やっぱり、

寝転んで本を読んでいる後ろ姿に静かに近づく。
気づかれないようにと気をつけ近づいたというのに、は敏感に気配を感じ取りその視線を本から俺へと移した。 見つかってしまった、と思わず動きを止めるがはまた何事もなかったかのように本へと視線を戻した。

「無視か」
「あぁ、三郎か。八はどうしたの」

わざとらしい、今気づいたといわんばかりの物言いに、こいつ…と少し睨んでやるが、未だに本から視線を上げないは 気づかない。が寝転んでいる目の前へと腰を下ろすが、ちらりとしか視線を上げなかった。

「また毒虫が逃げたとかでいつもの如く」
「あぁー」

大げさに肩をすくめて見せるが それでもまだ、視線は本へと注がれている。本の世界へと入ってしまっているようでどこか上の空な返答に小さな溜め息を つく。そのまま何もする事がなく時々が本をめくる音しか響かない空間でただ、ボーっとする。 眠気を誘う午後の日差しにあくびが出る、うっすらと目元に涙が溜り目が霞む。だめだ、このままだと寝てしまいそうだ。

「ひま」

自分で思ったよりも大きく声は響いた。 だが目の前のこいつは何も反応を返さずに黙々と文字を辿っている。

「ひ・ま!」

もう一度先ほどよりも大きな声を出し主張する。するとやっと文字から視線を外したが…

「そう」

それだけかよ!

薄すぎる反応に不満を顔に出しを見るが、一つ瞬きをしただけだった。そしてまた下を向く。暇だといっているのに一向 にこちらへと思考を向けるつもりがないらしい。
いい加減に腹が立ち、先ほどからの視線を一身に浴びている本へと手を伸ばし取り上げて閉める。 ぱたん、と音をたててぎっしりと文字が書かれた分厚い本は閉じた。

「あっ!何すんの!読みかけなのに!」

すぐに非難する声が上がるが、先ほどが俺へとした反応のようにまるで何もなかったかのように振舞う。唇を吊り上げ てもう一度言う。

「ひま」

わざとらしく大きな溜め息をつき呆れたようにこちらを見る目など関係ない。暇なんだからしょうがないだろ。 やっとその黒い瞳に自分が映った事に満足する。
諦めたようで、ゆっくりと口を開き自分の目の前の床を軽くぽんぽんと二度叩いた。

「じゃあ、ここに寝転んで」
「…なんで」
「いいから!」

の言うとおりにするのは癪だったが、ほんの少し本を読んでいるのを邪魔したという罪悪感が合った俺は渋々、寝転ん だ。ごつごつと固い床が頭に当たり痛い。不満を隠さずに顔に出すが、目の前で俺の顔を覗き込んでいる顔はにやりと意味 ありげに笑っただけだった。

「そのまま、そのまま」

嬉しげに弾んだ声を出しながら、床を張っては移動しだした。なんなんだまったく、さっぱり意図が読めない。 されるがままにただ寝転び天井の木目を目でなぞっていると、僅かに腹に重さが加わった。
首を上げて、確認すればが自分の腹を枕にして頭を乗っけていた。

「…おい」
「暇なんだったら私の枕にしてやろう、嬉しいだろう?」

はは、楽しそうに笑ってからさっき取り上げたはずの本を手にぺらり、ぺらりと捲り続きを今にも読もうとしている。 そうはさせるかと、腹に力を入れ、膨らませたりへこましたりを繰り返してやる。

「やーめーろー酔う!」
「酔え、酔え!」

ぺしっと軽い音を鳴らし、少しの衝撃が腹に響いた。だが、それでもまだ手には本が握られていて諦めていないらしい。 しつこいな、と思うと同時に絶対に諦めさせてやると思ってしまう。
そうやって攻防を繰り返す事、諦めたのはの方であった。

「もう!」

握り締めていた本がやっと離され、勝った!と口角がつりあがる。それに気づいたが先ほどよりも強く俺の腹を叩いた。 だが、一向に頭をどける様子がない。拗ねたのだろうか。そのまま放っておき、視線をずらせば晴れ渡った空を雀が飛んで いた。ちょうど良く太陽の光が当たる場所に寝転んでいる俺達は(というよりもこの場所はのお気に入りの場所だ) 心地よい暖かさに包まれている。すると、すぅすぅと静かな寝息の音が聞こえてきた、出来るだけ腹を動かさないように顔 を上げると、予想通り眠っているらしい。
これでは動けないじゃないか…。その上に暇だ。
ハァと小さな溜め息が零れる。だけど、どこか嬉しく感じている自分がいる。









「三郎がこんなとこで寝てるなんて珍しいな」
「ホントに」
「これじゃ瞼に目を書かれても文句言えないな〜」
「そういえば俺、この前それされたんだった」
「ぶはっ!…あれな、されてたな!」
「ぶふっ!じゃあ兵助今のうちにやり返ししたら?」
「ちょっと、二人とも」
「そうしよう」

ちょっと墨持ってくる!そう言うと兵助の気配が遠ざかっていく。それが完全に消えてからむくり と起き上がる。いつのまにか腹の上の重みはなくなっている。

「あれ?三郎起きてたの?」
「…あぁ、それより…お前ら」

寝起きだからというわけではない、低い声で睨みつけるとと八左ヱ門はぎくりと肩を震わせた。その様子を雷蔵は ただ苦笑して見ている。

「落書きしたのは俺だけじゃないだろ。いつの間に俺だけのせいになってんだ?」
「…」
「…」
は額に第三の眼とか言って書いてたし、八は瞼に眼書いてただろが」
「いや、けどさ」
「三郎が墨持ってきたし…」
「あほか、お前らも同罪だろ」
「三郎が代表?みたいな感じだから」
「それそれ!代表!」

二人が自分の罪を認めたところで後ろから歩いてきていた兵助の顔を見てみる。それに、まさか自分達の会話を聞かれて いるとは思っていなかっただろう八とも俺の視線を辿っていく。それから徐々に顔が青ざめていくのをいい気味だと 思い眺めていると、怒りのためかぷるぷると握った拳を震わせて兵助が口を開いた。

「…お前らなー!ふざけんな!」
「兵助!落ち着いて。」
「そうだ、まず墨を下ろせ」
「そして深呼吸だ!」
「うるさい!」

そのまま右手に握っている硯を振りかぶった。中身に並々と入っていた黒い液体は宙を舞い俺たちが座っている所へと飛ん できたが、そこは忍者を目指しているだけあってすばやい動きで皆一瞬にして避けた。
それが、また兵助の癪に障ったようでふるふると拳を震わせたかと思うと、走ってきた。その手には見間違いでなければ 手裏剣が握られているように見える。雷蔵だけは変わらず縁側に腰掛けている。

「ちょー!雷蔵ー兵助止めてー!」
「えぇー」
「うおっ!手裏剣投げてきやがった!本気だぞ!」
「お前らのせいで学園中の笑いものになったんだぞ!」
「いやー、ホント面白いほど気づかなったよなー」
「三郎ー!!」
「三郎!余計な事言うな!」
「ばか!」
「平和だなぁ」





(20080923)