ついこの間も見た後姿だ。 前を行く桃色の装束が頼り無い足取りでふらふらと前に進もうとしている。だがすぐに立ち止 まり休憩しているのか抱え込んでいた大きな壷を地面に下ろした。 まったく同じ光景に小さく笑った。 「またくじに負けたの?」 後ろからひょいと顔を覗き込んで話しかけると驚かせてしまったようで、慌てて私から距離をとろうとして壷に躓いた。 ぐらりと傾いた身体に咄嗟に腕を掴み、腰に手を沿え支える。 少し驚かせてやろうとちょっとした悪戯のつもりだったのだか、ここまで驚くとは正直思っていなかったので慌てる。 「ごめん、そんな驚くとは思わなくて」 とりあえず転ばすことにならなくてよかったと息を吐いてから自分の軽率さを反省しながら謝罪を口にする。 腕の中の彼女が「だ、大丈夫です!」と言う声が返ってきて胸の辺りを押された。そうすると必然的に私と彼女の距離は離れ る。彼女がどんな表情をしているのか恐る恐る伺うと顔が真っ赤に染まっていた。まずいと思った。 これは怒らせてしまったんじゃないか? くノたまは普段から忍たまをからかったりして遊んだりしている。つまり彼女達の認識は簡単に言うとくノたまが上で忍たまが 下、なのだと思う。そんな相手に驚かされた上に助けられたとあっては自尊心の高い彼女達を怒らせてしまった可能性が 高い。 これは嫌われてしまったんじゃないか? 頭の中でぐるぐる回り始めた、もしもに身動き取れない。 「...あの、何か御用ですか?」 視線が合わないところは気になるけれど、声を掛けてくれた事にホッとして目の前に放置されてある壷に視線を向ける。 「あ、手伝おうか、と思って」 「...いいんですか?」 ぱちりとあった視線に笑いながら頷くと、またもや顔が真っ赤になった。 なんだろう、この子前も顔を赤くしてたけど赤面症なのかな。あまり見るとかわいそうかもしれないと思い早速置いてあ る壷を持ち上げようとして兵助とした約束を思い出した。 「最後に約束してくれ」 「なに?」 「自分を犠牲にしてまで...無理をしてまで、人を助けようとするのはやめてくれ」 「...そんなことしてない」 「そう言い切れるのか」 「.......」 「約束してくれ」 「...分かった」 前回のことを思い返せばこの壷は私一人で運ぶには重すぎた。そのことが原因で兵助とぎくしゃくしてしまったことは記 憶に新しい。 一緒に運んでもらおうか、ちらりと横目で女の子を見てみる。すると彼女は不思議そうに首をかしげた。 本当に兵助の言うとおり嫌われたりしないのだろうか、ごくりと唾を飲み込む。 「ね、一緒に運んでもらってもいい?」 「もちろんです!」 緊張のためか掠れた声に彼女は大きく頷いて壷を挟んで私の正面に移動してくれる。その様子は気を悪くしたようには見 えなくて兵助の言うとおりだ、と目を瞬く。 彼女が壷に手を添えるのを真似て私も手を添える、が誤って彼女の手の上に手を置いてしまった。 「ご」 めん。の謝罪を口にするよりも素早く彼女が後ろに飛びずさった。あっという間に距離が開き顔を赤くしてこっちを見て いる。 さすがくノ一を目指すだけあって素早い。自分でもずれてると思う感想を胸中で呟く。 前は普通に話せてたのに今日の彼女は少し様子がおかしい。具合でも悪いのだろうか。とりあえず途中で切れて しまった謝罪をしなければ、と考え口を開こうとした。 「なにしてんの」 「...」 いつの間に現れたのか隣に三郎が立っていた。それに驚いて謝罪を飲み込んでしまう。 三郎は壷と女の子と私を順に見ていき、訳知り顔で一言ふーん。と呟いてからさっきまで女の子がいた私の正面に移動し 壷を持ち上げた。視線でお前もやれ。と指示され私も一緒に持ち上げる。 「煙硝倉?」 「うん」 目的地の確認をしてから三郎はそのまま歩き始めた、つられた私も足を動かし歩き始める。いまいち理解出来ていないよ うすの女の子がきょとんとした様子でこちらを見ている。 「これ運んどくから! さっきごめんね。それと具合悪いんだったら保健室行ったほうがいいよ!」 口早にそれだけを叫ぶように伝えてから疎かにしていた手元に意識を集中させた。そして内心で女の子の調子がおかし かったので三郎が来てくれて良かったと息を吐いた。 「わぁー、罪な男」 「...どういう意味?」 からかいを多分に含んだ三郎の言葉に眉を顰め視線を鋭くするも、三郎はたいして気にもしない様子で薄っすらと笑みを 浮かべたまま小さく喉で笑った。その態度を不愉快に感じながら黙って足を動かす。 まだ煙硝倉には遠い。 そろそろ感覚のなくなってきた手の先のことを考えて休憩したいところなのだが、不機嫌な感情を隠しもせずに垂れ流し ている三郎に声を掛けるのは憚られた。朝は別にいつもと同じ様子だったのに私と二人になってからこの態度ということ は私に言いたい事があるのだろうか。