ぽかぽかとした天気に先ほどお昼を食べた事も手伝って瞼が重く感じ、目を擦った。 けれど、そんな些細な抵抗など意味が無かった。どんどん瞼は落ちてくる。 (縁側だけどこのままここで寝ようか、部屋に帰るのはめんどくさい。) そのままゆっくりと眠りに落ちようしたときだ。 「いけいけどんどーん!」 耳に飛び込んできた大きな声に眠気などどこかに飛んでいってしまった。 どこのどいつだ!大声出しやがって!と考えてあの掛け声は一人しか考えられない。思い浮かんだ一つ上の学年の先輩の 顔に溜息をつく。うつ伏せになっていた体制からごろりと転がり中庭の方を向く、 「おわぁ!」 いつの間にいたのかさっきまで思い浮かべていた顔が真横にありびっくりして、思わず変な声を上げてしまった。 「! こんなにいい天気なのに寝ている場合じゃないぞ!」 驚きによって激しく脈打つ私の心臓などお構いなしに、そう言うとまぶしい程の笑顔で笑う七松先輩、その姿は泥だらけだ。 「いい天気だから寝てるんですよ」 ふわ〜とこぼれた欠伸に先輩はでかい口だなー! と笑った。それから何かを探すようにキョロキョロとし始めた。 「どうかしましたか?」 「いや、いつも一緒なのに今日は一緒じゃないのか?」 主語が抜けているが一体何を指しているのかすぐに分かった私は、そんなにいつも一緒だろうかと思いながら質問に答える。 「今日は皆委員会があるそうです」 「おお! そうか。は会計はないのか?」 「はい、昨日奇跡的に一発で計算があったんですよ。それで」 本当に奇跡的だったいつもは徹夜で長々とやるはずなのに、あっさりと終わったのだから。なんだかあっさりし過ぎて拍子 抜けしてしまうほどに。いや、別に徹夜がしたいわけでは決してないのだけれど。 なので皆が委員会で忙しくしている時に私は縁側で日向ぼっこをしていたわけだ。 「それじゃぁ、は暇なんだな?!」 「え」 突然大きな声を発した先輩に驚いて見返すとそこにはキラキラと眼を輝かせている先輩が居た。 なんだか嫌な予感がする…そう感じた私は慌てて否定の言葉を口にした。 「暇じゃないですよ!」 「けど、そうやってごろごろしてるんだから暇だろ?」 「こ、これは、ただごろごろしているだけのように一見見えますが実はそうじゃないんです!」 「じゃあ実は何をしているんだ?」 「え、えーと、つまり…そ、そう! 集中力を高めていて…忙しいです」 「ふーん」 自分でも何を言ってるのかよく分からないが、上手い事七松先輩を誤魔化す事が出来るならそれでいい。 じっと真正面から見続けてくる先輩に思わず目が泳ぎそうになるが、三郎に言われたは嘘をついたとき目が泳ぐ。の 言葉を思い出し、それを踏みとどまる。 結構な時間そうやって居たような気がする、それとも私がそう感じただけで実際はそんなに時間は経っていないかもしれ ない。先輩が口を開いた。 「つまりは暇って事だな!」 「えっ」 「じゃあ、今日は特別に一日は体育委員会だ!」 さっきの話聞いてましたか?! なんて言葉は先輩の「いけいけどんどーん」の声によってかき消された。 あぁーやっぱり私の悪い予感は当たっていた。 ぼろぼろの姿で現れた七松先輩以外の体育委員会達の痛々しい姿に思わず目をそむける。 泥だらけでここら辺一体の地面が穴だらけな所を見ると今まで塹壕を掘っていたらしい。 「今日は特別にも体育委員会だ!」 「どういうことですか?」 「そういうことだ!」 滝夜叉丸の疑問を「そういうことだ!」の一言で終わらせる所が、とても七松先輩らしいと感じてしまうのはしょうがない だろう。いつもこんな感じなのかさして気にした様子のない面々に、馴れっこなのだなと納得してしまう。 「じゃあ今から走りに行くぞ!」 「ふぁーい」 こんなにぼろぼろなのにちゃんと返事をして付いて行くこの子達になんていい子達なんだと、目の前にあった金吾の頭を 撫でてあげる。