「なぁ、大事なのは性別云々じゃなく今まで一緒に過ごした五年間じゃないのか」


最後、部屋を出て行く時に三郎が言った言葉だ。じっと私の顔を見つめる四人分の視線を受け止め、改めて皆が私を許して くれるのだと言っているのが分かった。私の予想していた反応ではない、私に対して怒るどころか皆は許してくれるのだ。 その選択肢は私の中には無かった。それなのに、彼らは新しい選択肢を作ってくれたのだ。

「うん。...ありがとう」

――私の事を許してくれて。受け入れてくれて。仲間だと...友だと言ってくれて。
この一回の御礼では足りない程たくさんのありがとうを込めた。そんな私の言葉を受け止めた三郎はいつものにやりとした 笑いを、雷蔵は柔らかい笑みを、ハチは弾けんばかりの笑みを、兵助は薄っすらと浮かべた笑みを返してくれた。



皆が出て行くのと入れ違いに善法寺先輩と新野先生が保健室に入ってきた。皆と話をしている間にどうやら新野先生は帰って来て くれたらしい。私のために帰って来てくれたのに、と言う思いで申し訳なく思った私は「すみません」と謝った。それは もちろん善法寺先輩に対しても言った言葉だった。長い間保健室から放り出して、廊下で待っていてもらったんだから。 だけど、二人とも怒るどころかにこにこ笑って、大丈夫だと答えてくれた。きっとさっきまでの私たちの会話を聞いて いたんだろうな、と予想すると恥ずかしい。善法寺先輩に至っては、さっきまで泣いていたところを見られていたのに、まだ 涙が出るのかと、呆れられたかもしれない。
新野先生は既に善法寺先輩から話を聞いていたらしい「伊作くんの言うとおり貧血でしょうね」と診断を下され、予め先輩 が用意してくれていた薬を飲む事になった。その薬を続けていれば、いずれ症状も良くなってくるだろうと言うことだった。

「今日は用心のためにここに泊まっていきなさい」
「はい。ありがとうございます」

頭を下げお礼を言うが、まだ何か私に言いたい事があるのか新野先生は立ち去ろうとしなかった。じっと私の顔を見ている ので不思議に思っていると、先生はにっこりと笑みを浮かべた。それからわしゃわしゃと少し強く頭を撫でられる。

「よかったですね」

そう言ってから先生は立ち上がり、去っていった。新野先生も私の事を心配してくれていたらしい、考えてみれば新野先生には ここに来た当初からお世話になりっぱなしだった。きっと今回の事も心配してくれていたのだ。じん、と胸が暖かくなって またしても込みあがってくる物を感じた私はごくりとそれを飲み込んだ。
新野先生が去った代わりに今度は善法寺先輩が私の布団の傍らに座った。そうだ、善法寺先輩にも話をしなくてはいけない。 慌てて口を開こうとしたが先輩が私の顔の前に手を翳した事によって私は声を発する機会を失った。反射的に目の前に翳された 手からその先にある先輩の顔に視線を移す。善法寺先輩はバツが悪そうな笑みを浮かべていた。先輩は言葉を選ぶように 、口を開いて閉じて、を二度繰り返してからやっと言葉を見つけたのか口を開いた。

「ごめんね。さっきの話聞いちゃったんだ...」

罪悪感を感じてだろう、先輩は眉をハの字にして申し訳なさそうな顔をしている。だが、私としては聞いてくれて良かった と思った、善法寺先輩には全て話すつもりだったのだから、後か先かの違いだ。なので先輩が罪悪感を感じる必要はない。

「いえ、先輩にも同じ話をするつもりだったので!」
「ありがとう」
「い、いえ...謝るの私です。今まで騙しててすみませんでした。それで、あの、皆にも言った...」
「待って!」

途中で遮られた言葉は先ほども皆に話した、出来るだけ姿を見せないようにするのでこのまま学園に残らせて欲しい 、という話だった。だがその話をするよりも先に先輩に遮られてしまった。善法寺先輩の声は鋭く尖ったように響き、私の 胸に無意識のうちに不安を呼び起こさせる。先輩の顔を食い入るように見つめると、さっきの声を発した人とは思えない程 に先輩は弱弱しい笑みを浮かべた。

「さっきしてた話を僕にもするつもり?」
「...はい」
「それならその話をする必要無いよ。僕は今まで通りくんに接したいと思ってるし、くんもそのつもりで居て くれればいいから」

思わず先輩の顔をジッと見詰め返すと先輩は至って真面目な表情で言葉を続けた。

「もちろん困った事があったら、言ってくれれば助けになるし」

本当に私は周りの人たちに恵まれている。そう改めて気づかされる事ばかりが今日は起こった。女だとばれて取り乱した時 が嘘のように私の心は今穏やかだった。それどころか暖かいもので満たされている。
またしても溢れ出そうになったものを、ぐっと飲み込むと先輩が横になるように言った。私は言われたとおり布団に横たわると 先輩が水で絞った手ぬぐいを目の上に乗せてくれた。「目が腫れてるから冷やした方がいい」熱を持っていた目蓋を冷やして くれるそれはすごく気持ちがいい。下手をするとこのまま寝入ってしまいそうだ。ぼんやりと思考が薄れていきそうな時、 隣に居る先輩が立ち上がる気配を感じた。まだお礼も言っていないことに気付いた私は慌てて手ぬぐいをどけ、先輩の装束 の腰の辺りの裾を掴んだ。立ち上がろうとしていた先輩は驚いたように動きを止めて、私の顔を見た。

「あの! ありがとうございます! 手ぬぐいもですけど、それだけじゃなくて色々...たくさんの事、ありがとうございます」

しどろもどろとした要領の得ない言葉を口にしてから、私はもう少し考えてから話せばよかったと後悔した。先輩が驚いた 様子で目を丸くさせるので後悔はますます大きくなる。だが、先輩はその表情を一変させ、すぐに柔らかな、そしてどこか 嬉しそうな笑みへと表情を変えた。

「うん」

一つ頷いてから先輩の装束を掴んだままだった私の手を離し「ほら、いいから寝て」と、布団に寝かしつけられる。
手ぬぐいを乗せられる前に見えた善法寺先輩の笑みはやはり私に安心感を与えてくれた。





(20100608)