「おい、顔青いけど大丈夫か?」

三郎が私の顔を覗き込むようにしながら問いかけてきた。それに大丈夫。と答えると、三郎は疑わしげに目を細めてジッ と私の事を見た。けれど、諦めたように溜息をついた。それから、無理するなよ。とだけ言った。
今日は五年い、ろ、は組合同の実践の授業だ。内容はいたってシンプルな物で二人一組でペアを組み、一組につき一つ支給 される巻物を奪い合いながらゴールを目指すというものだ。ゴールした時点で巻物をよりたくさん持っていたペアが優勝 ということになるわけだが...。そう簡単にゴールはさせてもらえない。
事前に仕掛けられた罠だらけのコースを辿らなけ ればいけないのだから。何が仕掛けられているのか分からないが、事前に他の学年が好きなように罠を仕掛けたらしい。 つまり、だ。あの立花先輩だって仕掛けたらしいし、一年生の噂のからくりコンビも仕掛けただろうし...。と考えると 決して楽なものではない。立花先輩のあの嬉々とした笑顔を思い浮かべると血の気が引いた。




そして、そんな大事な授業を前に私の体調は悪かった。
それもこれも私が女だからだ。新野先生が言うには私は少し他の女の子たちと比べると、月のものが重いらしい。
けれど、昨日に月のものは終わった。それなのに何故か今日は朝起きてから少し調子が悪く、眩暈がするようなの だ。きっと月のものが原因なんだろうということは分かるがはっきりしたことは分からない。なんてったって、こんな事は 初めてだ。それでも今回の授業は大切だし。何よりも相手のペアである三郎に迷惑がかかる。そう思うと休むわけにも いかず、こうやって出てきたわけだ。
先程から隣の三郎は私を気遣うような視線で何度も見ている。そんなにも私の顔色は悪いのだろうか?
とりあえず時間が経てば直るだろう。と私は気楽に考えた。

「なぁ、誰が一番すごい罠仕掛けてると思う?」

隣のハチが話しかけに来た。そのハチの隣には雷蔵が居て、二人はペアを組んでいる。てっきり雷蔵と三郎がペアを組む ことになるんだろうなー。と思っていたのだが今回のくじで二人は離れる事になった。ハチと雷蔵。私と三郎。なんだか 違和感があるペアになってしまった。兵助はい組なので私たちろ組からは離れた所にいる。離れた所に真っ黒の長く、くせ のある髪が見えた。ふわりとそれは揺れて私が見ているのに気づいたのか兵助が振り返った。手を上げて小さく口角を上げた 兵助に私も手を上げて答える。それに気づいたらしいハチと雷蔵も手を上げた。(三郎はにやにやした笑みを浮かべた だけだった)

「それは...立花先輩じゃない?」

私があの意地の悪い立花先輩の笑顔を思い浮かべながら答えると、すぐに三郎が「いや」と声を上げた。

「一年のあのからくりコンビも相当力を入れたらしい」
「三郎、それは誰情報?」
「庄左ヱ門」
「それじゃあ、確かか...」

ハチが、がっかりしたように肩を落として嘆いた。確かに罠を仕掛けられる側からしてみれば、そんなに力を入れて作って くれなくて結構だ。大きなお世話過ぎる。

「一体どんなからくりか庄左ヱ門から聞き出そうとしたんだが、教えてくれなかった」
「そりゃ教えないだろ」

団蔵から聞いた話では兵太夫と三治郎の二人の部屋は恐ろしい仕掛けがそこら中に仕掛けられているらしい。どこかの床板 を踏むとそこが飛び出てきて放り出されるのだと団蔵が青い顔をして言っていた。他にもたくさん自分が知らない罠があの 部屋には存在しているのだとも...。

「けど、絶対に仕掛けられてる罠、一つだけなら分かるよ」

雷蔵の言葉に三人とも動きを止め雷蔵の顔を見つめる。

「タコ壷」
「あぁ、綾部のな」

ハチがはっきりと分かるほどに肩を落とした。学園中を穴だらけにしているほどにいつもいつも穴を掘っているのだ。もち ろん、いや、絶対に綾部によって掘られた穴はコース内のどこかにある。もしかしたら"どこか"なんてまどろっこしい物じゃ なくて"そこら中"にあるかもしれないけれど...。
そうやって雑談して時間を潰していると先生がやってきた。「静かにしろー!」という声を聞き周りの皆も黙った。

授業の始まりだ。



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私か三郎、どちらが巻物を持つかという最初の重要な話し合いは「今、が持ってるんだし、そのまま持っといて」と言うなんとも あっさりした三郎の言葉で決まった。巻物を装束の中に隠してから出発する事にする。周りの同級生達も次々と森の中に 姿を消していく。山頂付近にゴールがあるらしく、私たちは今からそこを目指すことになっている。

「行くぞ
「へーい」

「...気抜けるなぁ」と半目で三郎に見られたけれど、あまり気負いすぎても逆に悪いと思うのだ。そう反論すると、三郎 はどうでもよさそうな顔をして「へいへい」と適当な返事をよこした。

