「...ごめん、今まで騙してて」

ここで泣くのはお門違いだ。ぐっと涙を飲み込み、声が掠れてしまいそうなのを耐える。
全てを話し終わった今、保健室の中は沈黙に支配されていた。あまりにも静かで耳が痛くなりそうだ。皆がどのような表情 をしているのか確かめる度胸がない私はじっと膝の上に握った自分の拳を見つめながら頬の内側を噛んだ。
――だめだった。
正当な理由があって私は忍たまになったわけではないのだ。言ってしまえば私の我侭。だから四人を責めることはお門違いなのだ。 ごくり、唾を飲み込むとやけに大きく聞こえた。いつかこんな日が来るかもしれないと何度も、何十回も考えて来た。 そしてその時が来た日には何と言うのかも考えていた。
その言葉を今、言うのだ。

「...本当は、けじめをつけて学園から出て行くべきなのだろうけど、私はどうしても忍者になりたい。それで自分勝手な 頼みだとは分かっているんだけど、学園を卒業するまでここに居てもいいだろうか...。これからは皆の前にも出来るだけ 姿を表さないようにするから、卒業するまでここに居させて欲しい...」

本来ならば潔く皆の前から姿を消すのが一番の方法であるだろうことは分かっている。それだけの事を私はしてしまったのだ。 だが、忍者になるという唯一の目標を取り上げられると、そればかりしか見てこなかった私はどうすればいいのか分からない。 この世界に来て私が学んできた事は忍者になるためのものばかりで他の生き方が全く見えないのだ。これだって皆からすれば自分勝手な言い分だ。 果てしなく感じる沈黙に息が詰まりそうになり、私は焦り、頭を下げた。

「...お願いします」
「「!」」

雷蔵とハチが咎めるように私の名を呼び頭を上げさせようとする、けれど本気で言っている事なのだと分かって欲しくて 私は頭を上げなかった。その時、兵助が静かな空間の中で声を上げた。

、勘違いしてないか?」

兵助の声に反応して視線を手から外す。見るとこちらを見ていたらしい兵助と視線がぶつかった。真っ直ぐな目に思わず視線 を外したくなる。その衝動を抑えて私も真っ直ぐに兵助を見て姿勢を正した。

「さっきから聞いていればお前だけが俺たちの事を大事な友なのだと言っているように聞こえる。一方的にお前だけが俺たち を仲間だと思い込んでいて、俺たちがを仲間だとは思っていないみたいに」

やや怒気を孕んだ兵助の声は苛立っているようでもあった。それでも口調は淡々としたもので、私に言い聞かせようとして いるのが分かる。

「お前が俺たちを大事に思ってくれてるように、俺たちもの事を大事だと思っている」
「...うん」

独りよがりな思いではない、私と同じように感じてくれているのだと、兵助に言われて私は胸が詰まった。
だってこれ以上の言葉は無い。大事な事を隠し続け、皆を騙していたというのに、それでも大事だと言ってくれたのだ。

が僕たちを失うのが怖いって思ってくれたみたいに、僕たちだってを失うのを怖いと思ってるんだ」
「うん...」

雷蔵が優しく語りかけてくれた言葉に目が潤んできたので下を向いてやり過ごそうとする。唇を噛んで涙が零れないよう に我慢する。

「これくらいで無くなるものだと思ってたのか?」

涙が零れてしまいそうなのを隠そうとして俯いているというのに、遠慮なしにハチが私の顔を下から覗き込んで笑った。
あの時――初めて話をした食堂でも、ハチはこうやって私の顔を覗き込んだ。あの時は、皆ともこんなに仲が良くなるとは 思っていなかった。ただただ、怖いと思っていた。
私が泣くのはおかしい、そう思っているのに溢れてくるのものが制御できず、悔しい。さっきも善法寺先輩の前で泣いて しまったというのに涙は枯れていなかったらしい、ぼろぼろと零れ落ちてくる。

「もう五年だから泣くのはやめたんじゃなかったのか」
「...うん...ごめん」

ぶっきらぼうに指摘してきた三郎は小さく溜息を吐いてから、ほら、っと手拭いを投げて渡してくれた。「ありがとう」 と言って受けとったそれは、三郎らしくきれいに折りたたまれていた。遠慮せずにそれを顔に当てる。
三郎の手ぬぐいを汚すわけにはいかない、と鼻を啜ると匂いがした。

「三郎の匂いがする...」
「アホ! やっぱり返せ!」

口では怒っているのに三郎の私の頭を叩いた力は本当に軽いもので、全然痛くなかった。それがまた私の涙腺を緩める事 になっているなんて三郎は知らないだろう。





(20100603)