人も来ないし、もう切り上げていいと言ってくれた中在家先輩の言葉に甘えさせてもらうことにして、僕はと二人で図書室を出た。 は買ってきた葛餅を一つ、中在家先輩に渡したので、最初に来たときよりも包みは軽くなっていることだろう。 「皆のぶん無いから内緒にしよう」 そう言ったは今から葛餅を食べることが出来るのが嬉しくてたまらないようで足取りがとても軽い。 今にも跳ね出しそうな雰囲気で歩く姿に、思わず口元が緩んだ。そして、ここには居ない他の面々の今日の予定を思い浮かべる。 確か全員委員会だった。三郎に関してはそこまで忙しいということはなさそうだけれど、ハチと兵助に関してはきっと今も忙しいことだろう。 だから多分、僕たちがおやつを食べているときには帰ってくることはない。そうすれば内緒で二人で食べているところを見つかることも無いだろう。 僕の頭の中もと同じく、葛餅のことでいっぱいになっていた。 . . . お茶を食堂でもらってきて、の部屋へお邪魔して早速包みをあけた僕らは、おいしそうとひとしきり感想を言ってから、 楊枝でそれぞれ葛餅を口へと運んだ。 久しぶりに味わう独特の食感と味に、心の底からおいしいと思っていると、同じことを考えていそうなと目が合った。 幸せそうに緩んでしまっているの口元に、僕も自然と同じような顔になってしまう。 「すごくおいしそうに食べるね」 「雷蔵こそ」 こうして二人だけでこっそり食べているということも余計においしく感じさせているのかもしれない。 三郎たちには悪いけれど、僕はと二人で幸せな時間を共有した。 葛餅をぺろりと食べ終わり、にごちそうさまを言う。 「おいしかったー...」 まだ余韻に浸るようなの言葉に頷いて返しながら、少し冷めてしまったお茶をすする。 「あと二包みは食べれる」 「僕は五包みいける」 「え! ...じゃあ私は六包み」 「僕は七」 別に張り合うことでもないのだけど面白くて二人で言葉を重ねて笑った。甘いものを食べて気分がよかったし、今日はいい天気だし、 すっかりゆるんだ空気の中、はぼんやりと地面をつついているすずめを見ていた。僕はその横顔を眺めながらお茶を啜る。 そうして少し前からに聞こうと思っていたことを思い出した。 「そういえば...」 僕が口火を切ったことによって、の視線は僕に向けられる。その視線を感じながら、僕は手に持っていた湯飲みをお盆の上に置いた。 「利吉さんには話したの」 “何の話”という主語は抜けていたものの、僕の読みどおりには何の話か通じたらしい。サッと表情が後ろめたさそうなものへと変化した。 そして同時に、その表情から僕の質問の答えを読み取ることができた。 「.....まだ」 もう答えは知っていたけれど、それでも律儀に答えたの声音は暗く沈みこんでいた。その声と表情で、今がどういった 感情を抱いているのかが容易にわかった。罪悪感や後ろめたさ、そういう感情が表情に浮かんでいる。 「話さなくていいの?」 別に責めるつもりはないということを示すために、出来るだけ優しい声を出すことを心がけた。 「話さなきゃいけないと思ってる。けど...」 話をし辛いということは言葉にしなくても察することが出来る。の立場に立てばその感情を理解することが出来る。 また、その相手がにとって大事な人だから、と言うこともその感情の理由の一つになるのだろう。 そして、咄嗟に利吉さんのへの態度が浮かんだ。 「うん。大切にされてるもんね」 大木先生よりもある意味心配性な利吉さんは、事あるごとにに会いにきている。 心配しているからこそなのだろう。一見するとと利吉さんにはそれほどの接点がないように思う。 利吉さんは忍術学園の教師の息子という立ち位置だし、はその忍術学園の生徒と言うだけだ。だから、一見すると二人には接点と言う接点が無い。 だけど、利吉さんの仕事にはときどき同行しているということで、接点は少しずつ絆のようになったらしい。人数が必要な仕事の時には、が指名されているのだ。 利吉さんはが忍者として生きていくということを表明するための実務試験に同行したこともあり、の成長を見守っているのだと思っていた。 に聞いた話ではそういうことだったのだ。 けれど、最近それは少し違うような気がしていた。 「弟みたいなものだから」 僕の言葉に、は控えめにはにかんだ。利吉さんに大切にされている。それが照れくさいけれど嬉しい、そんな感じの表情だ。 だけど僕はの言葉に引っ掛かりを覚えた。 は何かあるたびに、利吉さんと自分との関係を“兄と弟のよう”と称する。 僕はそれに少し違和感のようなものを感じることがあった。 の秘密を知るまでは、小さな違和感をところどころで感じることがあった。だけどそれらの違和感も、が女だったということで納得することが出来る部分があった。 そして、この利吉さんとの関係を表す言葉である“弟”も、今となってはどこに違和感を感じていたのかがわかる。 利吉さんの視線が、態度が、時にはその言動が、を弟とは見ていないようだったのだ。 解いてしまった違和感の正体を僕はどうすればいいのかわからずにいた。 「そうかな...」 思わずそんな言葉から口から零れた。しまった、と何故かそう思った。 だけどは僕の言葉の本当の意味をわからずにいたようで、一瞬わからないような表情をしていたものの、すぐに何か思い当たったようだった。 頭に浮かんだもしかしてに、僕は一瞬内臓にひやりとしたものを感じた。 「妹みたい、かもね」 の口から出たのは、僕が頭に浮かべたものではなかった。だけど正解を言い当てたと思っているは満足気な表情を浮かべている。 僕はわざわざ「そうじゃなくて」なんて言葉は返さなかった。曖昧に笑いを浮かべて、この話題を誤魔化して話題を終わらせた。 (20140102) |