目の前が眩い光りで覆われた。
気が付くと、ぬかるんだ道の上に倒れていた。体中を激しく打ち付ける雨と誰かの声が聞こえたかと思うと私は意識を手放した。


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目が覚めると暖かい布団の中に居て、隣には知らない人が居た。私が目を覚ました事に気付いたその人は大きな手で私のおでこ に触れて「熱はないな」と呟いた。

「名前は?」
「...、です」
「わしは大木雅之助」

名前を言い合うだけの簡単な自己紹介の後に「腹減ってるだろ」の言葉を残して、その人は部屋から出て行った。一人残さ れた私はきょろきょろと部屋の中を見回してみる。
今は夜のようでゆらゆらと心許無い灯が部屋の中を照らしていた。 電気じゃないことに驚き天井を見上げるも、そこには何もなかった。テレビの中の時代劇などで出てくる部屋にそっくりで 物珍しさから部屋の中の隅々まで視線を這わせた。

「なんだ、そんなに珍しいか」

突然掛けられた声にどきりとして振り返ると、さっきの人がお盆を持って立っていた。その表情には笑みが浮かんでいたの で怒られるわけでないのだと判断した私はとりあえず安堵の息を吐いた。

「...だってこんなのテレビでしか見たことないもん」

それから、からかわれたと思った私は少しばかりむくれて返答した。

「てれび?」

不思議な音の響きを聞いたように目の前で首を傾げる人に私も一緒になって首を傾げた。


そこから色々な話をしていくうちに様々な大きなズレを発見した私はここが過去である事に気付いた。
私は未来から来たのだ、この世界に家なんてものがあるわけもなく、家族ははもちろん知り合いさえも居ないという事実に 子供ながら恐怖を感じた。ぽっかりと開いた暗い穴の中に落とされたかのような感覚に、泣く事さえ出来ず、頭の中が真っ白 になった。どうすることも出来ず、立ち止まるばかりの私に手を差し伸べてくれたのは大木先生だった。

「行く所がないならここ――忍術学園――に居ればいい、乗りかかった船だからな、学園長にもわしが話してやろう」

その先生の言葉に頷き、私は忍術学園一年生に途中編入する事になった。
正直、忍者でも何でも良かった。この世界で唯一頼る事の出来る大木先生が居る、その上に自分の居場所が出来るのだから。 忍者というものが具体的に何をするのかも知らないままに私は忍たまになったのだ。けれどいざ、忍たまとして忍者を目指す ようになるとそれがどういったものであるのか徐々に理解してきた。そして、生半可な気持ちで忍者になろうとして いる自分を恥じた。回りには本気で忍者を目指して忍たまになった子がいて(中には行儀見習いとして来た子もいたけれど) 私は中途半端に一時の逃げ場所として忍たまになった自分が恥ずかしかった。
それから決意したのだ、本当の意味で忍者を目指す ことを。
胸のうち全てを大木先生に吐露した時、先生は無理はするな。と私の背を押してくれた。
いつも励ましてくれ、時には厳しく、他の忍たまにも好かれている先生に私は当然憧れていった。
――大木先生のような忍者になる。
それが私の目標になった。それからは周りの同級生との遅れを取り戻すため、目標に近づくため、がむしゃらに自分の体を 省みないで前ばかりを気にして私は一年生の終わりごろに倒れた。


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目が覚めると暖かい布団の中に居た。まるで始めてこの世界に来た時と同じだ、と思ったが隣にはあの頃は知らない人だった が今ではよく知っている大木先生が居た。心配そうに眉を下げて私の顔を覗き込んでいる姿に小さく笑う。忍者は簡単に感 情を出してはいけない、と教えてくれたのは先生だったはずなのに。そう思って笑うと先生は腹が立ったようで私のほっぺ たをつねった。大して痛くはなかったが、それでも抵抗する意味を込めて先生の腕を軽く叩く。けれども先生はいつもの ように生意気だなんだのと難癖をつける様子もなくじっと私の顔を見ていた

「三日も寝とったくせに......心配させおって」

それから頭を撫でられた。そうして初めて私はここ最近大木先生に頭を撫でられているのはおろか、話をしたのでさえ久しぶり であることに気付いた。それほどまでに焦っていたのだ。自分を省みないどころか周りさえも見えていなかった。

「...ごめんなさい」

涙混じりの謝罪を先生は笑って受け止めてくれた。
すっかり涙が頬をかぴかぴにさせた時に先生は何気ない様子で、そういえば、と口火を切った。

は女だったんだな」

今日の晩ご飯の献立を話すかのような気軽な感じに、本当に何気なく先生は言った。
驚いたのはこっちだ。まさか男に思われて いるとは思ってもいなかったのだから。

「し、知らなかったんですか?」

おそるおそる尋ねる私に先生は当たり前だと言うように「知らんかった」とだけ答えた。そこで約半年間にわたる勘違いに 気付いた先生は困ったように頭を掻いた。髪が短すぎるから......などとぶつぶつと呟きながら腕を組んで思案している。

「...今からくの一教室に編入する...」

ぶんぶん思い切り頭をふり、提案を拒否する。

「...わけないか」

くの一と忍者では大きな差があることには忍たまになってよく理解している。すでに大木先生のような忍者になる! と目 標を掲げ体に無理をしてまで目標に少しでも近づこうとしてきた私の姿を知っているからだろう。先生はそれ以上、私にく のたまになることを進める事をしなかった。
手違いは学園の責任でもあるし、と半ば無理やりな理由で先生は学園長に話を通してくれた。学園長もまさか私が女だとは 思わなかったらしく驚いていたが、よく考えればなんて失礼な話だ。
女だからといって特別扱いはしない、という当たり前すぎる条件を受け入れただけであっさりと私は正式に忍たまとして 忍術学園に通う事を許された。





(20100505)まだ続きます。