「誰にばれたんだ?」 すっかり頭を垂れたの様子は、叱られた犬のようだった。しゅんとして悲しげな雰囲気を漂わせている。 ゆっくりと問いかけるとはちらりと上目遣いでわしの様子を見、目が合うと気まずそうにまた俯いた。その姿は 低学年の頃より変わっていない。外見は成長しているくせに、中身はあの頃から成長していないように見える。 「みんなと...」 「みんな?」 もごもごと口の中で喋るの言う"みんな"というのは、まぁ簡単に想像が付くがそれでも確認の意味も込めて尋ねた。 「三郎と雷蔵とハチと兵助...」 ばれるなら、そこら辺だろうなと予想していたのであまり驚きはしなかった。ほーん。とだけ返事を返すと、わしの様子 を伺うようにしてもう一度、が上目遣いでこちらを見る。背中を丸め、情けない顔をしているこの状態のを見たら くのたま達は唖然とするだろう。 「...それと善法寺先輩」 「なに?!」 予想外の名前が出てきた事に驚き、今まで抑えていた声量から、思わず怒鳴るように大きな声を出してしまった。 びくりと体を震わせ、目を真ん丸にして驚いているに視線をやりつつ、頭の中には今、の口から出てきた 人物の姿が思い浮かぶ。何故そこで、善法寺伊作の名前が出てくるのか理解できない。 思わず取り乱してしまった自分を落ち着かせる意味で、机の上の湯のみに手を伸ばしそれに口を付ける。一口飲むと中身 が無くなった湯呑みを机の上に戻すと、すかさずが茶を注ぐ。 「どうぞ!」 わしが怒っていると思っているのか、分かりやすいほどに機嫌を取ろうとしている。つつつ、とわしの前に茶がたっぷり 入った湯呑みを持ってくる。思わず半目で見ると、は誤魔化すようにへらりと笑った。 その顔には、どうやって誤魔化そう。と書いてあるように見える。 湯呑みを手に取り、一口飲んでから口火を切る。 「...で、何でそこで善法寺伊作の名前が出てくる」 へらりと笑い、眉を情けなくハの字にしては言った。 「保健委員だから」 「それは知っとる」 要領を得ないの言葉をにべもなく払い除けると、払い除けられた本人はえへえへ笑った。それからその締まりの ない表情を一転させ、真剣な表情をして言う。 「この話は長くなるんですよ」 そう言えばわしが、じゃあいいや。と言うとでも思っているらしく、はわしの言葉を待っているようだったが、 そんな事言うわけがない。例え、夜までかかる長い話だとしてもわしはの保護者として聞く義務があるのだ。 「長くなっても構わん」 「...はい」 ようやっと話さなくてはいけないと観念したらしいは一瞬黙り込み、ここらに人の気配がないか確認しているよう で視線を辺りに彷徨わせた。 それから聞かされた話は、体調が悪いのを推して実習の授業を受けたら気を失って倒れ、それが原因で先ほど聞かされた 名前の奴らに女である事がばれたということだった。 大まかに語られた(きっと細かく語るには何か都合が悪いのだろう。何が都合が悪いのか分からんが、が話したくない のなら無理に聞くことは無い、とわしはそれ以上追求しなかった。それに、本当に言わなくてはいけない事はとて 理解しているだろう。だからこそわしは聞かなかった。)の話にわしは眉根を寄せた。 いつかこんな事が起こると思っていたが、実際に起こるのと想像するのとでは違う。だが、わしが知りたいのは の周りがどう変わったかという事だ。が女だと分かり、周りの反応はどのようなものかが知りたい。 「で、周りはどうだ?」 この一言で十分だった。は今までの困り顔を一転させ、表情を綻ばせて笑って見せた。 「みんな関係ないって。...性別よりも今まで過ごしてきた時の方が大事だって」 嬉しそうに笑うの心情は心の底から、そう言われて喜んでいるようだった。はここでの居場所を確保 するため四苦八苦していた。だから、人よりもいっそうここでの自分の評価が気になるのだろう。 そして、自分の居場所であるはずのあいつらに対して大きな秘密を抱いている事に悩んでいたようだった。 話したくないが、話すとあいつらは自分に対してどのような感情を抱くのか怖い。そんなやきもきした 気持ちを今まで抱いてきたのだろう。だから秘密がなくなった今、肩の力が抜け、負い目もなくなり受け入れてもらえたことが本当に 嬉しいのだろう。今までどおり関係は変わらない...否、今まで以上に信頼しあえる関係を作れると思っているであろう 事は容易に想像がついた。 だが、そう上手くいくだろうか。はまだ、自分が女である事をきちんと自覚していない、と思った。 そして多分それは、以外にも言えることだ。まだどういうことか本当の意味で理解できていない。 めんどくさい事にならんといいがな...。これからの事を憂いているわしの心情など理解していないだろう、は 相変わらず嬉しそうだ。 「、お前は女なんだぞ?」 確認と言い含めるつもりで言葉を紡いだ。だが、はわしのその言葉の裏側を読むことが出来ないようで、きょとん と目を瞬かせ首を傾げた。見るからに無邪気な様子に、わしの言葉の本当に伝えたい所を少しも理解できていないと思った。 「知ってますよ?」 「いや、分かっとらん」 わしの言葉が気に触ったようで眉を顰め、何かごちゃごちゃと(「分かってる!」という声が聞こえた)言っている を無視し、わしはとりあえず牽制しとくかと考えた。 (20100816) |