていただけじゃないんですか?と内心思ったがそれは口にしないでおいた。 大木先生も何だか興味ありげにこちらを見ている。一体何の話かとなかなか口にしない父上に視線で問いかける。

は女だ」
「は、い?」





(20100111)