下で巻物の取り合いをしていた二組の内、い組の奴がこのままでは埒が明かないと思ったのか、焙烙火矢を取り出し相手に 投げつけた。鼓膜が破れそうな爆発音が耳をふさいでいても聞こえた。これは避けられなかったら、ひどい事になって るだろう...と目を開けば、相手は無事に逃げ切れたらしい。爆発に乗じて逃走を図ったらしく、見えるのは後姿だけだった。 それをい組のペアが追いかけていく。
せっかく決着がついたところを狙ってやるつもりだったのに...。作戦(作戦もなにもないが)がパァだ。
どうしようかと、相談するつもりで視界に入らなかったに視線を移した。

「...っ!」

一瞬、目の前の出来事を理解できなかった。そして情けない事に、が落下していくのを見ながら俺が出来た 事はというとの名を叫ぶ事だった。すぐに、どさっと鈍い音がしては地面の上に落ちた。
ばくばくと、やけにうるさい心臓を邪魔くさく感じながら俺も地面に向かって身体を落とした。依然、はぐったりと 力の抜けた身体で地面に横たわっている。
覗き込んだの顔色は真っ白で唇は紫色に変色していた。

「おい、!」

見たところ外傷はない。だが もしかしたら落ちた時に頭を打ったかもしれないと思うと下手に動かす事も出来ず、馬鹿みたいに名を呼んでいると肩を 掴まれた。
人の気配に気を配る事も出来ないほどに混乱していたらしい。振り返ると雷蔵が驚いたように目を見開いて を見ていた。

「三郎! どうしたの?」
!?」

その後ろのハチも驚いて半ば叫ぶようにの名を呼んだ。雷蔵がどうした、と聞いてくるが俺には何も分からなかった。 気が付くとが気を失っていたのだ。

「分からない! 気付いたら落ちていったんだ...外傷はないが、もしかしたら頭を打ったかもしれない」

そこまで話すと雷蔵は迷うそぶり一つ見せずにきっぱりとした口調でハチに向かって怒鳴った。

「ハチ! 新野先生呼んできて!」

あまりにも鬼気迫るような雷蔵の様子にハチは一瞬、うろたえた様だったがすぐに力強く頷き「分かった!」と言う返事を 残し走っていった。ハチを見送ってから雷蔵はまだ気を失ったままのに視線を戻した。
その表情は、眉が寄せられ額には汗が噴出し顔色はなくて苦しげだった。雷蔵は一度手での額に手を置いてその汗を 拭ってやった。それから難しい顔をして呟いた。

「苦しいのかな」

それに同意するつもりで頷けば雷蔵はの装束の腰紐を解いた。それから胸元を開けて黒の中着をたくし上げ、の腋の下から腹まで巻かれて あるさらしに眉を寄せた。
流石に毎日巻いているだけあってきれいに巻かれてある。だが、ぴっちりと巻かれたそれは少しの 余裕もなく体を縛っている。こんな巻き方をしていれば苦しいに決まっている。
それから小さく雷蔵は「ごめん」と謝ってから持っていたクナイを取り出した。それで、きっちりと巻かれ てあるさらしを裂くつもりなのだと理解した時にはすでに雷蔵が戸惑いのない手で裂いた後だった。


「...え」


隣の雷蔵が小さく呟いたのをどこか遠い所で聞きながら、俺は呼吸を止めた。

さらしの下には男にないはずの膨らみがあったのだ。

思わず二人で顔を見合わせると、雷蔵はぱかりと口をあけていた。多分、俺もまったく同じ顔をしているだろう。
もう一度、下を見ると確かにには胸があるのだ。それからの俺の行動は素早かった。というか勝手に手が動いたのだ。 たくし上げていた中着を引き下ろし装束を整えた。見かけには元通りになったが、それでもいつもはないはずの胸の膨らみ があるのが分かる。雷蔵が開けっ放しの口を何度か開閉させ(言葉を探しているのか、声が出ないのかのどちらかだと思う が)ごくりと一度、喉を上下させ、やっとといった具合に口を開いた。

「...僕の見間違い...じゃないよね」
「いや、見間違いじゃない」

見間違いなら良かったんだけどな。とは言えなかった。そんな言葉はのことを否定しているような気がしたから。


くんは?!」

暫くどうする事もできず二人で黙りこくっていると突然第三者の声が割り込んできた。そしてまたも俺は周りに気を配れて いなかった。それどころかまるで、まずい所を見られたみたいにビクリと身体が大きく揺れた。そして、それは目の前の 雷蔵も同じだった。を挟んで雷蔵と座り込んでいるところに善法寺先輩がやってきて座り込んだ。急いで来てくれた のだろう、息を切らせている。
そこで俺は握りこんだ手の中が汗でぐっしょりとしている事に気づいた。気持ちが悪い。

「新野先生は一年生の授業に同行しているんだ」

だから僕が来た。そう言いながら先輩の視線はに向いている。
ふ、と善方寺先輩の動きが止まったので、俺と雷蔵は焦った。雷蔵が何故焦ったのかは分からないが、多分俺と同じだっ たと思う。
――が女だとばれる――
今、知ったばかりの真実を隠さなくては、と思ったのだ。だが、焦る俺たちを気にする様子も無く善法寺先輩は何事もなかったかのように、の 頭を調べ始めた。

「血は出てないな...。けど強く打った可能性もあるし...」

善法寺先輩はぶつぶつと呟きながらの頭を触っている。それを雷蔵と俺は聞き逃すまいと耳をそばだてた。はされ るがままに目を瞑り起きる気配が無い。
その間にどうやら置いていかれたらしいハチが荒い息をしながら長い竹の棒を持ってやってきた。よく見ればそれには白い 布が括りつけられている。
それをの隣に置くように指示を出し善法寺先輩がそれにを動かさないようにしながら乗せるようにと言うのでそれ を手伝う。これは担架らしい。善法寺先輩がの頭の方に周った。

「悪いんだけど一人運ぶの手伝ってもらっていい?」
「はい」

ハチが行こうとするのを手で制止し、このまま授業に出てくれと言って善法寺先輩とは反対のの足の方に周り竹を 両手に掴んだ。「それじゃ行くよ」善法寺先輩の言葉を合図に持ち上げたは予想以上に軽かった。





(20100321)