先程よりも随分と楽な表情でくんは眠り続けている。そろりと手を伸ばし触れた額は汗もひいて、ひんやりとしていた。 新野先生がこちらに来てくれるまではくんが倒れた理由について確信できないけれど、それでも確信に近い結論が僕の 中では出ていた。せっかく眠っているのに悪いな、と思いつつくんの下まぶたを見てみるとそこはやはり予想したとおり白かった。 顔色も真っ白で本当に血が通っているのかと疑いたくなるほどだ。それに鉢屋に聞いた話だと朝から体調が悪そうだったと いっていた。それに......視線を下ろすと二つの膨らみがあるのが分かる。

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新野先生が一年生の授業に同行する事になったので保健委員長として僕は先生の代わりを務めるため朝から保健室に待機していた。
忍者の学校なのだから怪我をするのはよくあることだけど、今日は珍しく朝から誰も来る様子がなく、ひやかしにやってき た留三郎と仙蔵(珍しい組み合わせだ)以外には保健室の戸を叩く人が居なかった。三人で他愛もない話をしていた時だ、控えめに 戸が叩かれた。入ってきたのはくのたまで、僕以外に二人いることに戸惑ったような様子だった。

「あの、新野先生は?」

小さく呟かれた言葉、前にもこんな事があったと既視感を覚えつつ居ない事を伝えるとくのたまは言おうか言おうまいか迷ってい る様子で恥ずかしそうに口を結んだ。それで「あぁ。」と思い当たった僕は薬棚を探り、目当ての物を彼女に渡した。すると やはり僕の予想は当っていた様で「ありがとうございます」と呟き彼女は保健室を去っていった。

「なんでくのたまが何も言ってないのに分かったんだ? 伊作」

感心したように尋ねてくる留三郎は本当に何も分かっていないらしい。まぁ、保健委員でもないのに分かれと言うのが難しい か、と思ったところで、だが保健委員でない仙蔵には分かったらしい。鋭い視線で留三郎を見てから茶を一口啜った。

「鈍いな、お前は」
「なんだよ! じゃあ仙蔵は分かったのかよ」

ムッとした様子の留三郎に仙蔵はなんの感慨も無いようすでさらりと答えた。

「月のものだろ」

仙蔵の答えにぱかりと口を開けたかと思うと、みるみるうちに留三郎は顔を真っ赤に染めた。初心だなぁ、と苦笑を浮かべる と留三郎は気を悪くしたらしく拗ねたように「帰る」とだけ言い、ぴしゃりと戸を閉め出て行った。それに仙蔵も立ち上がり「私もそろ そろ帰ることにしよう」と言って出て行った。途端、静かになった保健室に残されたのは僕と飲みかけの茶が入った湯のみ が三つで、それを片付けながら僕は先程くのたまが来た時に感じた既視感について考えた。
大体のくのたまは僕に月の薬なんかを貰うのをすごく嫌らしく、絶対に新野先生が居ないかと尋ねるのだ。(まぁ中には 堂々と言ってくる子達もいるけれど...)そこで居ないと答えれば、皆言いにくそうに口ごもる。...とそこまで考えて既視感 を感じるのも当然かと納得した。だが、どこかまだひっかかる。

「うーん」

首を捻り、保健室の戸を見つめる。そうやって少しの時を要してようやく頭に閃いた。
そうだ、そうだ。くのたま以外にも、もう一人結構な割合で現れる子がいた。くんは、ついこの間もやってきて薬を飲んでいった。 そこまで考えはた、と気づく、そういえば一月ほど前にもやって来ていた。その前はどうだったか...と考えるとくんが来た前の日 がちょうど実習で、その時に負った頬の切り傷の理由をくんに尋ねられたこともあり覚えていた。
そこから以前は覚えていなかったが、その三ヶ月の期間の間から考えると確かにくんが保健室に来るのは月の終わりに 集中している。

細すぎる体に、他の子達と比べると骨ばっていない骨格、下を向くと頬に影を落とす睫毛...色々なことをそういえば、と 思い出す。そして線と線が繋がったように頭の中に一つの答えが浮かび上がってきた。
けど、まさか、そんなわけは...
自分の答えが信じられず、何度も考えを打ち消そうと首を振るけれどそれは叶わなかった。

「新野先生!」

戸が乱暴に開かれる音と叫び声のような声にハッとして振り返ると、肩で息をしている竹谷が立っていた。必死の形相に咄嗟に 何かあったのだと察知すると、部屋の中を見回していた竹谷の視線が僕に突き刺さる。

「善法寺先輩! 新野先生はいないんですか?!」
「一年生の実習に同行されてるけど...何があったの?」
が木の上から落ちたんです! それでいま気を失ってて...」

その言葉に驚きながらも必要そうな物を考え、僕は救急箱を竹谷には担架を任せ、さっきの考えは振り払い走った。
見覚えのあるそっくりな後ろ姿を見つけて走り寄ると、鉢屋と不破はどちらも同じように全身を強張らせた。それには構わず 、くんに視線を落とすとはっきりと見える胸があった。けれど僕は驚かなかった、むしろやっぱりそうだったのかと納得 した。
どういう理由でくんがそれらのことを隠しているのか僕には分からないけれど、くんが僕を信用して慕ってくれてい る事実は変わらない。だから僕はくんに騙されていたなんて憤りを感じずにいた。





(20100404)