それにうれしそうに目を細めた金吾にもっと撫でてやる。 七松先輩が先頭になりそれを学年が下の一年生から追いかける形で付いていく。よって五年生である私は一番最後を走ってい る。最後尾に居るからこそ皆の様子がよく分かる。最初は順調に綺麗な一列に並び走っていたのだが、 どんどんとペースが落ちて行き七松先輩と一年生の間が空いてきた。塹壕を掘った後に走り込みだなんて疲れて当然だ。 それにも係わらず大声を出し後輩達の面倒を見る目の前の後姿に目をやる、 「こらー! 三之助! そっちではない!」 「お前ら後ろから押してやるからもっと頑張れ」 滝夜叉丸だ。 今までうぬぼれ屋のちょっとうっとうしい奴と聞いていたし下級生達が彼に捕まり自慢話を延々と聞かされているのを見てい たからその噂のままの人物だと思っていたのだが、その考えを改めなくてはいけないようだ。 一人忙しく走り回っている滝夜叉丸の隣にへと走る。 「私も手伝おう」 三之助の手を掴み目の前でふらふらになっている金吾の背中を押してやる。 隣に居る滝夜叉丸が驚いたようにこちらを見ている視線に気づき笑ってやると、慌てて目を逸らされた。 それに何か気に触る事をしただろうか、不安に思いながらもへろへろになっている私よりも小さい背中達を励ます。 「ほら、頑張れ! あと少しで学園だぞ」 学園に着いたころにはぽかぽかした陽気だったのに少し風が冷たくなり、空は赤く染まっていた。 「おまえたち遅いぞー!」 大きく手を振る七松先輩の姿を見つけ、わずかに怒りを覚えるがこれはしょうがない。 けれど、一応私たちのことを待っていてくれたらしい先輩は私達が先輩の下にたどり着くと一つ満足そうに頷き、お決まり のあの言葉を叫び走り出した。 「いけいけどんどーん!」 「あれ? 何でくんも体育委員会にいるの?」 とても今更な気がする質問なのだが、不思議そうにきょとんとした目で見つめてくる小松田さんには勝てる気がしない。 「今日は一日だけ体育委員だったんですよ。」 出門表と筆を受け取り名前を記入しながら答える。 「へぇーそうだったんだー。だから皆と一緒に出かけて行ったんだね」 どこか気の抜けるような小松田さんの喋り方に学園に帰ってきたと言う安心感か、急にどっと疲れが出てきた気がする。 とりあえず、早く風呂に入りたい。けど、お腹もすいたな、お腹を擦るとそれを見ていたらしい滝夜叉丸が「お腹減りまし たね」と呟いた。それに「ぺこぺこ」と返せばすかさず、金吾が「僕も!」と声を上げた。 その隣で四郎兵衛がお腹を鳴らして、三之助も「腹減ったー」などとぼやいている。 あれだけ走り回ったのに、タフな子達だな。感心していると今まで珍しく静かにしていた七松先輩が声を上げた。 「決めた!」 本日二度目になる悪い予感を感じ、眉をひそめるがそれには気づかない七松先輩は握り拳を作り、目を輝かせた。 そのまま私の目の前に顔を近づけてくる、反射的に上半身を逸らすが先輩はその距離を埋めるようにどんどんと近づいてく る。 「! もう会計なんかやめて体育に来い!」 「え」 「えっ!」 私の声以外にも四人の驚いた声が綺麗に重なった。目を見開き先輩を見るが先輩は嬉しそうに笑っているだけだ。 「いい考えだろ! 会計なんかやめて、この委員会の花形である体育委員会に入ればいい!」 先輩の突然すぎる思いつきにただ目を丸くするだけの私に構うことなく先輩は続ける。 「文次郎には私から言っておこう!」 「先輩ホントに体育委員に入るんですか?!」 「まじで?」 「わーい!」 「七松先輩! お前達も、先輩はまだなんとも言ってないじゃないですか」 展開の速さに付いていけずにただ突っ立て居るだけの私に滝夜叉丸の助け舟が入る。まさか滝夜叉丸に助けられるとは… 意外に思うが、今日一日で私の中での滝夜叉丸の評価がぐん、と上がったのは間違いない。 