「落ち着いた?」

笑みを浮かべながら尋ねてくれた善法寺先輩の声音は気遣うように優しかった。泣きすぎて熱っぽく感じる頭で頷くと、 手に湯のみを持たされた。中にはたっぷりの水が入っている。

「出しちゃったから、その分取り戻さないと」

ハチがいつか言っていた事と同じだと思い、少し笑うと先輩は不思議そうな顔をした。
湯呑みに口を付け、中の水を飲むと自分で思っていたよりも喉が渇いていたらしくすごくおいしく感じた。袖で口を拭う と先輩が私の手から湯のみを持っていった。それから何かの薬を探しているらしく、薬棚の方へと歩いていく。その後姿を 見ながら、私は今後の事について考えた。
さらしを破られたということは間違いなく私が女だという事に気付いたはずだ。
どう思っただろうか、五年間男だと思っていた友が女だと分かり。善法寺先輩は心配していたと言っていたが、私が倒れた ということにだけにしか、その時は目が向かなかったのかもしれない。それなら徐々に冷静さを取り戻した今頃は騙されていた、と いうことに怒っているかもしれない。そう考えると友であるはずの三郎に雷蔵にハチに兵助に会うのが怖くなった。

「はっきりとは言えないんだけど...」

ついつい考えに没頭してしまっていたらしい。いつのまにか善法寺先輩が隣に座っていた。盆の上には何かの薬と思われる ものが置かれている。毎月飲んでいる薬の味がじわりと舌の上に広がった時の味を思い出し、私は口を曲げそうになった。

「今日くんが倒れたのは貧血だと思うんだ」
「...貧血」
「うん。血が足りないってこと」

血が足りない...というと思い当たるのは、つい最近までなっていたアレだろう...。任務でも大怪我をして血が足りなくなる と命に関わると言う事は知っていたが、二つのものは別物だと思っていた。冷静に考えればそんな事ないだろうに...... これからは気をつけよう。と考える。

「それで、貧血だったら一応この薬を飲んでもらうことになる」

そう言って盆の上に乗っているそれを先輩は指差した。思わず顔を顰めると先輩は「いつものよりは苦くないと思うよ」と 笑った。恥ずかしくて誤魔化す笑みを浮かべると先輩も浮かべた笑みを深めた。
善法寺先輩は人を安心させるのがとても上手い と思う。さっきまで恥ずかしくも取り乱してしまったというのに先輩は動揺した様子も見せずに私を落ち着かせてくれた。 騙していたというのに、先輩の態度は私が男だと思っていたときから一つも変わらない、その事実に私は感謝してもしきれ ないと思った。そして、受け止めてくれた先輩には話すべきだと思った。今まで隠していた全ての事を。

「善法寺先輩」

意を決して口を開く。先輩は「ん?」と優しく答えてくれた。

「聞いてくれませんか」

それだけしか言っていないというのに私が何を聞いて欲しいのか先輩は分かってくれたようで頷いてくれた。

「うん。けど僕よりも先に話すべき人たちが居るんじゃない?」

話すべき人、といわれて思い浮かぶのはもちろん決まっている。勝手に頭にはそれぞれの面々が浮かぶ。

「入ってきなよ」

まるですぐそこに居るかのように呼びかける善法寺先輩に驚くと、戸から雷蔵が苦笑を浮かべて入ってきた。気配も何も 感じなかったので驚き、息をヒュッと吸いこんだ。雷蔵に続いて入ってくるのは表情の読めない三郎に苦笑を浮かべたハチ といつもと同じように見える兵助だった。心の準備も整っていないうちでの対面に私はどうすればいいのか分からなくて 焦った。思わず善法寺先輩に救いを求めるかのように視線をやる。

「それじゃあ僕は外で待ってるから」

笑顔で告げた先輩はそのまま戸から出て行った。タン、と戸の閉められた音が響き保健室の中には私が"話すべき人"であ る四人と私で閉じ込められた。布団の周りを囲むようにして四人が座ったのを横目で確認しながら私は胃がざわざわと 落ち着かないのを感じた。話をするにしても最初に謝らないといけない、からからに乾いた喉が痛むのを感じながら口を開 いた。

「体、大丈夫だったの?」

だが、声になる前に雷蔵が私の顔を覗き込みながら心配そうに尋ねたことによって、言葉はまた私の喉の奥に逆戻りした。 てっきり一番最初に聞かれるのは私の性別についてだと思っていたので、少し拍子抜けしながら頷いた。

「ありがとう。もう大丈夫...貧血みたいだって」
「そう、顔色も倒れた時よりだいぶ良くなったね」

にこにこと笑顔を浮かべながら喋る雷蔵はいつもと同じで、どこも変化が見られない。手を伸ばしてきた雷蔵に思わずきつ く目を瞑ると予想に反して雷蔵の手は優しく私の髪を撫でただけだった。そろりと目を開くと雷蔵は苦い笑みを浮かべていた けれど、手の動きは変わらず優しい。本当に雷蔵は心配してくれてたというのが伝わってきて私は涙が浮かびそうになるの を堪えないといけなかった。
それから話そうと思った。全てを。





(20100425)