久しぶりにやってきた学園の中を懐かしさを感じながら歩いている所だった。塀の向こう側から弾む少女特有の高い声が 聞こえてきた。あまりにも楽しそうな様子に好奇心をそそられ、立ち聞きすることにした。
そっと気配を絶ち、耳をそばだててみる。

「私は善法寺先輩かなぁ、この前も私の作った罠に引っかかってくれたもの」
「ほんと、善法寺先輩って面白いほどひっかかってくれるもんね」

話している内容はアレだが、ちらほらと聞こえる同意の声に善法寺伊作はくのたまから人気があるらしい。罠に引っかかるから というのは少し情けなくもあるが...。他にも、潮江文次郎はうるさいや汗をかきすぎだと言われ。
立花はこの間、町できれいな女を連れていた。など、ここで色々な情報が交換されているらしい。くのたま一人に見られると 翌日にはくのたま全員に知られ、その次の日は学園内に広まっていくという所だろうか。なんと恐ろしい。
と、ここではどういう風に思われているのか気になった。あいつのことだから、愛想を振りまいているだろう事は想像 出来るが、くのたまの目にはそれがどういう風に映っているのだろうか。そう考えていると、どうしても知りたくなってしまう。 だが、どうやって聞き出すか...と考えていると、ちょうど良くくのたまの口からの名が出た。

「そういえばこの間、あんた先輩に荷物持ってもらってたでしょ」

私見ちゃったんだから〜。とからかうような響きを含んだ声が聞こえた。

「もう、やめてよ」

この調子は満更ではないな。ふむ。顎に手を置いて耳に神経を集中させる。

「けど。先輩って優しいよね」
「ね、ちょっとでも重いもの持ってたら持ってくれるし」
「私この前転んだら保健室までおぶって連れて行ってくれた」
「えぇ! ずるい!」

ほー、はそこそこ人気があるようだな。と思うとやはり、保護者代わりとしては嬉しいものがある。例えが彼女たち と同姓であろうが。

「なんか先輩って男って感じがしないのよね」
「あぁ、中性的? みたいな感じだよね」
「顔もかっこいいってよりはきれいって感じだし」
「全然汗の匂いとかしなさそう!」
「あぁね! こう...風の爽やかな匂いとか?」

風! とか言って笑いあうくのたま達の笑い声を聞きながら、わしは少しどきりとした。あまり接触しないくのたま達にも は少し他の忍たまとは違う感じに映るらしい。これならいつもと行動を共にしている奴らに女だとばれてもおかしく ない。低学年の時ならばまだ男女の差はつきにくいものだが、成長すれば大きな差が出てくる。それは体つきにしても、 力にしても、身体能力にしてもだ。
わしがこんなに気を揉んでいる事を本人は知らんだろうなぁ、とくのたまの笑い声を背に歩き出す事にした。


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「大木先生!」
「おぉ! 

は控えめな笑みを浮かべやってきた。いつもならばそれは満面のものなのだが...と考えると少し嫌な予感がした。
おばちゃんは外に米をとぎにいくと言って出て行ったので、食堂の中には誰もいない。はくるりと目玉を動かし食堂 の中に誰もいないか確かめた。その様子もこれから人が居ては困る話をする。と言っているようで予感はいよいよ確信に 変わった。

「お茶もらっていいですか?」
「おう」

返事をすればはおばちゃんが予め用意してくれていた湯呑みを手に取った、それにお茶を注いでやるとまだ 少し温いそれは細い湯気を立てた。それにそっと口をつけて啜る姿を卓に肘をつきながら眺める。
久しぶりに会ったはきれいになったと思う。身内びいきというのを差し引いてもだ。

「そういえばさっきくのたま達が噂しとったが、お前結構好かれてるらしいぞ」

今まで伏せていた目が、勢いよくこちらを見た。それから照れているのか頭をかいて恥ずかし気な表情を誤魔化そうとして いる。その反応は満更でもなさそうで...

「まさかお前、そっちの気が...」
「違いますっ!」

力いっぱい否定するのはいいが、机を叩くのはやめて欲しい。が拳を叩きつけた所為でわしの湯呑みからお茶が飛び上がり 机を汚した。それをバツが悪そうに見てから少々顔を赤くさせはツンと唇を尖らせた。

「ただ、好かれてるのは嬉しいってことです...」
「まぁ、知っとたがな」
「もう! 大木先生!」
「いやー、お前をからかうのは楽しいから、ついな」

笑いながら答えるとは反対に機嫌を損ねたように恨めしそうな目をした。それさえも面白くて小さく喉をならすと、拗ねた ようにそっぽを向いた。初めて見た時は結わえることも出来ないほど短かったはずの髪は腰までの長さに伸び、一つに纏めて あるそれはゆるりと揺れた。

「だが、わしは鼻が高いぞ」

拗ねたままの横顔を見ながら、卓の上に肘をのせ言葉を続ける。

「くのたまにもお前はいい男に見えるらしいからな」

にやりと口角を上げるも、返ってきたのは弱弱しい苦笑のようなものだった。やはり"男"と称するのはまずかったか...?と 思ったのもつかの間、が頬をかきながら視線をうろうろと漂わせ口を開いた。明らかに何か後ろ暗い事があるのだなと 、思いつつも黙ってを見つめる。

「えーと、そんなに褒められるとすごく言いにくいんですが...」
「なんだ?」

えー、あー、うー。といつまでも言葉にならない唸り声を上げるに苛立ちを募らせていると、それを敏感に察知したのか 体を小さく縮こまらせ、俯いてしまった。こういう所は幼い頃から全く変わらん。

「......ました...」
「なんだ? もっと声を張れ!」
「っ! ばれましたっ!」

意を決した様子で顔を上げてが叫んだ言葉は肝心な主語が抜けていたのだが、それでもわしには分かった。
それはわしがずっと懸念していたことだった。






(20100731)