盛り上がり始めていた面々が、滝夜叉丸の一言でいっせいに黙った。そして視線が一気に私に注がれる。 「えーと、...すみません、無理です」 「えぇーなんで?」 「何でって...一人居るのと居ないのでは一人一人の負担がだいぶ違うんですよ」 「だから?」 「だから、無理です」 「なーんだそんな理由か」 言われた意味が分からずに視線で訴えると今度はそれを読み取ったらしい先輩が口を開く。 「会計委員が大好きだから。という理由ならば諦めようと思ったが...そんな理由かー」 なら、ますます体育にくればいい。続けて言う七松先輩の言葉を遮るようにして否定する。 「そんな理由だけじゃないです! 潮江先輩は、まぁ…あれですけど。後輩達はかわいいし自惚れでなかったらあの子達も 私のこと好きだと思いますしね。」 「は後輩達に好かれてるのか?」 「はい。相思相愛なんです。」 自信満々に胸を張って返してやると七松先輩はきょとんとした風に目をまん丸にした。恥ずかしいことを言ったと思い 今更照れがきて頭をかいて誤魔化してみる。きっと顔も赤いかもしれない、俯くと背中を思い切り叩かれた。 「いたっ!」 非難がましく私より上にある目を見ると、七松先輩が満面の笑みでもう一度背中を叩きに来た。 「いたい!」 「私もの事大好きだぞ!」 どこかずれた事を言い出した七松先輩に適当に「はぁ」と答えるとそれを気にしてないらしく満面の笑みを崩さずに 「だから体育に来い!」 と仰った。 「え?」 何がどうなってそうなったのかよく分からずに聞き返すともう一度七松先輩はその輝く笑顔のまま 「だから体育に来い!」 と一言一句間違わずにさっきと同じ事を言った。 ......ん? まったく七松先輩の思考回路に付いていけずにいると、いきなり腰へと何かがぶつかってきた。びっくりしてその何かが なんであるのか確認すると空色をした装束が目に飛び込んできた。 「団蔵!」 続いて聞こえた声に未だに腰に纏わり付いている物が何であるか理解した。その頭を撫でてやると、ますますぎゅっと腰に 抱きついてくる。 「団蔵どうしたんだ?」 少しいつもと違う様子の団蔵に出来るだけ優しく問いかけてみる。 「う、」 「う?」 「…うぅ、先輩、体育委員に行かないでくださいー」 顔を私の腰にくっつけたまま喋るのでくぐもった声が聞こえる、気のせいでなければその声が少し鼻声なような気がして 思わず笑ってしまう。私が体育委員に行くかもしれないと思ってべそをかいているのだろう。憶測ではなく絶対の自信を もってそう考えるとにやにやと顔が笑ってしまう。だらしなく顔を緩ませていると声が割り込んできた。 「体育委員に行きませんよね?」 おずおずと装束を団蔵とは反対から引っ張られ見てみると、いつもの生意気そうな顔を今にも泣きそうに歪めている佐吉 がいて緩みそうな顔を気合で引き締める。 「団蔵も佐吉も私が好きか?」 にっこりと微笑んで聞いてみる。 「大好きです!」 「佐吉は?」 「……」 「ん?」 「…好きです」 あああぁ、なんて可愛いんだ!! たまらずぎゅっと二人を抱きしめる。するとさっきまでべそをかいていた癖に団蔵が笑い声を上げた。 「三木と左門は?」 「何がですか!!」 飛び上がって驚く三木の顔は赤く染まっている、それが私の質問の意図に気づいている証拠になるとは気づいていないだ ろう。 「私の事好き?」 「何言ってんですか!」 普段はアイドルなどとチャラついた事を言ってるわりには、三木は初心らしく、これ以上ないと言うほどに顔を真っ赤 に染めて大声で怒鳴り上げている。それに比べて左門は表情の読めない顔で当たり前だろとでも言うようにさらりと言葉 をはき出した。 「好きですよ」 男前過ぎる態度に私がよろりとふらつくと三木が変な顔をして私を見た。それから 最後の一人である三木を見つめる。すると、ふいと視線を逸らされた。