「あっ」 煙硝倉へと向かう途中 見慣れた後姿に声を掛けようとして、その隣を桃色の装束が陣取っているのに気づき言葉を飲み込んだ。 別に気にせず声を掛ければ良かったのだろうけど、楽しそうに話している二人の間に入るのは何だか勇気がいる事のように 思えた。いつも鈍感だボケてるだの空気が読めない、などと言う三郎に向かって心の中で鼻を鳴らしてやった。 俺だって空気ぐらい読めるんだよ! 一定の距離を保ち自分と同じ色の装束と桃色の装束の後を歩く。別に後をつけてる、とかじゃないのだが自分が歩こうと 思っていた経路とまったく同じ道をいくのだ。だからといってわざわざ遠回りするつもりもないので、自然と後ろをついていく 形になってしまった。それには何か抱えているのか足取りがゆっくりとしている、すると必然的に俺の歩調もゆっくり としたものになってしまう。胸に抱えているので後ろにいる俺の位置からはそれが何か確認する事が出来ない。 相変わらずと相手の女の子は笑いながら話をしている。女の子もくノたま特有の忍たまをからかう時にする上から目線の 笑い方や何か企んでいる時の笑いかたじゃなくて心の底から嬉しそうに笑い、薄っすらと頬を染めている。 盗み見しているという罪悪感がじわりと胸に広がる。もとよりゆっくりとしていた足取りはそれ以上に遅くなり最後には 止まった。 ...やっぱり別の道を行こう。 まるで恋人達の逢瀬を見ているような感覚に責め立てられた良心に自分の意思はポキリと折れた。どうせこうなるのなら ば最初から別の道を行けばよかったのだ。自分の判断力のなさに溜息をつきながら踵を返す。 「兵助!!」 背後から名前を呼ばれ振り返る。するとさっきまで後姿しか見えなかったがこちらを向いて嬉しそうに手を振っていた 。測ったかのように声を掛けられ驚く俺に、は今度は手招きして俺のことを呼び寄せようとする。 上下に動く の手から繋がった糸に引っ張られるように足が動き、遠慮していた場所へと近づいていく。 「丁度良かったよ。兵助」 「なにが?」 にこにこと笑いながら言うの言葉の意味が分からなくて、首を捻る。するとは俺が手に持っているたくさんの紙の 束向けて指をさした。 これから火薬委員会が開かれるのでそのために土井先生の所から在庫票やら委員会に必要な色ん なものを借りてきていたのだ。 「この子、授業で火薬借りたらしくて。それにサインしないといけないらしいんだ。」 「あぁ」 紙の束の中から火薬貸出票と書いてあるそれを引っ張り出し、袂から筆を取り出す。 「それでその火薬は?」 「これこれ」 「火薬だったのか...」 「え?」 「いやなんでもない。」 首を振ってから貸出票を女の子へと渡す。が抱えていたのは普段よく見ている火薬の入れてある壷だった。 記憶の糸を手繰り寄せれば確かに、それは昨日貸し出した覚えのあるものだ。目の前の女の子もよく見れば見覚えがある。 授業で使うからと山本シナ先生から許可証を持ってきていた子か。と今更思い出す。 「あの...」 名前の書かれてあるそれを受け取り頷く。確かに受け取ったと目線よりも下にある桃色の頭巾に向けて言うが、未だにそこ から動こうとせず何か言いたげに俺の隣にいるへと視線を送っている。 気のせいかその視線には熱を感じる。 それに気づいたはにこりと微笑んで答える。 「これは私が運んでおくよ。」 「ですけど...」 「私が言い出したことだし、ね?」 ますます深く微笑んだに目の前の女の子は頬を染めた。恥らうようにそっと瞳を伏せ蚊の鳴くような声で「ありがとう ございます。」と礼を述べる。控えめにお辞儀をしてから顔を上げる一瞬、ちらりと非難めいた視線が俺をつらぬいた。 どうやら俺が現れた事が不服らしい。熱っぽい視線は気のせいではなかったようだ。 桃色が消えるのを確認してから少しの不満を持って隣へと視線を移す。 ――のせいで睨まれただろ――視線で訴えるが先程の女の子の敵意に気づいていないのか何事もなかったかのように笑う。 さっきまでの作られた完璧に見えた微笑は崩壊し、変わりに上目遣いにこちらを伺うようにへらりと笑う。 「兵助ー」 「なに」 「これ予想以上に重くってさ、運ぶの手伝って」 えへ。小首を傾げて可愛らしく笑うに険しい視線を向けるが、はしつこくもう一度小首を傾げて笑った。 盛大な溜息を零してやるとが嬉しそうに一度跳ねた。 「一人で運べないなら引き受けるなよ...」 「一人で運べるって思ったんだけどねー」 「......」 「手伝って、なんて今更かっこわるくて言えないし」 「......」 「ほんと兵助が来てくれて良かった」 向かい合って壷を運んでいるのでお互いの顔はよく見える。本当に俺が来てよかったと思っているのだろう。目を細めて 笑ったに喉元まで出かかっていた文句や非難も飲み込んでしまった。一度飲み込んでしまうとそれらを口に出す事が とても難しい。けれどこのまま終わらせるつもりはない。それだといつもと何も変わらない。 今まで声にはならずに溜まっていた言葉が喉の奥で蠢いている。 息を吸い込むと壷の中の火薬の匂いが肺まで届いた。 「別にさ、」 重さと横向きに歩いている無理な格好のせいで手が少し痺れてきた。 「がこれを運ぶって声を掛けなかったって誰も責めないし、軽蔑しない。それで責めるのは筋違いだ」 ようやく言えた、緊張で強張る肩を宥めようとゆっくりと息を吐く。 確かに困っている人が居れば声を掛けるのが当然だろう。けれどそれはその時の自分の 状態なんかで臨機応変に対応する物だと俺は思うのだ。それなのには自分が困っていようと体調が悪かろうと、相手 の事を優先して助けようとする。助けなければ軽蔑され嫌われる、と思いこんでいるようだ。 まるで強迫観念に囚われたようには人助けせずにはいられない。 其れゆえかは自分の事を軽んじている、こんなこと俺が指摘する事でないのかもしれないと、何度も言葉を飲み込ん だ。何故がそのような強迫観念にかられるのか、いつも一緒にいれば見えてくる。自分の居場所を守ろうとしているの だ。 この世界で唯一のの居場所忍術学園、そこから追い出されないよう必死なのだ。 その気持ちを考えれば簡単に口出しすべきことではないのは理解している。 だけど、これだけは言っておきたい。 「もしそれで軽蔑するやつが居ても、俺はしない。」 目を合わせてに言い聞かせる。嘘偽りはない、と目を逸らさずにいるとはそっと瞳を伏せて立ち止まった 。当然二人で火薬を運んでいるものだから、俺も立ち止まる形になる。完全に俯いてしまったの表情は前髪によって 隠された。一体どんな顔をしているのか、不安に思いながらも言葉を続ける。 「もちろん八だって三郎だって雷蔵だってそうだ」 今まで触れなかった所に今俺は触れたのだ。心臓がさっきからばくばくとうるさい。 が言葉を発しない物だから俺たち二人を取り巻いている、風の音だとか葉の擦れる音だとか俺の心臓の音だとかがうる さくてたまらない。風がそよいでの髪を揺らす。 「うん」 ようやく上げられた顔は泣きそうで、俺はそれ以上何もいえなかった。 (20091127) |