私は記憶にないのだが雷と一緒に落ちてきたらしい。
何もなかった道の上に突如雷が落ちたかと思うと私が居たのだと目 撃していた大木先生が言っていた。ちょうど先生は二年生の実習でマラソンを行っていたらしい。すると雲行きが怪しく なったものだから一旦引き上げる事にしたのだが一足早く雨が降り出し、大急ぎで学園への道を帰っていたのだと言っていた 。生徒全員がちゃんと学園に帰り着けるように先生は最後尾を走っていた。するとそこに雷が落ち、私が現れたというわけだ。

「あの時は驚いた」

何とも淡白すぎる感想は、きっと私が動揺しているのが分かったからだろう。先生は、不思議なこともあるもんだー! と 豪快に笑ってそれきりだったが、一緒に目撃した生徒はそうはいかなかったらしい(当たり前だけど。)悪意のある言葉を日々 、投げかけてきた。噂というのは広まるもので、雷と一緒に落ちてきた気味の悪い奴で、未来から来たという嘘を ついているらしい。というの紹介文は瞬く間に学園内に広まった。
すると"異物"を排除しようとする者、"異物"に関わらないでおこうとする者の二つに分かれた。
どこに行っても居場所が無いと感じる私は休憩時間になると教室を飛び出し、大木先生の傍に居るか誰にも見つからない場所 に居るかのどっちかだった。出来るなら誰とも係わり合いになりたくなかった。関わっても自分が傷付くことになるのは目に 見えて分かっているのだ。ご飯を食べる時も人が居なくなる時まで待った。先生と食べる時もあったがおばちゃんと食べる 時もあり、唯一楽しいと思える時間だった。
そんな時、転機が訪れた。
その日は一人でご飯を食べていた。おまけにとおばちゃんが付けてくれたから揚げを嬉しく思いながら食べていた時だ。

「あー腹減った」

突如聞こえた声に体が反射的にびくりと震える。すると食堂に誰かが入ってきた。この時間帯に食べに来るなんて! と 思いつつ急いで残りのご飯を口の中に突っ込む。

「あっ! !」
「むほっ!」

急に名を呼ばれたことにより、入ってはいけない器官に米粒が入ってしまったらしい。苦しくて咳を繰り返しながら水で 流し込もうと考えたのだが手を伸ばした湯呑みの中身は空っぽだった。ごほごほと激しく咳き込むと誰かの手が優しく私 の背を撫でてくれているのに気付いた。それから目の前に水がたっぷりと入った湯呑みを差し出され、ありがたくそれを 受け取り口を付ける。慌てすぎたのか口から大量の水が零れたが、そんなことに気をまわしている余裕などなかった。
湯呑みの中身が空になった時には苦しさも和らいでいた。
そこでやっと気付いた。背中を擦ってくれていたのと、水を渡してくれたのは私と同じ色の装束を身に纏っている子たちだ と。途端に胸の奥がざわざわと騒ぎ出し、不安で押しつぶされそうになる。
――この子達もきっと私の事を良く思っていない。
確信に近い予想だった。何しろここでは私に友好的な人を探すほうが難しいのだから...。

「...ありがとう」

とりあえずお礼の言葉を言ってから続きのご飯はどこか違うところで食べよう。そう思い、盆を持って立ち上がった。
助けてもらっておいて失礼だとは思ったけれど、どうしても顔を上げる事が出来ずに私は俯いて盆の中のものに視線を 落としたままだった。

「どこ行くんだ?」

髪がぼさぼさの子がわざわざ屈みこんで私の視界の中に映りこんで来た。驚きびくりと体を強張らせる。だが、相手は気にした様子など なく食事中だというのに席を立った私を不思議そうに見つめていた。そこには嫌悪や悪意に満ちたものでも、係わり合いに なりたくないとよそよそしいものでもない極々普通の瞳があった。そのことに驚きつつ言葉を紡ぐ。

「...向こうで食べようと思って」

自分で思ったよりも弱い声が出た。

「なんでわざわざ向こうに行くんだ?」

黒髪の睫毛の長い子が、意味が分からないという風に言う。私が答えるよりも先に少し呆れた調子で髪が茶色でふわふわ した子が答える。「色々あるんだよ」するともう一人、今喋った子と瓜二つの子が口を開いた。そっくりな外見をしている ので双子なのかもしれない。

「誰かと食べる約束をしてるわけじゃないんでしょ?」
「...うん」

居心地の悪さを感じながら頷く。

「それなら一緒に食べようよ」
「え、」

サッとぼさぼさの髪の子にお盆を持っていかれる。それから先程まで私が座っていた場所に盆を置くと、椅子を叩いて座るように 急かしてくる。「ほらほら、座って」と双子の子に背を押され、半ば無理やりに元の位置に座らされた。
すると私の周りに四人は座り始めたのだ。まるでいつもこうやって食べているという感じに極々自然な様子だった。
急すぎる展開におろおろとする私は助けを求めて視線を食堂内に彷徨わせた。するとカウンターに頬杖を付いておばちゃん がこちらを見ていた。不安でしょうがない私におばちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべただけだった。
何故おばちゃんが笑っているのか私には理解できなかった。助けてほしいと必死に合図を送るも、おばちゃんはにこにこしたまま 奥のほうに引っ込んでしまった。

「おれ、と話すの初めてだ」
「誰も話したことないだろ」
「おれはい組だから話したことないけど、同じ組なのにお前ら話したことないの?」

黒髪の子がただでさえ大きな目をもっと大きくして驚いた様子で話す。その話の内容に居心地の悪さを感じて盆の中に 視線を落とす。(そして黒髪の子以外は私と同じ組であるという事実に今更ながらに驚いた。)それから出来るだけ早く 盆の中のものを片付けてここを立ち去ろうと思い、箸を手に持った。

「ねぇ、ぼく不破雷蔵って言うんだ」

隣に座っていた双子のうちの優しい顔つきをした子の方が話しかけてくる。にこにこと感じのいい笑顔を浮かべて話しかけて いるのは間違いなく私だ。慣れない出来事に面食らう。今まで自己紹介をしあったのは大木先生に会った時以来だった。 それに私はここで有名人だ。自己紹介をしなくても学園中が私のことを知っている。

「おれは竹谷八左ヱ門!」
「久々知兵助」
「鉢屋三郎」

名前を言い合うだけの本当に簡単な自己紹介だ。それでも私にはすごく意味のあるものだった。
表情はそれぞれ違うものだけれど次は私の番だと、みんなの視線が言っている。なんだか目の前が揺らいで見える。 それをどうにか飲み込んで私は口を開いた。

「...

掠れた声が出たことには気付かれなかっただろうか。


.
.
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それからというもの、私は四人と一緒に行動を共にするようになった。
授業が終わると教室を飛び出すという事もなく、大木先生の元を訪ねる回数も減った。私は初めての友を手に入れることが出来た のだ。だが、そうやって親しくなり、私たちの間の絆が確かなものへとなっていくと同時に大きな不安が胸の中を渦巻いていた。
――もしも私が女だと知られればこの関係は終わってしまうかもしれない。
それも私が男装している理由といえば、なんとも自分勝手なものだ。我侭と言われても反論することは出来ない。 ハチも雷蔵も三郎も兵助も、騙されたと怒り、私の事を許してくれないかもしれない。その不安はいつだって頭の中に巣食っていた。 だからといって嫌われてからでは遅い、と自分から四人の元を離れようとは思わなかった。その決心が出来ない所が私の 悪い所だ、それは十分に理解している。

それでも一度、友の素晴らしさを知ってしまえば決心することが出来なかった。





(20100516)