どう考えても余計なことをした。
私は数刻前の出来事を思い出し、深くため息を吐いた。
潮江先輩は絶対に私に何かあったことに気付いた。先輩に尋ねられて何もないと誤魔化したが、あんなもので潮江先輩 は騙されないし、納得していないだろう。
最初から余計な事は言わずに黙っていればよかったのだ。それなのに私は自分勝手にも潮江先輩の心配を助長させるような事を言った。
潮江先輩が私のことを心配してくれているのは十分すぎるほどに分かっている。 そう確信できるのは今までの五年間の間に積み重ねたものが私と潮江先輩の間にあるからだ。
だから...いや、だからこそ、私の秘密を急有してくれる人が現れたというのにその中に潮江先輩が入っていないことに申し訳なさを感じた。
この考え自体が思い上がっている。
潮江先輩にしてみれば余計なお世話だろう。
秘密なんて持っていても面倒で足を引っ張るだけのものだ。その秘密が大きければ大きいほどに責任は重くなる。 そう自分自身に言い聞かせて納得しながらも本心ではやっぱり潮江先輩に知っていて欲しいと私は思っている。けれどそれは、秘密を共有してくれるのが前提での考えだ。 今回は誰にも拒否されず受け入れてもらえたからといっていつだってそう上手くいくわけではない。十分に拒否される可能性がある。
もし拒否されてしまったら?
築いてきた関係が終わってしまったら?
今までの一緒に過ごした時間を無かった事にされたら?
そう考えると心臓は誰かに握られたように痛み出し、不安に体が思うように動かなくなる。
潮江先輩には恩もあるし、大切な人だ。
けれど、だからこそ...言えない。
止めることが出来ない思考に自分自身を痛めつける作業をしていると突然戸を叩く音が聞こえ、私の思考が止まった。 神経を全て戸の向こう側に集中させてひっそり息をつく。

?」
「んー」

首だけを起き上がらせて戸口の方を見遣ると兵助が立っていた。いつのまにか夕刻になっていたようで兵助は背中に大きな夕陽を背負っていた。 部屋の中に橙色の日が入り込んできて暗かった室内を照らす。眩しさに目を細めるも兵助は私を気遣う様子もなく、 戸を開けっ放しにしたままにずかずかと部屋に入ってきて私が寝転んでいる傍らに片膝を立てて座った。首だけを上げる体制は結構疲れるので 畳の上に頭を置くと兵助が私の顔を覗きこんできた。長くてうねってる兵助の髪が顔の上に掛かってこしょばいので手で払うと 兵助も邪魔臭そうに髪を自らの背中の方に持っていった。

「なんだ、具合悪いのか?」
「悪くないよ。げんきげんき」
「...どう見ても元気じゃないだろ」

兵助は少し呆れたような顔をして私の額に手を置いた。
「熱は無いな」と言っているのに「だから元気だって」と返しながら 寝転んでいた体を反動をつけて起き上がらせた。兵助はそんな私を見て怪訝な表情をしている。
いつもそうだ。兵助も雷蔵も三郎もハチもすぐに私の様子を見て何かあったこととかを嗅ぎつけるのだ。
怪訝に眉を寄せて私の様子を伺っている兵助をやり過ごそうと、へらっと笑いかけてみるがそれは逆効果だったようで 兵助はますます眉根の皺を深くした。

「ねぇ、兵助の用事は?」

兵助の視線から逃れる一心でここに来た理由を尋ねると兵助はそうだった、と言いながら大きな目をまばたきさせた。

「夕飯に呼びに来たんだ。けど...」
「行こう行こう。お腹すいたよ」

ホントはくのたまの子たちに貰ったボーローを殆ど一人で食べていたからお腹は減っていなかった。皆にもあげようと 思っていたのに潮江先輩と別れてから一人部屋に篭っていると無意識のうちにボーロの入っている袋に手が伸びて、 気付けば袋の中身は空になっていた。無意識と言うところが恐ろしい。


「...
「分かってる」

気遣われているのがその視線だけで分かる。
私のことを労わってくれているのが声の響きでわかってしまう。
兵助は私がまた一人で考え込んでいるのに気付いている。...時々、困る。
兵助はどちらかと言えば鈍い方に分類されるだろうにいつも私の心情がバレてしまう。もしかすると私はそこまで分かりやすいのだろうか...。 知らずハチみたいに全ての感情を顔に出してしまっているのだろうか。そうだとしたら忍者の卵としてはいかがなものだろう...。
兵助は私が言葉を遮ったので渋々という様子で口を噤んだ。
私が話せばきっと兵助はこのことに対して意見をくれるだろうことは分かっている、 だからと言って今回のことは完全に私のわがままな話で、兵助の答えが望むものじゃなければ納得だって出来ないかもしれない。自分勝手なことに...。
いくらなんでもこんな甘えた話をしようとは思わない。わざわざ私が欲張りであることを言うつもりはない。それは私の願望であって、 こうなったらいいのにというもので夢想でしかない。そんな話をしても兵助は困るだけだ。
だって結局は解決策も何も無いのだから。

食堂に行くために私は兵助の背を押して戸口に向かうよう誘導した。兵助は少し戸惑ったように鈍く足を動かしたが やがて普通に歩き始めた。
気を悪くしたかもしれない...せっかくの兵助の好意を私ははねつけたようなものだ。
少し不安になりながら兵助の背中にまわしていた手で装束を掴んでくいっと引っ張った。兵助が軽く目を見開いてこちらを 見たのを確認して私は笑みを浮かべてから口を開いた。

「ありがとう」

どう言えば一番この気持ちを伝えれるかと考えて、この言葉が一番だと思った。兵助もそれを察してくれたらしく表情を変化させて小さく口角を上げて答えてくれた。
これでよかったのだ。潮江先輩は余計な秘密を抱えることも無かったし、私は潮江先輩と今までどおりの関係を続けていけるのだ。


――これ以上を望むだなんて私は罰当たりだ。






(20110904)