学園までは遠い。
まず山を降りなくてはならない。手の中に汗をかいていて、今にも掴んでいる竹を滑って離してしまいそうで、俺は手により 力を入れた。善法寺先輩も俺も先程から一度も声を発していない。出来るだけ早く学園に、という気持ちばかりが先走りして 思うように早く走れないのが歯がゆい。
そろそろも起きてもよさそうなものなのに瞼は依然きっちりと瞳の上に覆いかぶさっている。ちら、と視界に二つの 膨らみが見えて俺は反射的に視線をそこから逸らした。

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やっと学園が見えてきた。
息を吐いてから門の方に視線をやるといつものように小松田さんが掃き掃除をしていた。こちらには気づいていないらし く、ザッザッと箒が地面の上を滑る音が聞こえる。

「小松田さん!」

善法寺先輩が突然大きな声を出したので、思わずびくりと肩が揺れる。けど小松田さんはそれだけで済まなかったらしい 「ひぇっ!」という声が聞こえたから相当驚いたらしい。それからいつもの間延びした声で「あれ? 善法寺くん?」と 言う頃には小松田さんのまん丸にした目がはっきりと見えていた。小松田さんはそのまん丸の大きな目を善法寺先輩、俺、 と見てから次に未だ目を瞑ったままのに視線を移して、今まで以上に目を大きく開いた。

くんっ?!」

動揺した小松田さんは叫ぶようにそれだけを言った。俺はあまり眺められては、いくら小松田さんが鈍くてもの"変化" に気づくのではないかと肝を冷やしたのだが、善法寺先輩が立ち居地をずらし自分の後ろにを隠した。
もしかするとこの人も俺と雷蔵と同じ事を考えているのだろうか?
俺からの位置では善法寺先輩がどのような表情をしているのか確認できず、後姿しか見えなかった。そのまま先輩は新野先生 を呼んで来てほしいと言った。小松田さんは、まかせてっ! と大きな声で返事を返したかと思うと、箒を投げ捨てて走って いった。

「僕らは保健室に行こうか」

善法寺先輩に頷いて返事を返すと、少し離れた所から、いたっ! と言う声が聞こえた。どうやら小松田さんがこけたらしい。 ...大丈夫だろうか。俺の不安を感じたのか「小松田さんもやるときはやってくれるよ」と言う善法寺先輩の言葉が聞こえた。 それに、はぁ。とだけ返し保健室を目指して足を進めた。

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は結局、一度も目を覚まさなかった。保健室の布団の上に降ろしても身動き一つしない。いつものこいつを考えれば それはありえないことだ。

「助かったよ」

突然始められた会話に一瞬完全に思考が追いつかなかった。
あぁ、ここにを運び込んだ事か...。やや遅れて頭が回転し始める。

「いえ、当然です。」

と言うよりもこちらがお礼を言うべきなのだ。そう言おうとして俺が口を開くよりも早く善法寺先輩がまた喋り始めた。

「それじゃ、鉢屋は授業に戻って」
「...いえ、ここに居ます」

まさか授業に戻れだなんて言われるとは思わなかった。首を振って拒否すると先輩は困ったように眉を下げた。

「けど、今は実習中だろう? 先生に伝えてこないと...それに失格になるよ?」

その言葉と同時に先輩が懐を探り、二つの巻物を投げて寄越した。反射的にそれを受け取れば、それはが持っていた巻物 だと分かった。
このままだと俺たちは授業を無断で抜け出し失格になるかもしれない。そうすると、何もかもが 無駄になる。
視線を巻物からの顔に移すと、善法寺先輩が俺が何を考えているのか読み取ったように「ほら」と 急かす。どうするべきかと考え戸惑ったが、俺がここに居たとしても何の役にも経たない。それなら授業に戻ったほうが いいに決まっている。

「それじゃあ、すみません。の事頼みます。」

立ち上がり、頭を下げながら言うと善法寺先輩は驚いたように目を丸くしていた。その反応に、失礼な。俺だって頭を下げる ことぐらい出来る。と思い、眉を寄せると善法寺先輩は取り繕うように手を振った。

「まかせて」





(20100330)