正直もっと重大な理由があって男装しているのだと思っていたので、拍子抜けした。

ぼんやりと道を歩く僕と三郎とハチと兵助は、保健室を出てから一言も声を発していない。みんな頭の中に浮かんでいるのは のことだろう。
僕と三郎の部屋に着くと、ハチと兵助も一緒になって部屋に入ってきた。それからなんとなくみんなで円になって座った。

「女の子だったのか...」

ばしっ!

「いってぇ!  何で頭叩くんだよ」

ハチが頭を抑えて文句を呟く。素早く手を出した三郎と兵助はハチの言葉に怒りを露にした形相を浮かべ怒鳴った。

「馬鹿」
「誰が聞いてるか分からないんだぞ!」

二人の様子に気圧された様子でハチは目を丸くさせてから、自分が言った言葉を思い出したようで「あ」と声を上げ、口を 両手で覆った。今更口を隠しても遅いと思うけれど。
そしてまたしても誰も言葉を発しない静かな空間が出来上がった。
頭の中に思い浮かぶのはさっきまで一緒に居たが涙を浮かべていた姿だった。きっと五年間、僕達に隠し続けている 間、罪悪感を感じていたのだろう。
が女の子だと分かった時は驚いたけれど、その事実を意外にも僕は冷静に受け止めていた。それから少しだけやっぱり、 という言葉がポツリと頭に浮かんだ。それで気付いた。僕は前からが女の子だったことに気付いていたのかもしれない。 考えてみればおかしな点はいくつもあるのだ。朝から晩までほとんど一緒に居るのだから気付く機会はいくらでもあった。 それなのに今まで気付かなかったのは、気付かないふりをしてそこから目を背けていたのかもしれない。
すっかり自分の考えに没頭していると、静かな空間に兵助が言葉を落とした。ハッとして考えを中断し、兵助に視線 を向ける。

「俺、あんまり驚いてないかも」

そう言った兵助は自分自身が言った言葉に同意する者は居ないか、というように周りを見回した。主語の抜けた言葉だった けれど、それが何を指しての言葉なのか僕には分かった。もちろん三郎とハチにも分かったのだろう。僕が頷くのとほぼ 同時に三郎とハチも首を縦に振った。

「なんでだろ、もしかして気付いてたのかな?」

先ほどまで考えていた事を兵助の言葉に続ける。

「考えてみれば色々とおかしいからな」

三郎が腕を組みながら答える。

「そうだな。体のつくりからして俺たちと違う感じだよな」

ハチの発言は別に裏なんて無くて、すぐに折れてしまいそうな細さだとか、骨ばっていない体だとか、僕達よりも繊細な作り をしているように見えるの体を見たままの言葉なのだと思う。けれど僕は思わず昼間に見た、のさらしを破った時の 事を思い浮かべてしまった。僕達とは全然違う体だった。途端に体中の血が沸騰するように熱くなるような感覚がして、 顔を覆う。

「え、二人ともどうしたんだよ」

ハチの言葉に二人? と首を傾げ、腕で口元を覆ったままに視線だけを走らせると三郎も僕と同じような格好をしてこち らを見ていた。絶対に僕と同じ事を思い出したんだ。どちらともなく視線を逸らし、頭の中に浮かんだの残像を頭から 払い除けるのに必死になっていると、じとりとした視線をハチと兵助の二人から向けられた。

「...なんだ、」

至っていつもどおりを装って三郎が二人の視線に答えるも、二人はますます目を細めて僕らのことを見始めた。
それから二人揃って「...怪しい」と言う。

「何が怪しいんだよ?」

すっかりの残像を消す事に成功したらしい三郎は、ちょっと怒ったようすで二人に言葉を返した。僕もそれに倣って、 の事を考えないようにしながら二人に視線を向けた。

「二人揃って顔を隠してるから」
「たまたまだ」

憮然と兵助の言葉を跳ね除けた三郎に二人はまだ何か言いたい事がありそうだったけれど、三郎が睨みつけた事によって それ以上会話を続けるのを渋々諦めたようだった。
気を失ったを保健室に運んだ三郎が帰って来て、一緒に授業を終えてから急ぎ保健室へと向かう途中であの場には 居なかったハチと兵助にはが女だったという事を話した。二人とも信じられないようだったが、己の目で見たと僕と三郎 が言えば、その言葉を信じたようだった。(もし、この時点では半信半疑だったのだとしてもの話を聞けば、僕たちの言葉が 冗談なんかではなかった事に気付いただろう。)
その、何故僕たちがが女だと知ったのかの経緯については後ろめたさがあって少しうやむやに伝えてしまった。
あの時はしょうがなかった。が女の子とは知らなかったし、あれが最善なんだと思って行動したのだから何もやましい 事なんて無い。はっきりと断言できるのだけれど、気恥ずかしさと罪悪感で一から十まで話したわけではない。それでも、 ハチと兵助はそのぼやかした所について勘付いているのかもしれない。
勘付いてるの? なんてわざわざそこの所を掘り起こして尋ねようとは思わないので、二人が本当に気付いているのかは 分からないけれど。


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を抜いたいつもの面子で食堂への道を歩く。兵助とハチの二人は僕らよりも一歩先を歩いている。兵助の艶やかな髪 とハチのごわごわの髪が揺れているのが目に映る。

が保健室から戻ってきても普段どおりだよね?」

問いかけではない、確認だった。
隣の三郎へと視線を移せば、三郎はいつになく優しげな笑みを浮かべた。

「あぁ、今までどおり何も変わらないさ」

優しい笑みとは反対に声は確固たる強さを秘めていて力強いものだった。






第一章 ――秘―― 




(20100704)