考えても答えは見つからない、ならば本人に聞いてみるしかない。 「...何か言いたいことがあるんじゃないのか」 三郎の不機嫌なのが感染したみたいにつっけんどんな言い方になってしまった。それに気まずさを感じながら正面の三郎 を見るとにやりという表現がピッタリな笑いを引っ込めてぎゅっと眉を寄せて口を尖らせた。その豹変っぷりに驚き目を 丸くさせる。 「... 兵助との約束守ってるんだな」 「え? あぁ。うん」 「さっきずっと見てた」 「へ?」 何で声も掛けないで見張るような事してんの。 喧嘩越しでそれを言えば言い争いになることは目に見えて分かっていたので口には出さなかった。 感情のままに言葉を口にすると、よくない結果になることは多々ある。今回のように口にする前に気づくことが出来れば いいのだが、口にした後に気づくということは今までに何度も経験している。そしてその後どうなるかという事も。 長くなりそうだと思い腰をかがめると私の意図をよんでくれたらしい三郎も腰をかがめ壷を地面に置いた。 指先の感覚を取り戻そうと手を振って、血液を指の先に流そうとする。けれど三郎は何ともないようで身動きせずにじっと 私を見ている。 「今回も一人でこれを運ぼうとするんじゃないかと思って見てたんだ」 口にはしなかったけれど、私が何を言いたかったのか三郎は察したらしい。困ったような顔をしながら喋る。その顔が 雷蔵にそっくりだと思いながら黙って三郎の言葉に耳を傾ける。 「けど、ちゃんとは約束を守った」 どこか不貞腐れたように見える三郎によく聞こえるように溜息を吐いてやった。 「それで三郎は私が約束を守ったことが不服なわけか」 「そうじゃない! ただ、」 「...」 「...気に入らない」 「何が」 「そんな大事な話二人だけでしてたことがさ!」 自分で言ってから三郎は苦しそうに息を吐き出した。 「事後報告の形になってしまったが全て話したし、私は兵助とだけ約束したつもりじゃない。あの場には三郎はもちろん 八も雷蔵もいたじゃないか、だからみんなと約束したつもりだ。 三郎は喜んでくれないの? 私が進んでいるのはいい方向だと思うんだけど」 「その言い方は...ずるい」 三郎の言い分は分かる。多分みんな私の行動の裏側をずっと前から読み取っていたのだろう、それでも口出しせずにいて くれたのにあの日兵助と私だけで問題を片付けてしまった。それが寂しいとか悲しいんだろう。特に三郎は人一倍仲間 意識が強い。そんなところもあり自分が当事者でないことに腹がたったんだろう。 「三郎、心配してくれてありがとう」 「...何だ、いきなり」 怪しい物を見る目つきで見られるがその瞳の奥に隠されている感情を見つけた。後ろめたさだ。 私に感情をぶつけたことが三郎をそうさせているのは分かっていたので変な物を見る目で見られても気にせず出来るだけ 優しく笑った。 「私は幸せ者だなぁ、こんなに心配してくれる仲間がいるなんて」 「...」 私の言葉を聞いてから黙り込んだ三郎をちらりと見ると耳が赤くなっていることに気づいた。表情では不機嫌を装ってい て口をへの字に曲げているのに耳は真っ赤だ。顔だけ隠してもそれじゃ意味が無い、と笑ってしまう。ホントは声を上げ て笑ってやりたいところだがそれをぐっと堪え真面目な顔を作る。 「大丈夫、私も三郎の事を思ってるからな」 「は?」 「それで心配なんだが、今日の朝三郎厠から出てくるの遅かったけど、もしかして下痢...?」 「違うわあほ! そんな心配はいらねぇ!」 「それが心配で心配で...」 「人の話を聞け!」 すっかりいつもの調子に戻った三郎を見てにやりと口端を上げると、この軽い言葉のやりとりにある私の意図に気づいた らしい三郎は眉間に皺を寄せた。そして、まんまと私に会話の主導を握られてしまった事が気にいらないらしい。 けれど、感情のままに言葉を口にしてしまい後悔している部分もあるのかそれ以上突っかかってこなかった。雷蔵の顔で 隠しているはずの三郎の表情も心の内も、私たちにかかれば意味の無い物になる。それが時々三郎は気に入らないらしい 、不貞腐れたように顔を歪めている。 どうやら今日の軍配は私に上がったらしい。 「...いつまでへらへらしてるんだ、これを運ぶんだろう」 「そうだった、これホント重いんだよねぇ」 居心地が悪くなったらしい三郎はさっさとこの場を離れたそうに置きっ放しにしている壷に話題をふった。それに大人し く返事を返し壷を抱き上げる。と、ついこの間のことを思い出した。 この場所はこの間兵助と話をした所だ。そしておかしな事にあのくノ一教室の子から預かった壷を煙硝倉に運んでいると ころまで同じ、ただ一つ決定的に違うのは相手が三郎であるという所、そして私は笑っている。 あの時の胸が苦しくなる痛みは感じない、ただただ胸を満たすのは嬉しいという感情だけだった。 (20091231)支えたり支えられたり |