まず一つ目の罠は良く見なければ気づかないほどに細い糸が通り道に仕掛けられていた。たまたま太陽の光を反射し光った からよかったものの、それでなければ気づかずに足を引っ掛けることになっていただろう。そしたら、何が起こるのか分から ないが、きっと恐ろしいことが起きるに違いない...! 遠くから聞こえた爆発音に冷や汗をかきながら三郎と視線を合わせる。

「もう、戦闘開始か...」
「早すぎないか? もう少し様子を見るもんじゃないか?」
「...じゃあ、罠かな?」

私の言葉に三郎と二人でごくりと唾を飲み込む。それからきらりと光る細い糸に視線を合わせる。...もしかすると、これ も爆発したりするのだろうか。それとも、もっと恐ろしい何かが起きるのだろうか。

「慎重に行こう」
「そうしよう」

二人でしっかりと頷きあい歩を進める。




それからは順調だった。
ゴールまで後半分ほどだと言う時には私の懐には二つの巻物があり、三郎の懐にも一つの巻物が あった。合計で三つの巻物を手にすることが出来たわけだが、他のペアがどれだけ持っているのか分からないのだから、 巻き物の数は多ければ多いほどいい。噴出す額の汗を袖で拭うと、三郎がちらりと私を伺うような視線で見た。
その反応はどうやらまだ私の顔色が悪いからなのだろうと、想像できるが動き回っているからなのか授業開始前よりも自分 では調子がいいと思っていた。心配していた眩暈も感じない。このままなら無事に授業を終えることが出来ると思う。

その時、山頂の方で大きな爆発音がした。視線を三郎と合わせ頷きあってからそこに向かって走る。もちろん罠にも細心の 注意を払いながら。
辿り着いた爆発のあった場所からは、火薬の匂いが辺りに漂っていた。煙の方はもう収まっている。爆発と言うとあの意地 の悪い先輩の顔が思い浮かぶのだが、もしかしたら火薬系の罠は全てあの人なのだろうか...。
手で口と鼻を押さえていると、突然三郎に手を引っ張られた。もつれそうになる足を慌てて動かし三郎の背中を追いかける。 一直線に木に向かっていく所を見るとあの木に登る気らしい。引っ張られていた手が放され、その手で三郎はクナイを持ち、 それを木につきたて登っていく。それに倣い私もクナイを木につきたて登っていく。
三郎から少し離れた枝に腰を落ち着け、 なぜ三郎が突然こんな行動起こしたのかと考え、回りの様子を伺う。
すると、背の高い草陰が所々揺れている。つまりその 中を動物か人間かがいるのだろう。耳を澄ませばキンッと金属音特有の高い音が聞こえた。それからその草陰の中から一人 飛び出た。どうやらあの中で巻物を取り合い戦っているらしい。そして三郎はそれにいち早く気づき、相手に気づかれるよ りも先に連れ出してくれたらしい。現状を把握し三郎に口をぱくぱくさせ「ありがと」と伝えると、「貸し一つ」とこれま た口ぱくで返ってきた。「えー」と口ぱくで返そうとすれば三郎はそれを予想してか、また視線を草陰に戻した。

回り道をすれば今そこで巻物を争奪しているペアからは気づかれずゴールを目指せるかもしれないが、より多くの巻物を手に入れるためには 、巻物を争奪して勝ったペアから手に入れれば最低でも二つの巻物を手に入れることが出来る。つまり三郎はそれを狙って いるのだろう。相手も戦闘をしたばかりなのだから少なからず疲労しているだろう、そこを掠め取るなんて、いかにも忍者 という感じだ。そんなことを考えながら下の様子を見てみると、まだ決着はつかないらしい。
さっきの爆発は多分罠ではなくてこいつらが仕掛けた物なのだろう。三郎はじっと枝の上で身動きしないで下の様子を見つめ ている。私は一度、不安定な姿勢を立て直そうと太い枝の上に肩膝をついて座った。いくら太い枝と言ってもとれる姿勢は 限られている。

その時、目の前を葉っぱが落ちていった。
反射的に幹に手を付いて上を眺めてみる、すると世界が回るような 感覚に襲われた。慌てて視線を真っ直ぐに戻すも、ぐらりと身体が傾くような感覚がした。額に手を置いて瞬きを繰り返す。
――まずい...また眩暈が...。
目を瞑り、しっかりと枝を掴んで落ちないようにする。こうやってじっとしてれば収まればいいのだけれど、さっきよりも ひどい気がする。今にも胃の中の物を戻してしまいそうで、ごくりと唾を飲み込むとやけに大きな音がした気がした。
こんな所で見つかれば不調な自分から巻物を取って行くことなど容易いだろう。それを考えると絶対に見つかるわけには いかない。長く感じる時を、そうやってやり過ごしている時、またも爆発音が鳴り響いた。その大きさはさっきの比では ない。
キーン...と耳の奥が鳴ったかと思うと、さっきまで自分の身体を支えていた手に力が入らなくなった。自分の足が ちゃんと枝の上にあるのかさえも分からない程の強烈な眩暈に襲われる。
それからは浮遊感。
ぐるぐると回る世界に「!」と名を呼ばれたかと思うと世界が黒で塗りつぶされた。





(20100225)