あの頃の私はのどこを見ていたのだ。頬に睫毛の影を落としているを見て思った。

「なんですか?」

だが、口いっぱいにみたらし団子を頬張っているのでしょうがないことだったかもしれないと思いなおすことにした。
私に非は無い。けれどもあれから三年の月日が流れは徐々にあの頃よりも女らしくなったと思う。それは私がが 女である事を分かっているからかもしれないが、何せ彼女の仲間達は五年も一緒にいるのに気づいていないらしい。
或いは気づいているが気付いていない振りをしているか。どちらにしても自分には分からない事だった。
ふとした瞬間にやはりは女なのだ、と思うことがある。なんとなしに隣のに視線をやった。
唇にみたらしのたれがてろてろと光っているのを見て胸が大きく高鳴った。そんな目で彼女を見ていることが後ろめたく てすぐさまその唇から視線を外す。それともこの感情の所為で彼女のふとしたところに女を見つけてしまうのだろうか。 と私が三年の月日で成長したのと共に、私の中のに対しての感情も膨らんだ。
はぁ、と知らず溜息を零すと隣のがびくりと肩を震わせた。

「すいません、私ばっかり食べて」

そう言って残り三本になったみたらし団子をつつ、と寄せてきた。私ばかりといっても二本しか食べていなくせに遠慮 するな。と呆れてしまう。この一見遠慮なんてしていなさそうな様子で振舞って いるが本当は人の事ばかりを考えて必要のないことにまで心砕いているのは知っている、だからこそ自分にはそんな 事考えないで欲しいと思っているのに...上手くいかない、といつも思う。それでも時々私が全ての事情を知っていると 言う事があってか甘えてくる事もある。だからといってそれだけでは満足できない。もっと、と思ってしまう貪欲な自分 に苦笑をもらす。

に買ってきたんだ、が食べればいい」

それでも何か言いたげなの目にもう一度苦笑してから一本団子の串を掴む。

「それじゃ一本もらうよ」
「はい! これは食べておかないと後悔しますよ、すごくおいしいです」

すると自分が買ってきたわけでもないのにの表情がぱっと笑顔に変わって団子のうまさを自慢するように胸を反らし て得意げになった。



団子を食べ終えお茶を啜るを見ながら会話を切り出す。

「問題は解決したようだね」

いつも通り五人で行動している所を見ると、あの最後に任務のために会った晩に言っていた事は片付いた事だろうと思い 口にすればはお茶の入った湯呑みを置いてから決まり悪そうに頬をかいた。

「えぇ、まぁ」
「それじゃ良かったじゃないか」
「...はい」

仕事中、上の空で私に迷惑をかけたと思っているのだろうか、じっとその白い横顔を見つめると動揺したように視線が うろうろと動いた。

「結局話してくれないんだね」
「う...、はい」
「私は軽蔑したり嫌ったりしないと言ってるのに」

おもしろくない。
私が知らない事をあの仲間達は知ったという事が腹立たしささえ感じる。それでも私は彼らが知らない だろう(もし知っていてもから知らされたわけではない)が女だという事を知っているんだと、自分に言い聞か せてみたがそれでも納得できない。の事について知らないことがあって、ましてやそれを自分以外の人は知っている というのが我慢できない。私はこんなに嫉妬深い人間だったのだろうか。と居ると私は自分という存在がとても小さ いものに思えてしょうがない。 出来ればも私に対してこういう風に思ってくれているといいのに、と考えてしまう。が私に対して兄のように 思っているのは知っている、けれど私はに妹のようだなんて思ったことは一度としてない。
ちらりと横目でを見れば萎縮しきったように身体を小さく丸めて俯いていた、その姿は初めて対面した父上の部屋で のことを思い出させる。
違う、私はにこういう風にしてほしいんじゃない。

「まぁ良かったよ、あの日なんだか落ち込んでる様子だったから」
「すいません...」
「謝って欲しいわけじゃないんだ、ただ...」
「...」
「...心配だったんだ、君は意外に打たれ弱いから」
「そんなことないですよ」

うっすらと笑みを浮かべては私が冗談を言ったかのような反応を返した。また彼女はこうやって隠そうとするのか 、そういう反応を返されるたびに私は拒否された、突き放されたそういう感覚を味わうことをは知らないのだろう。 これが最善だと信じきっている、迷惑をかけらないというような他人行儀な態度は私の胸を鋭く切りつけるというのに。 があの夜のまま落ち込んだ様子なら少しでも力になれればとここまで足を運んだのだが、すっかり普段と変わりない 所を見て立ち上がる。

「それじゃあ、そろそろ帰ろうかな」
「え、もう?」

分かっててやっているのか?と思ってしまう、は飴と鞭の使い方を心得ているような気がしてならない。 ぎゅっと眉根を寄せた表情は子犬のそれに似ている。いかないで、と訴えてきているように感じる黒く濡れた瞳で見つめ られると先程とは違った意味で胸が痛む。

「また来るよ」

くしゃりと頭を撫でてやると恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに目を細める姿を見て自然と口元が綻ぶ。
の言葉や表情に落胆したり憤りを感じる事は多々あるのだが、それでもがこうやって自分に対して時々見せる 甘えや好意でそれら全てが帳消しになってしまう、いや、それどころかツリがくるくらいにどうしようもない心地いいも のが胸いっぱいに広がるのだ。



あの山賊退治から帰って来た後、が女だと聞かされたのと、もう一つ父上から聞かされた話がある。
大木先生はあの実習が失敗していたら知り合いの家にを預けるつもりだったそうだ。普通の娘として生きてほしい と思ったのだろうが、言ったからといってが聞くわけが無いのであのような少し無茶に思える山賊退治の実習をやら せたらしい。
その話を聞いた時は大木先生に対しての悪態しか出てこなかったというのに、あの夜、上の空で任務をこなすはいつも であれば避けられたであろう刀もぎりぎりの所でかわして腕に傷を負った。命に別状はないというのにその瞬間を目にした 私は一瞬息が出来なかった。大木先生はそういう思いをしたくなくてに普通の娘として生きて欲しかったのだと思う。 そういうふうに思ったのはあの一度きりではない。一緒に任務をこなし今は背中を預ける事が出来るほどにも成長 したが、それまで何度も大きな傷を負っているのをこの目で見てきた。その度に胸が痛むのだ。いや、年々その痛みは 悪化しているように思う。そのときに思うのだ、もう忍をやめて欲しい、と。 けれど、あの実習がなければ私とはこのように親しくなってなどなかっただろう。そう思うとやはりが忍者を目指 してくれて良かったのだろうか、と考えるがそれでもが傷付く所は見たくない。そう思ってしまうのだ。

「どうしようもないな...」

学園からの帰り道ポツリと呟いた言葉は風にさらわれて跡形もなく消え去ってしまった。





(20100115)