言うつもりはないと態度で示すものだから どうしても言わせてやる!! とムキになってしまう。少々卑怯なやり方だが、素直に言わない三木が悪い! 一つ芝居をう ってやろうと腹の中でしめしめと笑みを浮かべる。 「あぁ! このままじゃ会計を去らなければいけないかもしれない!!」 「えっ?!」 「七松先輩に言ってしまったのに...私とお前達は相思相愛だと! 嘘になってしまうと体育に行くしかないな…」 「何でそうなるんですか!」 先輩行かないで! とますます腰にへばり付いてくる一年生二人に、左門も三木を肘でつついてせっついている。 これじゃ逃げる事は出来ないだろう。 三木の声を聞き逃すまいと、今か今かと待ち構え、にやける顔を隠すべく両手で顔を覆っていると放っておいたのがいけ なかったのか七松先輩が腰にしがみ付いた二人を引き剥がした。当然力で七松先輩に勝てるわけが無い団蔵と佐吉はあっさりと離れていく。 なんなんだ、と思っていると七松先輩の腹が大きく鳴いた。 「腹が減った」 「は?」 「腹が減ったから食堂に行こう!」 「え、あぁ、はい、どうぞ行ってください」 「何言ってるんだ! は今日一日体育委員だろ!」 一緒に行くぞ! そう聞こえたかと思うと次の瞬間にはなにやら浮遊感を感じる。何が起こったのか理解する前に腹に重力 が掛かった「ぐえ」蛙が潰れたみたいな声が出た。 「なんだは軽いなー!」声が聞こえて何が起こったのかやっとの事で理解した。七松先輩の肩に担がれている。 「ちょっと! 先輩下ろしてくださいよ」 「いやだ」 じたばたと足を動かし抗議すると足と尻を押さえ込まれた。七松先輩の馬鹿力に勝てるわけも無くこれ以上しても無駄だ と思った私はあっさりと抵抗をやめた。装束を脱いで逃げれるかもしれないが、こんなところで下着いっちょになるわけに もいかない。 顔を上げて後輩達を見ると皆、ポカンと口を開けている。だがそれも徐々に離れて行くので七松先輩が走り出したのだと 分かった。さっきから七松先輩の肩の骨が腹に刺さっていたい。いつまでも動かない後輩に助けを求めてみる。 「滝夜叉丸助けて!」 「え?」 「なっ! なんで滝夜叉丸なんですか」 何やら衝撃を受けているらしい三木は傷付いたような顔をして私を見た。私はふんっと鼻を鳴らして答えてやった。 先輩大好き! ぐらい言えよ、と思ったからだ。つまりはそう、八つ当たりだ。 「うるさいやーい! 三木の馬鹿」 明らかにムッとした顔をした三木に、私も負けじと不機嫌な顔を返してやった。不機嫌な顔をする三木とは反対に滝夜叉丸 は笑顔をだ。私が三木ではなく滝夜叉丸に助けを求めたのが嬉しかったらしい。 「しょうがないのでこの滝夜叉丸が! 三木ヱ門などではなくこの私が! 今! お助けします!」 「滝夜叉丸はすっこんでろ! 先輩は会計委員の先輩だからな! 僕が助ける!」 何やら二人で怒鳴りあいながら走ってきた。その後を残りの子達が走って着いてくる。二人は大声で怒鳴っているというの に速く。あっという間に目の前まで追いついてきてくれた。 「七松先輩! 先輩を下ろしてあげてください!」 感動しながら滝夜叉丸を見詰める。それに答えるかのように滝夜叉丸は力強く一つ頷いた。左の方から「滝夜叉丸!!!」 と怒り狂った様子の三木が叫んだ。 怒ったように滝夜叉丸が声を荒げたと言うのに、それは七松先輩には伝わらなかったらしい。 何を勘違いしたのか七松先輩は「おっ! 食堂まで競争か? いいだろう!」やけに弾んだ声で言い放った。それとは逆に私は げっそりとした声で「そんなわけないじゃないですか...」と言ってみたが予想通り七松先輩は聞いてくれなかった。 食堂への道中、何度か知った顔に会ったが七松先輩が立ち止まるわけも無いので取り合えず笑って手だけ振っておいた。 取り合えず今日学んだ事は、七松先輩には関わらないでおこう。 (20100111) |