「おぉ、久しぶりじゃのう!」

そう声を掛けてきたのは大木先生だ。手を振りつつ近づいてくる大木先生は笑顔だった。
......だが、嫌な予感がする。
それは三郎と雷蔵も同じだったらしい、一瞬交じった視線がそう言っていた。ハチはまだ何も感じていないらしい。 会釈を返すと大木先生が大股で近づいてくる。こちらに向かってきているのに逃げるわけにもいかず俺たちは視線で 、何か起きそうだと話し合った。そこでやっとハチも異変に気づいたらしい。だが、そのときにはもう大木先生は 目の前までやってきていた。

はどうしたんですか?」

三郎が尋ねた。大木先生が来たと聞き、は食堂に行ったはずだ。それなのに何故大木先生だけがここに?
俺たちに話があるにしてもも一緒のはずだろう。

「おぅ、委員会に行った」

そういえば会計委員があるとか言ってたな。今朝の朝食の席でが愚痴っていた。
大木先生と話をしてから委員会に行ったのだろう。そうと考えれば、大木先生が何の用で俺たちに話しかけてきたのか 想像できる。十中八九、の話だ。
それもこの間知った、の秘密について。大木先生はもちろんが女であることを知っている。 そして先生はの保護者代わりをしている。...嫌な予感は本当に当たっていたらしい。

「...お前らが女だった事を知ったらしいな」

屈んで俺たちに話しかける大木先生は辺りに意識を配りながら、慎重に言葉を発した。今、俺たちが居るのは中庭だ。 いつ、人が通るのか分からない。そんな状況での話をするのは気が引けたけれど、先生はここから動く様子がない のでしょうがなく俺も辺りに人の気配がないか確認しつつ、必要最低限の声で話せるように大木先生の近くに足を運んだ。 同じ考えらしい、ハチと三郎と雷蔵も近づいてきて俺たちは自然と円になった。

「はい...」

三郎が言葉を返す。その表情には珍しい事に少し戸惑いの色が滲んでいる。俺たちもその言葉に同意する意味で頷いた。
どのような反応が帰ってくるのか恐る恐る大木先生を伺って見てみるも、先生は特別なんの感情も浮かべずに頭をかいていた。どういう意図があっての質問 なのか読み取ろうとする俺たちの様子を知ってか知らずか、大木先生は何の言葉も発しない。
沈黙が重く圧し掛かる ような錯覚を感じたその時だ、背後から人が近づいてくる気配を感じた。瞬時に背後を 振り向くと善方寺先輩がトイレットペーパーを腕に抱えて歩いてきた。五人分の視線をいっせいに向けられた善法寺 先輩は軽く目を開いて驚いたようだったけれど、ここに居る面々の顔を見回して何の話か検討がついたのだろう。 少し引きつった笑みを浮かべて大木先生に会釈した。


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善法寺先輩も円に加わって五人揃って頭を垂れていると、先生がおいおい。と声を上げた。その声には少し困って いるような響きが含まれていた気がする。大木先生が困る事なんて何もないのに、と顔を上げれば先生が口を開いた。

「別にわしはお前らを怒りに来たわけじゃない。感謝しとる」

意外な言葉に目を瞬かせると、大木先生は笑みを浮かべた。

はずっとあの事を気にしていたからな。もしも、お前らに知られたらと恐れていた。だが、お前らはそれを 知った上でが仲間である事を認めてくれたろう? その事をわしは感謝しとる。ありがとう」

そう言って先生は俺らに向かって腰を曲げた。意外すぎる展開の上に、頭を下げている人物が大木先生であったから 俺は呼吸をするのも忘れ、唖然と先生を見つめた。きっとここに居る全員同じ心地だっただろう。

「だが、一つだけ言っておくことがある」

深くささやくような声は、先ほどまでの気持ちをきれいに吹き飛ばした。何か得体の知れないものが迫っているような 、不安な気持ちになる。誰のものか分からないが、ごくりという喉を鳴らす音が聞こえた。

「...妙な気は起こすなよ」

大木先生の声は低く、脅す響きを持って俺たちの耳に届いた。ぞくりと背中を何かが走っていった。 声だけで敵わないと感じさせられた。先生は本気だ。
頷く以外の選択肢が無くて全員が大人しく首を縦に振った。すると、 先生は真剣だった表情を弾けるような笑顔に変えた。

「まっ、これからも仲良くしてやってくれ!」

ぱんぱん背中を叩いてくる大木先生は、もういつもの大木先生だ。
けれど、さっきまでの大木先生は...

――妙な気は起こすなよ――

それは、におかしな事をするなという警告だ。つまりが...女だったから。
そんなことありえない。俺たちの間には恋情なんてものはない。胸中できっぱりと先生の言葉を否定する。
姿が見えなくなった大木先生から視線を逸らせば、一際顔色の悪い雷蔵と、珍しく浮かない表情の三郎が居るのに 気付いた。俺は二人がどういったことがきっかけでが女だった事に気付いたのか詳しくは聞かされていないので 分からないが(話してもくれないし...二人とも、いやも合わせると三人ともその時のことについては揃ってとぼける) 大木先生に聞かれれば確実にまずいことなのだと、二人の顔を見て理解した。
それと同時に聞かされていない部分について、知りたいという好奇心が湧いてきた。ハチもそれは同じだったのか、 興味深そうに三郎と雷蔵の顔を見ている。妙な空気の漂う中、善法寺先輩だけは顔色を悪くするでもなく、好奇心を くすぐられた様子もなく、苦笑を浮かべていた。






(20101003)