「あ、潮江先輩」

前方から歩いてきたのは今ちょうど考えていた人物だった。そいつの事を考えていて廊下でばったりたまたま会うなんて あまりにもぴったりすぎて気味が悪いとも感じてしまう。

「こんにちは」
「あぁ」

短く返事をしつつの顔を眺める。この間、が倒れたと聞き本当に驚いた。前から時々、体調が悪そうに顔の 色を青くしていたり目の下に隈を作っていたりしたがここまで大事になったことはなかった。(その理由に会計委員会 も含まれている事は分かっているが)...いや、まだ低学年だった時にあったか。
だが、最近は何だかんだとうまく立ち回ってそれを回避出来ていたようだったのだが...。

「なんですか?」

あまりにもじっと眺めていたからだろう、が怪訝そうに眉を寄せてこちらを見ていた。

「いや...」

歯切れが悪いと自分でも思った。少しの居心地の悪さを誤魔化すように俺はわざとらしく視線を下にやった。
そこでが手に何か袋を握り締めているのが見えた。少し興味を引かれ、そこを凝視してみればが視線に気づき 袋を目の前に掲げた。

「ボーロです。くのたまの子に貰いました。潮江先輩も食べますか?」
「...食べるか。そんな危ないもん」
「毒は入ってないって言ってましたよ」
「あ、おい待て!」

待てと言っているのには事も無げにくのたま曰く“毒の入っていない”ボーロを口の中に放り込んだ。
こいつはあほか。忍たまとして五年間この学園に居たならくのたまの言う“毒の入っていない”は反対の意味を 持っているだろうことくらい予想がつきそうなものだ。呆れながら咀嚼を続けるを見ているも、予想に反して は厠へと走ることも、顔色をわるくすることもげーげー吐く事も無かった。訝しく眉を寄せて見ている間も至って 普通の表情をしている。と、思うとはボーロの入っている袋に手をつっこみ一つ取り出すとこちらに手を 差し出してきた。それがどういう意味なのかなんて考えずとも分かる。

「いらん」
「まぁまぁ」
「いらんと言ってる!」
「潮江先輩のわからずや!」
「うるさい!」
「ほんとにおいしいですってばっ!」
「むぉっ...!」

無理やり口の中に押し込まれたそれはすぐに吐き出さなくてはいけないものだと思ったのだが、意外なことに舌に触れた 瞬間に体に異変が起きるなんてことは無かった。がにこにこ笑いながら見てくるのに眉を寄せて不機嫌な顔を返しながら、 試しに口の中のものを噛んでみた。さくさくという食感と共に口に広がるボーロの味は普通にうまい。それに先ほど 目の前でくのたま曰く“毒の入っていない”ボーロを口にしたはぴんぴんしている。それらを考慮し口の中のものを 飲み込んだが、依然として体に異変は起こらなかった。そのことに多少驚いているとが何故か得意げな顔をして 「だから言ったじゃないですか」と胸を張った。確かに今回はの言ったとおり毒は入っていないようだったがそれでも 相手はくのたまだ、用心するのが普通だ。

「前に毒なんて入ってないからって言ってくのたまの子に団子を貰ったんです」

唐突に語り始めたの話はその一文を聞いただけで既に続きが見えた。

「それで疑わずに食べたら体中が痺れたんです。どうやら痺れ薬を練りこんでたらしくて」
「あぁ。それは俺もやられた」

まだあれは一年の頃だったか、確かあれでくのたまとは危険で過激で恐ろしい集団なのだと認識したのだ。
当時の俺を含めた今の六年は痺れ団子で学習した。

「その後日、今度は毒なんて入ってないからって言ってカステイラを貰ったんです」
「...まさか」

その先の展開を予想し、疑わしい目で見ると何てことなさげにけろりとが頷いた。

「今度は嘔吐しました」
「...あほだな」
「だって毒が入っていないってくのたまの子が言うんです」
「だからって何回騙されるんだ。それこそくのたまの思うつぼだ」

食べてもらうのが目的なのだからわざわざ「毒入りです」などと言うわけが無い。それにまんまと引っかかっている はくのたま達からしてみれば格好の餌食だ。呆れる顔をするもは別段表情を変えずにボーロの入った袋に手を入れ、また 一つ口の中に放り込んだ。そのまま袋をこちらに差し出して勧めてくるので首を振って遠慮しておいた。今の話で、 くのたまは恐ろしい奴らだと再確認したからだ。もしかしたら今は症状が出ていないが時間差で攻めてくるやつかもしれない。 「お前もそろそろやめておけ」とのボーロを取り上げようとしたが「独り占めするつもりですね?!」と、警戒して 懐に袋をしまってしまった。
...知らんぞ。後でどうなっても。

「毒は入ってないって言ってるのに疑って食べないなんて出来ませんよ」

一瞬、の心に触れたようだった。
心の底にあるいつもは用心深く隠しているところを匂わせる言葉だった。が誰にでもいい顔をする理由だ。 今までそこを人に見せることは俺が知っている限り絶対になかった。それほどはそれを頑丈に幾重にも包んで隠していた。 だから驚いたと同時に何かあったんじゃないかと勘繰った。

「最近は本当に毒入りじゃないのをくれるようになったんですよ。多分私がいつも食べるから気の毒に思ったのかも」

苦笑を普段の表情に変え、は一人納得したように言った。

「...なんかあったのか」
「なんにも」

絶対にうそだ。本当の本当に奥にあるその本心は隠す奴だということはよく分かっている。誰だって汚い部分があるのものだ。 なのにはそれがあるのを人一倍気にして、そんな自分を嫌悪している所がある。
の立場に立って考えれば頷ける理由なのだがなぁ」と言ったのは大木先生だ。また大木先生はこうとも言った。 「がこの場所に執着するのはいいことだ」と。忍術学園に居たいと思っている証拠なのだから、と。いつも前向き な大木先生らしい言葉だと思った。
へらりと笑ったにこれ以上は話すつもりが無いというのを感じ取りそれ以上の追求は諦めた。手を伸ばし、わざと 乱暴に頭を撫でると批難がましく「やめてくださいよ!」と聞こえたが無視した。






(20110506)